19

 夕食は少しだけ豪華だった。その少しもクロドにとっては感動すら覚えるような物だ。


「お前、そんなもんいつの間に買ってたんだよ」

「必要な物を買い終わって、ギルドに戻る途中ですよ。美味しそうな屋台だったんで、これだけササっと買って来たんです」


 レティスが取り出したのはハムのブロックだ。といっても、ブロックの半分の、そのまた半分のサイズ。

 それでも二人で食べるなら十分な大きさだろう。

 これをスライスして塩コショウを振り、鉄串にさしてさっと火で炙る。

 葉物野菜は傷みやすいが、二日であれば大丈夫だろうと買っておいた四つ切りキャベツ。それを千切りにし、ハムと一緒にパンに挟んで出来上がりだ。


 一口食べれば肉汁が口いっぱいに広がり、クロドには夢のような時間が訪れる。


(冒険者になるって、やっぱすげーな。こんなのが毎日食べられるかもしれないんだぜ)


 自然と顔がにやけてしまうが、だからと言って誰もが冒険者になれる訳ではない。


 腕力、体力、その他身体的能力は、後からでも鍛えられるが、それでも最低限以上のものは最初から必要とされる。

 それだけではない。

 魔物に立ち向かう覚悟と勇気も必要だ。


 多くの者はその勇気が無く、冒険者になろうなどという選択肢をそもそも持たない。

 クロドが育った教会でも、体力自慢なのは彼だけであったし、モンスターと戦ってまで暮らしを豊かにしたいと考える孤児はいなかった。

 たまたま教会に訪れた冒険者のひとりが、クロドの働きっぷりを見て、


――お前、冒険者にも成れるんじゃないか?


 そう言ったのがキッカケだ。それが無ければクロドも冒険者になどと思わなかったかもしれない。

 養父である司祭とも話し合ったが、危険だから――死にに行くだけだと引き留められもした。


(司祭さまに黙って出て来ちまったけど……心配しているだろうな……)


 そんなことを思いながら、クロドは贅沢品である肉を頬張った。

 きっと司祭や他の孤児たちにも、これと同じものを食べさせる。そう固く誓って。


 ゆっくり味わって食べていたせいか、既に食べ終わったレティスは青い光の外側に張り付いていたモンスターを倒していた。

 居たのはゴイルという名の、妖魔の一種。

 頭の大きさの割に体が小さく、痩せ細った子供のようにも見える。だが身長はレティスの半分も無い。

 赤茶色の体に髪の毛は無く、大きな目は真っ赤で口は耳元まで裂けている。

 すばしっこいが、それだけだ。

 木の棒などを武器にして襲ってくるが、所詮は枝。手で払い退けることも出来るし、簡単に折れる。

 むしろ爪で引っかかれた方が痛いだろう。


 このゴイルには冒険者なり立ての初心者にとって、有難い敵でもあった。

 光物を好むゴイルは、時折貴金属を持っている個体も居るからだ。


 その幸運が彼らに訪れる。


「あぁっもう! ちょこまかと動くぅーっ」

『キキィッ』


 ゴイルを相手に、苦戦はしていないものの攻撃が当たらない。

 そしてゴイルの攻撃もレティスには当たらない。

 森の妖精エルフもすばしっこく、特に森の中では機敏に動けるのだ。

 その血が流れるレティスも、森では身体能力がぐんと上がる。

 それでも攻撃が当たらない。


「もれもうぐ(俺も行く)」


 口をもごもごさせたクロドも、慌ててレティスの下へと駆けて行く。


 二、三度、攻撃を躱されたレティスが、苛立ってメイスを握る手に力が入った。

 今度は躱されることを前提に、ゴイルの動きを予測してメイスを振るった。


 大きく上から下にメイスを振り下ろ――す振りを見せ、横に跳ねて躱そうとするゴイルに向かって、振り下ろしていたメイスの軌道を変える。

 横薙ぎのメイスを腹に喰らい、血泡を噴きだし地面を転がってく。

 だがそれでも起き上がった。

 起き上がったが、同時に掛けて来たクロドの短剣が一閃。

 あまりにも細いその首は跳ね飛ばされた。


 頭を失った小さな体がパタりと倒れる。

 その時、ゴイルの腰にぶら下げられた小さな袋の口が開き、そこからコロンっと石が転げ出た。


「わ! 赤い石だ」


 クロドが拾い上げたのは、赤い――というには、やや薄い色合いの石だ。

 

「クロド、光の中へ」

「あ、ああ」


 青い光の届かない場所で呑気に戦利品を確認などしていれば、背後から襲われる可能性もある。

 二人はセーフティーゾーンへと戻り、腰を下ろして石を見つめた。


 赤――よりかはやや薄い色合いの、透明感のある石。先ほど拾ったブルーストーンと同じ、小さな石だ。

 素人であるクロドにもわかる、とても綺麗な石だった。


「宝石か?」

「だと思います。たぶんルビーじゃないかな」

「るびー?」

「ちゃんとした宝石です。ブルーストーンが庶民が着飾る為の宝石なら、こっちは身分の高い人やお金持ちが着飾る為の物ですね」


 それを聞いたクロドが歓喜する。

 幾らになるのかわからないが、もしかすると一攫千金の夢が叶ったかも? そう錯覚するほどに。


「これひとつを、大事に袋に入れていたようです。ふふ、ラッキーでしたねぇ」

「あ、ああ。くぅー、冒険者ってやっぱ、大儲けできるよなぁ」

「そうでもないですよ? 武具を揃えるのに、数十万ギルって掛かりますし、しかも消耗品ですからね」

「す、すうじゅうまん!? え、そんなにするのか?」


 しますよー―と、レティスはあっけらかんと答える。

 もちろん安い武具もあるが、それだと痛みも早く、性能も良くない。


「それに僕たちはまだ冒険者じゃありません。試験に合格できなければ、二度と迷宮には入れないのですから」


 地上のモンスターと比べれば、迷宮モンスターはやはりアイテムを持っている可能性が高い。

 迷宮に限らず、地上で稼ごうとしても冒険者でなければ厳しいだろう。

 モンスターを倒してキューブに光を集めようにも、キューブは冒険者ギルドからのレンタルになっている。

 護衛の依頼なども、ほとんどがギルド経由で申し込まれるのだ。

 冒険者でもない人間に、ギルドが仕事を紹介するはずもなく……。


「う、そうだな。そうなんだよな。うん、明日こそ見つけなきゃな」

「はいっ」






 周辺のモンスターは全て倒したのか、ぽつぽつとやって来ていたその姿も見かけなくなってしまった。


「暫く休めそうだな」

「そうですね。今のうちに寝ますか?」

「片方は見張りとして起きてた方がいいだろ?」

「もちろんですよ。どっちが先に見張ります?」


 そんなものは決まっていると言わんばかりに、「お前」とクロドは答える。

 レティスが先に眠った場合、交代するために起こさなければならない。


「でもお前、なかなか起きないじゃん!」

「だって寝るってとても幸せなことなんですよ! 起きたくないじゃないですか!!」

「だからお前がまず見張りな」


 そう言ってからクロドは薪になる枝を集めて回った。

 青い光が届かない場所に出ても、そこから離れることは無い。すぐに逃げられる位置で、出来るだけたくさんの枝を集めた。

 森というのが幸いした。薪木に困ることは無いのだ。


「これだけあればいいだろう」

「そうですね。火は小さくてもいいでしょうし」

「何かあったら起こせよ」

「はーい」


 クロドは地面の上にごろんと横になり、外套を毛布代わりにして包まった。

 目線の先ではレティスが木の枝で地面に何かを書いているのが見える。左手は常にメイスに触れていた。


 あの細い腕で、よくあんな物が振り回せるな――と、クロドは思う。

 それも祝福の効果なのだろうか。

 魔法よりも、あれで殴る方が効率はいいのか?


「なぁ……お前が祝福を貰う前って、やっぱり魔法でモンスターを倒してたのか? 魔法を使うのって、どんな感じなんだ?」

「え? 僕ですか?」

「他に誰がいるんだよ」


 レティスは辺りをキョロキョロし、そして「居ませんね」と言って笑う。


「僕は元々、魔法が苦手で、練習以外やったことありません」

「は? だってお前、ハーフエルフだろ? 魔法得意なんじゃないか?」

「そうは言われても……。だいたい魔法の使い方も知りませんし。とうさんも魔法が使えませんから、教えてくれる人がそもそも居なかったんですよ」

「あ……なるほど。やっぱり誰かに教わらないと、難しいのか」

「そうですね。まぁ一度だけ教えて貰う機会あったんですが……」


 そう言ってレティスは苦笑いを浮かべた。


「でもダメだったんです。教えて貰った通りにやっても、一番簡単な魔法すら出来たり出来なかったり」


 むしろ出来ない時のほうが多かったと、レティスは言う。

 上手く魔力を練れないのが原因なのだろうと。


「でもどうやっら上手く練れるのかがわかりませんし、もういいやーってなって」

「……勿体ない奴だな。出来ることもあるってことは、使えるってことだろ? でもそれなら、なんで魔法が上手くなるような祝福を授からなかったんだろうな」


 長所を生かし、短所を補う。

 レティスが魔力を上手く練れるようになれば、魔法が使えるようにもなる。

 それは長所である魔力を伸ばし、短所である上手く使えないという部分を補う最高のものだ。


「祝福って、神様でもどんな能力が付くのかわからないって言いますからね。それに、僕は筋力が無いですから、これは十分長所を生かし、短所を補う力だと思っています」

「いやいや、全然生かされてないって」

「そうですか? うぅん、やっぱりそう思いますかぁ」

「思う思う」


 やっと理解したかとクロドは思ったが、だがそれも後の祭り。

 祝福のリセットは出来ないし、無かったことにしてくれとも出来ない。


 可哀そうに。エルフの血族だというのに、魔法が使えないとはと少しだけクロドは同情した。


 だがレティスが悩んでいるのは魔法が使えなくなった件ではない。


「祝福を貰う前と、打撃力が変わったように思えないんですよねぇ。どう思います?」

「は? え、お前、以前からそれでモンスターを殴り飛ばしていたのか?」


 クロドが驚いて起き上がると、レティスは満面の笑みを浮かべ「はい」と元気よく答えた。

 その返事にクロドは面食らう。


 細身のエルフが、何故物理の、しかも打撃系武器なのかと。


「祝福って、もっとこう……凄い力を貰えると思ったんですけどねー」

「普通はそうじゃないのか? だいたいお前、魔力をその……打撃力にって、それも実は魔法だったりしないのか?」

「えぇー。そうだとしたら、せっかく貰った祝福なのに、使えないじゃないですかーっ」


 そう言ってレティスは、半ば涙を浮かべ叫んだ。

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