17
その後、クロドとレティスは二つの石板を見つけた。
だが探しているのは石板ではない。
「……無いな」
「無いですねぇ」
体の疲れも感じ始めた頃、川を見つけた二人はそこで休むことにした。
「キューブの使い方、知ってんのか?」
「はい。野宿はしょっちゅうだたし、わかりますよ」
レティスは背負い袋からキューブと、それから火打石にランタン、油を取り出した。
まずはランタンに火を点ける。それからキューブをその火に近づけ――。
「あ、光った」
「はい。火に近づけると光り出すんです。ただね、これ、一度光り出すと消せないんですよ」
「ずっと光ったまま?」
こくりと頷くレティス。
石のサイズごとに光っている期間が決まっており、その時になるまで朝だろうが夜だろうが、光り続けるのだ。
「日中は元々明るいですし、気づき難いのですがね。曇ってたり雨が降ってると、昼間でも光ってるのがわかりますよ。ここも木が生い茂ってるせいで少しくらいですし、だからこうして見やすいんです」
「あぁ、そういえば……町でも見てたけど、そんなの気にもしなかったな」
青い光とランタンの光の中、二人は食事の準備をする。
クロドが焚火の準備をし、レティスは買ったばかりの鍋に水を汲んで来た。
コロン村で貰った野菜と干し肉が残っており、これと香草、固形スープの素を入れて煮立たせる。
パンは保存の利く物を買ってあるが、スープに浸しながら食べればなかなか美味い。
「ふぅー。干し肉も美味いな」
「煮込むと出汁が出ますしね。どうします? 休んだらもう少し歩きますか?」
「ん。そうだな。時間が惜しい。眠くなるまでは歩こう」
「その場合、キューブはどうします?」
「どうしますって?」
一度光らせれば、それを消すことは出来ない。光が届く範囲に低級モンスターは寄れないので、つまりこの階層のモンスターが来ないことになる。
「モンスターと戦わずに進むことも出来ますよ」
「そっか……手に持ってればいいんだもんな」
「はい。その代わり、モンスターを倒して得られる素材なんかが手に入りませんし、戦闘の経験も積めません」
安全を取れば儲けは減るし、未熟のままでしかない。
キューブを布で包むなり鞄に入れて光が漏れないよにすれば、それらを得ることが出来る。代わりに時間を消費することにはなるが。
「そう……だな。今は時間との勝負だ。移動優先にしないか?」
「はい。僕もそう思います」
キューブはレティスが持つことになった。方向を確認するのはクロドの役目だ。
蛇行せず、なるべく真っすぐ進むようにする。そうすることで同じ道を通らないようにするために。
レティスの持つ青い光の効果は絶大だ。
時折、木々の間から恨めしそうに睨むモンスターの姿も見えた。
だが同時に、光の届く範囲は狭く、僅かでもクロドが光から出てしまえば――いつでも襲ってやるぞと言わんばかり、その目は血走っているようにも見える。
「なぁ……」
「はい……」
「増えてないか?」
「増えてますね」
そう。二人を見つめる目は、確実に増えている。
キューブを持っていない方――クロドが光から出ないだろうかと期待して。
キューブの光が消えるのを期待して。
魔物たちは二人の後を、光の届かない位置からつけていた。
「光は十日間持ちます。帰る時までずっと光りっぱなしですよ」
「あぁ、そうなんだけどさ……けど、俺たちが階段小屋に入ったら、ついて来てるアレはどうなるんだ?」
「え? そりゃあ……」
クロドに言われ、自分たちが階段小屋に入った時のことを考えた。
そしてレティスの顔は青ざめる。
「次に小屋から出て来た人たちが、魔物に囲まれちゃいます……ね」
「あぁ。それに、このままだと数がどんどん増えちまう」
「小屋を出たら何十匹ものモンスターが……なんてことになったら、さすがに死人が出ますね」
「片付けるぞっ」
クロドは荷物を置くと、身軽になって短剣と盾を構えた。
仕方がないとばかりにレティスも同じように荷物を置く。キューブもそこに置いた。
「連戦は危険です。危ないと思ったら光の範囲内で休みましょう」
「わかった」
クロドは足元に落ちてあった石を拾い上げ、近くのコボルトへ向け投げた。
いや、投げたはずだった。
不思議なことに石は、クロドから少し離れた場所にころんっと落ちたのだ。
「なんで?」
勢いよく投げたはず。だがそれはコボルトには届かなかった。
「青い光ですよ。この中は安全ですが、同時に戦闘行為そのものを妨害するんです」
レティスは答え、弓矢も、それに魔法さえも青い光の中ではうまく飛ばないのだと説明する。
「それが出来れば、弓使いさんや魔術師さんが固定砲台出来たんですけどねぇ」
「それが出来たら世の冒険者のほとんどが、弓使いと魔術師になってるな」
「ですね〜」
陽気な会話をしつつも、二人の顔は笑ってはいない。
青い光の届かないギリギリの距離にはコボルトが五匹他、全部で十数匹にもなっている。
更にその後ろには二匹のゴブリンの姿も見えていた。
レティトがじりじりと青い光の境界線へと向かう。
モンスターたちは今か今かと、レティスが出てくるのを待った。
青い光が届く確実な距離では、モンスターたちも動こうとしない。
一歩ずつ、レティスは近づいて行く。
何歩目かの時、待ちきれなかったのか、一匹のコボルトが駆け出した。
すぐさまレティスは一歩、後ろに下がる。
「ここ、ですね」
コボルトは慌てて急停止し、レティスはメイスを地面に突き立てる。そこに線を引くと、レティスはクロドに言った。
「ゴブリンが居ます。あいつら、狡賢いですからね」
青い光の届く距離にはモンスターは近づかない。
それを利用し、奴らは実際に光が届くよりも更に離れた位置から二人を狙っていた。
そうして光が届かない距離を、効果範囲内だと思い込ませる作戦だったのだ。
『グギャッ!』
『ギャーッギャッギャ』
作戦がバレて怒り心頭なゴブリンが、先走ったコボルトの頭に手斧を投げた。
『ゴァッ』
その場に倒れたコボルトは絶命し、仲間のコボルトが吠え出す。
『ウオオォォ』
『ガァッ』
コボルトは牙を剥き、仲間を殺したゴブリンに吠え掛かった。
そうなるとゴブリンも当然、残り四匹のコボルトを睨みつける訳で――。
「今です、クロド!」
レティスは走った。
まずはゴブリンを狙ってメイスを振り上げる。
ゴブリンは狡賢いが、高度な知能を持っている訳ではない。
どちらかと言えば、馬鹿だ。
「右!」
「左をやる!」
レティスの言葉にクロドもしっかり反応した。
彼もすでに走り出し、青い光の範囲から飛び出していた。
盾で邪魔モンスターを弾き飛ばし、そして狙うゴブリンの喉元へ短剣を滑らせる。
『ギャッ』
「っち。浅かったっ」
「構いません、戻って!」
レティスの声にクロドは大木をぐるりと一周して引き返す。
見れば先ほど自分が傷つけたゴブリンに向かって、コボルトが襲い掛かっているではないか。
もう一匹のゴブリンはレティスが仕留めていた。
指揮官だったのか、ゴブリンが居なくなったことでコボルト以外のモンスターはバラバラに動き出している。
青い光の目前でクロドの頭ほどもある羽虫が襲い掛かって来た。
咄嗟の出来事だったため、クロドは反射的に顔を守ろうと左手を――つまり盾を振り回した。
ゴンッという音と共に、羽虫が地面に落ちる。
走っていたクロドは、そのまま地面に落ちた羽虫を踏みつぶしてしまった。
ブジュっという音が鳴り、青い光に駆け込んだクロドの靴裏には、なんとも言いようのない物がこびり付いていた。
「うえぇっ」
「うわぁ……」
レティスはクロドから離れ、残りのモンスターを倒し始めた。
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