20

 レティスは元々魔法よりも武器による攻撃のほうが得意だった。

 それは育ての親がそうだったからかもしれない。親を見て自分なりの戦い方を身に着けたのだ。


(こいつ……結構すげー奴だよな)


 レティスより先に眠ったクロドは、目を覚まして見張りを交代している。

 焚火の向こう側で、レティスが外套に包まり眠っている。


(ほんとこいつ……女みてーだな。エルフってのはみんな綺麗だって言うけど、本当なんだな)


 胡坐をかき、横目でレティスをちらりと見る。

 未だクロドはレティスが女であることに気づかない。


 エルフは男女の区別がつかないほど、容姿の美しい種族だ。


 そういう先入観のせいで、レティスが男だとうことに疑いを持っていないのだろう。


 時折周囲を警戒するように、ぐるりと視線を巡らせる。

 ここに入ってから暫くは、モンスターがぽつぽつとだが集まって来ていたのだが……。


(この辺りの奴らは全部倒したのかな。あんまり集まってこないな)


 レティスと交代してから、一匹だけスライムが来た。

 眠っているレティスのメイスを借り、軽く振り下ろせば容易に潰すことが出来た。

 モンスターはその一匹だけだ。


(移動するっていう習性がないのか?)


 クロドは考える。

 モンスターがあちこち移動する習性を持っていれば、周辺に居たのを倒したところで終わらないハズだ。

 だがまったく移動しない訳でもない。移動しないのであれば、集まって来ることも無いのだから。


「縄張りを持ってて、その中だけで動いてるとか……そんなもんかな」


 ぼそりと口にした言葉。

 返事など無い。レティスはぐっすり夢の中なのだから。

 そう思っていたが―ー。


「モンスターのことか?」


 と、突然男の声がした。


「っ――」


 びくりと体を震わせたクロドは、反射的に短剣の柄に手を伸ばす。

 

 気配はしなかった。音もだ。

 だが男は確かにクロドの背後に居た。それも五人だ。


「おいおい、驚かせて悪かったが、そうビクビクすんなって」

「あ……」


 男たちはクロドに構わず、荷物を下ろして地面に胡坐をかいた。

 彼らも休息のためにキューブの下へやってきた冒険者なのだ。

 

「はぁー。一階層じゃあやっぱり稼げないなぁ」

「格下ばっかで楽勝なんだがなぁ」

「やはり四階層で狩るべきだな。ここは温すぎる」


 男たちの会話を聞き、彼ら初心者冒険者ではないことが直ぐにわかる。

 迷宮は下に行けば行くほど、モンスターの強さが増してくる。

 四階層という単語が出たが、そこまで下りて行ける実力があるということだ。


 だが――。


(寝てる奴が居るんだ。少しは気を使ってくれてもいいだろ)


 クロドは昼間出会った、男女二組の冒険者らのことを思いだす。

 彼らは親切だった。騒がしくはあったが、それでも飲み物を与えてくれたり、知らないことを教えてくれたり、親切な冒険者だと思う。

 では目の前の五人はどうだ?


 クロドたちの焚火を勝手に使い、眠っている者が居るすぐ横で大きな声を出す。

 挙句の果てに――。


「おい、この子女の子か? ハーフエルフっぽいが、女だよな?」

「え、マジかよ。最近ずっとやってなかったから、堪ってんだ俺」


 こんな状況でもまだ眠るレティスに、男のひとりが手を伸ばそうそしたのだ。


「お、おい。そいつ、男だぞっ。俺の仲間なんだ、手を出すなよ」

「は? 何、男かよ」

「っち。残念だな。エルフってのはどうにも、男も女も違いがわからないんだよ」

「女にはおっぱいがある。男には無い。これだけ違えば十分だろ。ぎゃははははは」

「うぅ……んに」


 流石にレティスも起きたようだ。

 目を擦り、突然目の前に立つ男を見たが……寝ぼけている。

 そんなレティスを引っ張り上げ、自分の方へとクロドは引き寄せた。


(こいつら……レティスが女だったら、何をするつもりだったんだっ)


 何――とは、クロドにもわかっている。

 彼の育った町では、強姦など珍しくも無い犯罪だ。

 暗くなってから外を出歩かない。明るい日中でも路地裏には足を踏み入れない。特に女は。

 それが当たり前の世界なのである。


 男たちはつまらなさそうに、だがレティスをいやらしく舐るように見ていた。

 一刻も早くここを離れたい。だが直ぐに駆け出せば、男たちは逆に興奮して襲ってくるかもしれない。

 そう思って、クロドはなるべく平常心を装いながらレティスの目が完全に覚めるのを待った。


「レティ、飯食って探索を続けるぞ。今日中には帰りたいしな」

「うぅー、そうですねぇ。僕、また柔らかいベッドで眠りたいです」

「だろ? じゃあさっさと飯食おうぜ」

「お任せしますぅー」


 そう言ってレティスは座ったまま目を閉じる。

 今はそれでいい。

 クロドは男たちの動きを、目で追わず気配で感じながら朝食の支度をしていく。


 硬いパンを切り、ハムを乗せ――それだけだ。

 寝ぼけているレティスに手渡すと、彼女はそれをごく自然な流れで口へと運んで行った。

 一口、二口と食べるごとに目が開いて行く。

 食べ終わることにはすっかり目が覚めたようだ。


 周囲に見ず知らずの男たちが居ることに、レティスは別段不振に思ってはいないようだ。

 他の冒険者がセーフティーゾーンを利用している。

 ただそう思っただけだろう。


 だが彼らが自分を見る目が、どことなく湿っぽく感じ――。


「ぼ、僕は準備オッケーです。行きませんか?」


 と、片づけをするクロドを急かそうとする。

 それにクロドも頷き、二人は武器を手に立ち上がった。


「なんだ、もう行くのか?」

「なぁなぁ、お前、本当に男なのかよ」


 その言葉にレティスの顔から血の気が引いた。


「ぼ、僕は男です! ハ、ハーフエルフだからって、そういう言い方は失礼ですっ」


 レティスの吐き出した言葉に、男たちは一瞬目を丸くした。だが直ぐに笑いが起こる。


「げひゃひゃ。悪かったな坊主。ここんところ息子がご無沙汰でな。綺麗な姉ちゃんでもいれば、一発やりたいところだたんだが」


 何かをぐっと堪えるように、レティスは唇を噛んだ。それをクロドは隣に立ち、横目でちらりと見た。


「行こう、レティ」

「……うん」


 二人は荷物を背負い、一歩、二歩と後ずさる。

 直ぐに背を向ければ、襲われるのではないかという不安になって。


 そんな二人の気を知ってか知らずか、男たちは食事の用意を始めていた。


 大丈夫。考えすぎだ。


 クロドがそう思った時、ふと男から声が掛けられた。


「水晶、早く見つかるといいな」


 その一言が、随分と優しく聞こえた。

 だからクロドは思わず答えてしまった。


「あ、ああ。どうも」


 クロドとレティスは男たちに背を向け森の中へと消えて行く。

 それを五人の男たちは、下卑た目で見つめていた。

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