16
そもそもこの世界に何故迷宮は誕生したのか。
それは遥か昔に遡る。
聖なる神々と邪なる神々とが争っていた時代。
神の一薙ぎで大地は裂け、灼熱の息は森を焼き払い……神々が直接戦えば、それは世界の破滅を意味していた。
聖なる神々も邪なる神々も、ただひとりを除けば世界の破滅など望んではいない。
だから――。
「この世界とは異なる空間に迷宮を造って、その最下層で敵が攻めてくるのを待ったのよ」
「ただ待っただけじゃない!」
「ちょっと、割り込まないでよ」
「そっちこそ!!」
男女に別れたパーティーは、我先にと迷宮創世記の話をクロドとレティスに聞かせようとしている。
「そ、それで、待つだけじゃないってどういうことだよ!」
クロドは興味津々と言った様子で聞き入っている。
対するレティスは、養父から同様の話は聞いていたので、いつものようににこにことしているだけだ。クロドが楽しそうにしているため、その邪魔をしないように。
「ふ……。神々はそれぞれ自分用の迷宮を造った。そこに自らが引き籠るということは、相手の迷宮に攻められないということ。だからグワッ――」
「だからぁ、神様は自分の代理としてぇ、
「おい、今オレを殴っただろ。貴様、聖職者のような成りをしているが、実は悪魔神官だな!」
「えぇ? 私はぁ、豊穣の女神の神官ですよぉ」
そんな感じで話はなかなか進まない。
要約すればこうだ。
神々が生み出した天子と信徒たちが、敵対する神の迷宮へと挑む。
結果――敗れた聖なる神は三神。邪なる神も三神。
聖なる神も邪なる神も六神ずつ。引き分けなのだ。
敗れた神々は肉体を失い、迷宮の最下層を閉ざして深い眠りについた。
戦いに勝利した神々も消耗が激しく、同じように最下層を閉ざし眠りにつくことに。
眠りにつく前、神々は迷宮に手を加えた。
今度は自らの信徒育成の為に迷宮を使おうと、信徒らの士気を高めるために様々な宝を迷宮に配置したのだ。
その宝は一度取ってしまっても自動生成される。しかも何が生成されるからはわからないという、ランダム式だった。
「ま、今じゃあ信徒じゃなく、冒険者育成場兼稼ぎ場みたいになってるけどな」
「私はぁ、信徒ですしぃ」
「でもここ、豊穣の女神さまが造った迷宮じゃねーぞ」
「うぐっ」
勝利した神が造った迷宮は、ランクの高い迷宮に。敗北した神の迷宮は低ランクという位置付けだ。
それだけ迷宮内部の難度も違う。
迷宮の成り立ちがどうこうより、何故冒険者が迷宮に挑むのかがここでは重要になる。
「取っても取っても無くならない宝……」
クロドはごくりと唾を飲む。
そりゃあ冒険者を夢見る者が居る訳だ。自分含め。
「ただし、宝と言ってもいつ、どこに出てくるかわからないんだ。中にはモンスターの腹の中にってこともあるようで」
「そういうモンスターは必ずと言っていいほど、強いのよ。神が造った宝をお腹の中に入れているんですもの。その影響かもね」
「で、最初に戻るわけだが――」
迷宮の上層にも当然お宝はある。数は少ないし生成頻度も低い。
そんなところへ冒険者が次から次へとやってくるのだ。ライバルだらけと言えよう。
それを快く思わない冒険者も少なくない。
自分たちが通って来た道だというのに、後輩が増えることを嫌っているのだ。
「だから初心者のうちに潰しておこうってのさ。大きな迷宮は許可証――つまり冒険者カードが無ければ入れないからな」
「試験の邪魔をしてクリアさせないの」
「せこい……」
クロドの反応に一同は、一瞬の間のあと笑いに包まれた。
「確かに!」
「んふふ。でもね、せこい――で終わらない輩もいるわよ。試験をクリアさせないだけじゃなく、殺そうって輩もいるから、気を付けるのよ」
「っ――マジで?」
「えぇ。マ・ジ・よ」
艶のある声で、女性メンバーのひとりは言う。
だがこれは脅しではない。真実だ。
「さぁレイン。行きましょう」
「え? コーネリア行くって?」
「い・く・の」
「えぇー。もっといろいろこの子たちに教えてあげないとぉ」
女性パーティーのひとりが立ち上がる。
その細身の体からは想像も出来ないが、彼女が背負うのは両手剣だ。
深紅の髪をかき上げる仕草にも色香が漂う。
「あのねレイン。貴女たちが親切心でこの子たちにあれこれ教えたいのでしょうけどね。試験には時間制限があることを忘れないでね」
「時間……あ」
リーダーでもあるレインは声を上げる。
こうして話をしている時間もまた、制限時間に含まれているのだ。
刻一刻と減り続ける時間を巻き戻すことは出来ない。
「ごめんね。長話しちゃって」
「うぉ、そうだった。悪い悪い」
「あ、いや……」
「とにかく気をつけな」
「君たちがここに入ったことで、どこかに水晶が出現しているはずよ。水晶前が一番危険だから、見つけてもすぐに飛びつかないこと」
試験の邪魔をしたい奴がそれを先に見つけていた場合、待ち伏せをしているからと。
また、他の冒険者による妨害も含め試験内容なのだと彼らは話す。
ただし――。
「殺しは当然、ギルドでも容認してないけどね。ただ、迷宮の中での殺人なんて、どこの誰がやったかなんてわからないから……」
レインはそう悲しそうな顔で言う。
だから平気で他人を殺す冒険者も、中には居るのだと。
クロドとレティスは再び森を歩き始めた。
この階層はやはり、階段小屋周辺以外は全て森のエリアになっていると先ほどの冒険者らは話した。
「あ、石板ありましたよ」
「お、なんて書いてあるか見てみよう」
「読むのは僕ですけどね」
「う、五月蠅い。いいから読めよ」
森の木々の中、陽光が差す場所にそれはあった。
まるで見つけやすくするかのような、そんな演出さえ感じる。
間近でみる石板は大きく、小柄な二人には見上げる程であった。
「えぇっと……『背を向ける者、地上の塔と死の闇を目指す』だって」
「は?」
「地上の塔は、階段部屋のことでしょう」
「あぁ。こっち側から見れば小屋だけど、実際は塔だもんな。じゃあ死の闇ってのは?」
さぁ? とレティスは首を傾げる。
同じ方向にそれがあると言うことなのだろうが……。
「もしかして、あの小屋の中に下り階段もあるとか? 闇ってのはほら、俺らが階段の上から下を覗いたとき、真っ暗でなんも見えなかっただろ?」
「あぁ! 死ってのは……下の階に行けば行くほど、危険は増しますし。ちょっとした嫌がらせ文句ですね。なるほど。……でも、階段なんて見ましたか?」
レティスの問いにクロドは首を捻る。
見ていない。おそらくだが、そこに階段は無かったはずだ。
「まぁ今は下の階層のことを考えても仕方ない。背を向けるってことは、この石板に対してだろう」
出口に向かいたければ石板を見つけ、そこに書かれた文章を見て進めばいい。
「よし。帰り方はわかった。あとは水晶を見つけるだけだ」
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