15
迷宮の地下一階。
通称「迷いの森」は、階段のある小屋の周辺以外、全てが森であった。
動かない太陽では方角の確認もしようがない。
クロドは目印になるようにと、木の幹に自分たちが歩いてきた方角を記す記号を書いて進もうとした。
だが何故か木の幹に傷をつけることは出来ず……。
「くっそ。これも迷宮だからなのか?」
「うぅーん。こういう話は僕もとうさんから聞いてないし……でもそうだと思います。クロドが木に短剣を押し当てた瞬間、木そのものに魔力を感じました」
「え、お前、そういうのわかるのか?」
「はい。僕は魔法が使えなくなったと言うだけで、魔力の発生の有無とかは感じれますから」
「へぇー」
それがわかったところで問題の解決にはならない。
階段のある小屋から随分歩いてきた。あれから何匹ものモンスターも倒してきた。おかげでレティスのキューブは、そろそろ光がいっぱいになりそうだ。
「とにかく進もう。進んでいればそのうち、壁にぶち当たるはずだ」
「そうですね」
「壁まで行けば、こんどはその壁伝いに暫く移動する。それからまた森に入って、一直線に進もう」
「……わかりました」
(わかってないな。絶対わかってない!)
首を傾げてヘラヘラっと笑うレティスは、実は脳内でクロドの言ったルートを想像していた。
彼の脳内ルートに、一直線という文字は無い。
蛇のように蛇行しながら進んでいく自分の姿を想像するので、何故壁伝いに歩くのかが理解できないのだ。
あっちでもこっちでも、好きなように歩けばいいじゃないか――そう思うのだ。
(道は一つじゃないのに。どこでも歩けばその内目的地に辿りつくかもしれないのになぁ)
これが方向音痴故の発想だ。
決してレティスには任せず、クロドは終始先頭を歩いた。
歩いて歩いて、そして突然森が途切れる。
と言っても、森が開けているのはそんの小さなスペースで、そこは冒険者の休憩所になっているのだろう。数人の冒険者が腰を下ろし、休んでいた。
クロドとレティスを見ても、誰も何も声を掛けたりはしない。
自分たちと同じように、ただ休むために来た者だと思っているのだろう。
だがクロドたちは驚いている。
「こ、ここってなんだ?」
「迷宮の中には、所々休憩出来るような場所があるって、僕、聞きました」
それを聞いたひとりが、クロドたちに声を掛けてくる。
「なんだ。新入りの冒険者か。いや、その分だと試験中……だろ?」
声を掛けた男は若かった。少年とは言えないだろうが、青年と呼ぶにもまだあどけなさが残る、微妙な歳だ。
仲間がいるようで、傍には同じような年齢の若者が二人、クロドたちを見つめている。
「はい。僕たち今、試験中なんです」
「そうか。やっぱりな。あぁ、懐かしいな」
「試験受けたの、2年前だっけか」
「アイテム探してくるのに、苦労したなぁ」
「安心しろ。ここはセーフティーゾーンつってな、モンスターが入って来れない場所なんだ」
そう言って最初に声を掛けて来た男が、一角を指差す。
そこには大きなキューブがあった。
「うわ、でっか」
「だろ? けど効果範囲は狭いんだ。その代わり、効果時間はこれひとつで二か月だとよ」
「その上、癒しの効果付きなんだ。怪我をしたらここに来るといい。まぁ魔法やポーションで癒すより、もちろん回復は遅いけどな」
「自然治癒能力を高めてくれる。その程度だと思えばいい」
後輩冒険者――の卵を見て、先輩風を吹かしたいのだろう。
三人はクロドたちが求めてもいないのに、次から次へと情報を教えてくれた。
レティスの言う通り、迷宮内には休憩場がある。それがセーフティーゾーンだ。
階層の上の方ならモンスターも弱く、キューブが数か所に置かれている。
下層では魔法でモンスターの侵入を伏せる結界が張られているということだ。
それらセーフティーゾーンには、ここのように特殊効果が発動している場所もあった。
休憩だけではなく、治療の目的で使うことも出来る。だから場所を覚えておく方が良いぞ――と教えてくれた。
「とは言っても、どうやって覚えればいいんだか」
「目印があるわよ」
「え?」
今度は別の冒険者が声を掛けてくる。
何も知らない初心者を見ると、誰でも世話を焼きたくなるのだろう。
特に地下一階や二階は、まだ冒険者になって日も浅い者や、上へと上がれない低ランクの者が多い。
自分たちより確実に経験も無く、弱いであろう者を見ると、優越感にも浸れるのだ。
優しくすることで、そして感謝されることで、自分より下が居る。そう実感できる。
女性ばかりで構成された、こちらも三人組のパーティー。白く染められた皮鎧を着たリーダーらしき女が、クロドたちを手招きして呼んだ。
「飲む?」
そう言って彼女は搾りたての果汁をクロドたちに見せる。
「わぁ、飲みます!」
「お、おいレティス」
遠慮というものを知らないレティスは、女性らの間にちょこんと座り、差し出された碗の中身を一気に飲み干した。
「っぷはー。あぁ、美味しい。ずっと歩きっぱなしで、喉が渇いていたんですよ。ありがとうございます」
「ふふ。冒険者は助け合いが必要だもの。いいってこと」
「あら、あなた可愛い子ね。男の子? 女の子?」
それまでレティスはフードを被っていた。
戦闘中や歩いている最中、枝に引っかかって脱げることもあったが、その都度被りなおしていた。
果汁を飲むために、フードが邪魔だったのだろう。
フードを後ろに下ろしたことで、その顔があらわになったのだ。
「えっと……」
レティスは口ごもるが、女性のひとりが仲間を叱責する。
「こらぁ、ダメよぉ。この子、ハーフエルフさんでしょう。男の子だって、可愛くって当たり前なんだからぁ」
「あ……ごめんなさい」
「いいんです。慣れてますから」
そんなやり取りを見て、クロドは(しょっちゅう女と間違われてるんだな)と、ある意味真逆の方向へと納得していた。
レティスが少女であることに、彼もまだ気づいていないようだ。
エルフというのはそれぐらい、人間から見ると男女の区別が付かないのだろう。
「ほら、そっちの黒い君もいらっしゃい。疲れたでしょ?」
「あ……えと……」
「クロドもおいでよ。それでお姉さん、目印ってなんですか?」
すかさず話の続きをするレティスの言葉に、クロドもはっとなって彼女らの下へと向かう。
受け取った果汁を少しだけすすり、聞き耳を立てた。
「森のあちこちにね、石板のようなものがあるの。それには文字が書かれているんだけど、全部違う文章なのよ」
「その石板で自分の位置を把握するのさ。書かれている文章ってのも、階段のあった小屋、あれとの位置関係が記されてる」
「ちょっと、私たちが説明してたのよ」
「おいおい、最初に声を掛けたのは俺だぜ?」
初心者から抜け出した冒険者同士で、初心者の奪い合いである。
これはこれで和やかな光景と言えるだろう。
だが――。
「坊主ども、注意するんだぞ」
「え?」
男がひとり、声を潜めてそう忠告する。
「ここで休んでた俺やあの女どもみたいに、全員が初心者に親切な訳じゃない」
「そうよ。中にはね、親切を装った初心者潰しだって居るんだから」
「しょ、初心者潰し!?」
クロドは不安を覚えた。
冒険者が冒険者を潰す……どういうことなのだろうと。
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