18

 キューブを持って移動する――というのは諸刃の剣であることを知った。

 地上であれば森から出ればモンスターの生息数は激減する。また太陽の光を嫌って、森の外まで追ってくるものも少ない。

 だからキューブの明かりを照らしたまま移動することが出来る。


 だがここは迷宮だ。しかも四方八方が森に囲まれている。

 どこもかしこも魔物の住処なのだ。


「キューブは休む時にだけ使った方が良さそうですね」

「あぁ……はぁ、疲れた」


 追いかけて来ていたモンスターを全て倒し終えるのに、数十分と掛かった。。

 クロドのキューブに死体から出る光の粒を吸い込ませる余裕もなく、休憩する間も無く戦い続けていた。

 だが戦闘が終わってクロドは気づいた。


「そういやさ、ここでの戦闘中に新手のモンスターって……ほとんど居ないよな」

「んー……そういえば、最初に十数匹ぐらい居たけど、ほとんど追加無しですね」


 実際倒した数は、最初に居た数よりも多い。だが30分以上ここで戦闘をしていた割には多くはない。

 周囲にモンスターが居なかったのか、それとも別の要因なのか。


「まぁ移動していた方が、モンスターと遭遇しやすいですよね」

「まぁな。じっとしてれば、周辺に居るモンスターを倒してしまえば暫くあわずに済むだろうし」

「でもゼロではないですしね」

「あぁ。寝るときもどっちかが起きて番をしてなきゃな」

「はい」


 ということで、二人は探索を開始。

 だが今度はキューブを鞄に入れ、遭遇と同時に倒していく戦法を取る。

 探すのは目的の水晶だけでなく、野宿できそうな場所も探してだ。


「おっと、スライムだぞ」

「この辺りって、コボルトやゴブリンをまったく見ませんね」

「そう言えば……モンスターも棲み分けてるとかか?」

「まぁ、コボルトやゴブリンには縄張り意識はありますし。そうなのかも?」


 二人の前に躍り出たのは、ぷにぷにとした丸い形のモンスターだ。

 それに意志があるのかどうかはわからない。常にぽよんぽよんと跳ね、見ようによっては楽しそうでもある。

 しかもゼリーのようなその体に刃物は通らず、切り刻もうにも刃が素通りするだけ。決して侮れない敵なのだ。


 ただし――。


「とうっ」


 レティスがメイスを叩きつければ、ベシャっという音と共にスライムが潰れる。


 スライムは打撃に弱かった。むしろ弱すぎた。

 地下一階層に生息するようなスライムである。強い訳がない。

 その上で、弱点でもある打撃攻撃を食らえば、僅か一撃であの世行きだ。


「あぁ……スライムって何を思って生きているんですかね〜」

「おい止めろ。目も口も鼻も耳も無い、軟体モンスターだぞ。考える頭だって無いじゃねーか。そんな奴が何考えてるとか、想像したら気味が悪いだろっ」

「えぇ〜? クロドって、案外怖がりなんですねぇ〜」

「な、なんだその目は! あ、おいスライムだぞ。潰せ」

「はいは〜い」


 哀れなスライムは、適当に振り下ろされるメイスの餌食となった。

 だがこのスライムは二人をおおいに喜ばせるアイテムを土産として置いて行った。


「わっ。クロド、見てください! ブルーストーンですよ!!」

「ブルー? おぉ、なんだその綺麗な石は」

「ブルーストーン。宝石の類です」


 光の粒となってキューブに回収された後、そこには青い半透明の石が落ちていた。

 レティスの小指の先ほどの大きさしかないが、立派な宝石だ。


「マ、マジか! 高価なのか? なぁ!?」

「高価な方ではありません。安価な宝石です。値段はどのくらいなのかわかりませんが、ゼロではないのは確かです」

「そ、そりゃあそうだろうけど……。うん、でも宝石なんだよな。換金できるんだよな」

「はい」


 にっこり微笑むレティスを見て、クロドも嬉しくなる。


 迷宮では金儲けが出来る。

 そう冒険者たちは言うが、キューブ以外で言えばこれが初めて手に入れたアイテムだ。

 倒したモンスターを解体し、その素材を売ればお金にはなる。

 だが何でも解体すればいい訳ではない。


 虫タイプのモンスターは、その皮膚が硬く甲殻は防具の材料となることもある。

 というのは、下層に巣食う中級ランク以上の虫モンスターだ。

 こんな一階層に生息する虫など、踏んだ程度で潰れるのだ。防具として役に立つはずがない。


「動物系モンスターでも出れば、毛皮はたいてい買い取って貰えるんですけどねぇ」

「そうだな。あ……あそこ、青く光ってるぞ。キューブのあるセーフティーゾーンか?」

「お兄さんお姉さんの居た場所でしょうか?」


 違う。クロドはそう確信できる。

 道を引き返してはいないし、石板である程度の位置確認もしているのだ。

 それに、迷宮内には何か所もセーフティーゾーンがあると彼らは言っていた。

 前方に見えるのも、その内の一つだろう。


 二人がキューブの光が届く所まで行ったが、先客の姿はない。


「ただのセーフティーゾーンみたいですね」

「ただの?」

「はい。癒しの効果があるとか、そういうのが一切無いんです」

「あぁ、そういうことか」


 だから誰も居ないのだろう。

 どうせ休むのであれば、癒し効果のある場所の方が良い。


 ここまで二人には大きな怪我は無かったが、擦り傷切り傷程度はいくつも出来ている。

 癒し効果のあるセーフティーゾーンだったらよかった、とは思わなくもない。


「ま、今日はここで休もうぜ」

「そうですね。じゃあご飯にしますか」


 迷宮に入って二度目の食事だ。

 途中、小腹が空いて小さなリンゴを二人で分けて食べたのはあったが、今回はしっかりとした食事だ。


「ギルドで借りた魔法の砂時計の砂が、だいたい四分の一ぐらいでしょうか。減ってますね」

「ってことは、あと一日半か」


 レティスの鞄から出された砂時計は、ギルド職員から渡されたものだ。

 魔法の砂時計で、一度落ち始めた砂はどんなに器の向きを変えても落ちる向きを変えない。

 寝かせようが、逆さにしようがだ。

 全ての砂が落ち切るまでに水晶を手にして迷宮を出れなければ、試験は失格となる。


「でもさ、なんで試験なんて必要なんだよ。誰でも自由に冒険者になれた方が、ギルドだって迷宮素材を集めやすくなるだろ?」

「誰でもなれるのなら、冒険者なんて必要ないのでは? 一攫千金を夢見る人は多いですが、彼らがみな全て、モンスターと戦うだけの覚悟と力がある訳じゃないんです」

「うっ……」


 一攫千金を夢見る人――まさにクロドだ。

 もし自分にモンスターと戦うだけの覚悟が無かったら――いや、無ければ今頃ここには居ない。

 では力が無かったら?


 ここで死ぬだけだ。


 幸い、今のところは生きているし、ここに来てから随分とモンスターを倒してきている。

 だがひとりでなら、ここまで来れたかわからない。

 レティスと二人、協力し合って来たからこそ生き延びてこれた。


 そう考えるとクロドは身震いする。


 ひとりだったら、もう死んでいたかもしれないと。


「ギルドはですね、しっかり稼いでくれる人材が欲しいのであって、死体の山を築きたい訳じゃないんです。その為の試験なんですよ」

「……俺たちも死体の山の仲間に入らないよう、頑張らなきゃな」


 真剣な眼差しでそう呟くクロドの言葉を聞き、レティスは安堵したように笑みを漏らした。

 その笑みにクロドは気づいていない。


(考え、慢心せず、努力をしようとするなら、きっとクロドは強くなれる。きっと……)


 レティスは悩めるクロドを見つめながら、そう思うのだった。

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