14

 塔は四角い形をしており、中に入ると下へと続く階段と、上へと続く階段とがあった。

 上には天井があり、その上にはギルド所属の職人の店などがあるのだという。

 下へと続く階段は――。


「うげぇ……真っ暗で下の階が見えねえぞ」

「大きな迷宮は、それ自体が違う空間で出来ていると言われてますから」

「違う空間?」


 レティスは養父に聞いたという話をクロドに語った。


 迷宮を作ったのは神々だと言う。

 夢物語でもなく、いくつかの巨大迷宮は確かに神が作った。それは神に仕える者が、直接神から聞いた話なので間違いない。

 そうした神によって作られた巨大迷宮は、その力で別次元の空間に存在しているのだと言う。

 だからこそ存在できているのだ。


 地面の下に巨大な空洞が広がっていれば、地震でも起これば簡単に崩壊するだろう。

 ましてその迷宮内では日々、魔術師たちがその力を披露し、破壊の魔法をぶっ放しまくっているのだから。

 中から崩落することすら無いのは、それぞれが独立した空間に存在しているからだ。


「だから各階層は、上の階から見えない。そうとうさんは言ってました」

「ふ、ふぅーん」


 短く答えたものの、クロドの頭の中は真っ白になっていた。


(初めて聞いた……な、中に入って無事に戻ってこれるのか?)


 そんな不安さえ過る。

 だが二人が見下ろす階段から、まさに下から上ってくる冒険者の姿が見えるではないか。

 ほっと胸を撫でおろしたクロドは、自分が先頭に立って階段を降りると言う。


「はい。じゃあクロドがこけた時は、僕は掴んであげますね」

「こけるか!」


 そんな元気なやり取りに、すれ違う冒険者の口元も緩む。

 暫く階段を下りて行くと、それまで底が見えなかった空間に突如――地面が現れた。

 周りの壁は塔と同じく石で出来ている。階段もだ。

 塔の内壁をぐるりと一周するような階段の先、底の部分だけは土であった。草も生えている。


 地面に下りると、目の前には扉があった。


「この向こう側が……」

「迷宮ですね」


 あっけらかんと答えるレティスとは対照的に、クロドの心は逸る。

 両扉を押せば、そこからすぅーっと風が吹き込んでくる。

 地下であるのに、何故?


 そう思いクロドはいっきに扉を開け放った。


 迷宮――そこは富と栄誉が待つ場所。

 迷宮――そこは富と栄誉に目が眩んだ冒険者を食らう場所。


 今その迷宮が二人の目の前に広がったている。


 だが何故だろう。

 そこは地下の洞窟ではなく地上だった。


「な、なんで俺たち、外に出てんだ?」

「違いますよ。ここは迷宮です。地上に見えるようで、ここは地上ではありません」

(地下でも無いでしょうけどね)


 レティスは心の中で呟き、それからここが地上でない証拠をクロドに示した。

 周囲をぐるりと囲む深い森。更にその奥、遠くに見える山をまず指差す。


「クロド、あの山を見てください」

「な、なんだよ。山がどうしたってんだ?」


 その山は高かった。

 横に延々と伸びるその山は、雲をの中に掛かってその頂が見えないほどだ。

 いや、横に連なる山々全ての頂が見えない。


「おかしいでしょ? 頂上が無いんですよ、あの山には。で、あの山がぐるーっと、囲っているんです」

「へ?」


 言われてクロドはぐるりと周囲を見渡す。

 確かに自分たちは、頂上の見えない山々に囲まれている。


「あれ、壁なんですよ。迷宮がどんなに広いと言っても、端っこはあるんです。で、あの山が端っこなんですよ、きっと」


 だから頂上は存在しない。途中で登れなくなるだろうとレティスは言う。


「すげーな……すげー」


 クロドはただただそう言うしかなかった。


「お前、迷宮に来たことあんのか?」

「いえ、初めてです。でもとうさんからいろいろ聞いてましたから、あぁ、やっぱりそうなんだって感じで。僕もまったく知らなければ、クロドのように感動もあったんでしょうね」

「か、感動とかしてねーし! さ、さっさと水晶探しに行くぞ」


 そうは言ったが、右も左もわからない場所だ。適当に歩いて帰り道がわからなくなっては困る。

 しかも振り返った先にあるであろう、内壁に階段のある塔――が無く、そこには小さな小屋があるだけなのだ。


「なんで小屋なんだろうな」

「あの小屋の外と中とで空間が違うんでしょ」

「塔のままなら目印にもなったのに」

「あぁ、確かにそうですね」


 背の高い、それこそ遠くに見える山のように雲まで突き抜ける高さがあれば、どこに居ても目印になっただろう。

 それが無い今、クロドは天を仰ぎ太陽の位置を確認した。


「太陽まである……これで位置の確認が……ん?」

「どうしました?」


 空を見上げたまま眉間にしわを寄せたクロドは、暫くじっと上空を観察していた。

 そして気づく。


「雲がまったく動いてねえ」


 もしかすると太陽も動かないのか。こればかりは時間が経過しなければわからない。

 ひとまず二人は、近くに見える森へと向かうことにした。


 太陽は真上にあり、東西南北を判断するには難しい位置にある。


「うぅん、どうやって方角を確かめるかな」


 振り返って小屋の方を見れば、それはしっかりと視界に入っていた。


「ってことは、とにかく森を探索しよう。そもそも森しかないみたいだしな」






 森と言っても視界は良好。それほど木々が密集することもなく、歩きやすい構造となっていた。

 だがそれでも森の中へと届く陽の光は少ない。

 薄暗くも感じるその森で、遂に第一のモンスターに遭遇した。


『ガフッ』


 犬の顔を持つ二足歩行のモンスター、コボルトだ。それが二匹、茂みから出てきたのだ。


『ガルルルルゥ』

「コ、コボルトか」

「僕は左の奴をやります、クロドは右をお願いしますね」

「わかった」


 鞘から短剣を引き抜き、クロドは右側に立つコボルトと対峙する。

 相手は丸腰だ。だからと言ってモンスター相手に油断もしないし、武器が無いからと言って同情も、手加減もしない。

 そんなことをすれば、自分がやられてしまうからだ。


 じり……と、レティスがクロドと距離を取る。

 隣り合って戦えば、間違って仲間を傷つけかねないから。

 出来ればコボルトもそれに合わせて動いてくれれば――そう思ったが、どうやら二匹のコボルトは、揃ってクロドを睨んでいる。


 どうやらレティスよりクロドの方が倒しやすい。そう判断されたようだ。

 そんなこと理解しないクロドは、緊張した面持ちで右側のコボルトだけを見ていた。


(うぅん、クロド、緊張し過ぎだねぇ。このままじゃあ、二匹が同時にクロドに向かって行ってしまう)


 膠着状態もそう長くは続かないだろう。

 ならばと、レティスは足元の小石を蹴った。左に向かって。

 その小石は木に当たり、コツンと乾いた音を立てる。


『ガフッ?』


 二匹のコボルトが音に反応し、同時に左を見た。

 その隙をレティスは見逃さない。

 音も無く駆け出し、左に立つコボルト目掛け左から右へとメイスを振るった。

 それと同時にクロドも走る。


(あいつが作ったせっかくのチャンスだ!)


 レティスのメイスを横腹に喰らったコボルドは、悲鳴を上げ横に飛んだ。これで二匹のコボルトの間には距離が生まれる。

 仲間の悲鳴を聞き、右側に立つコボルトの視線がそちらへと向けられた。

 が、直ぐにクロドの存在に気づき、前方を見る。


「うらあぁっ!」


 だがしかし、気づくのが遅かった。

 クロドは目前で、彼は握った短剣を突き出している最中だったのだ。

 コボルトは間一髪それを躱すが、躱した先にはクロドの左腕に装備した盾。

 ガンっという鈍い音がし、コボルトは脳震盪を起こし、クロドは左腕に衝撃が走る。


「いってぇー」

『ガワワ……ガワワ……』


 泡を噴いて倒れたコボルトに、クロドは慌てて止めを刺す。


 ――二足歩行タイプのモンスターはな、人間様と急所が同じなんだよ。狙うなら心臓か、首だ。


 ジョルジュの言葉を思い出し、クロドは狙い違わずコボルトの喉元を貫いた。

 刃の短い短剣でも、首を一突きすれば絶命させられる。


『ガボッ、ガワワ、ガ……』


 血泡を吐き、コボルトの動きが止まる。

 

「た、倒した? はっそうだ! レティ!?」


 振り向いた先には、既にコボルトを倒し終えたレティスの姿が。


「クロド、キューブをコボルトの死体にくっつけて下さいっ」

「キューブ……あっ」


 言われてクロドは慌てて鞄からキューブを取り出す。

 それを倒れて動かなくなったコボルトに触れさせると……死体はぽぉっと輝き、光の粒となってキューブに吸い込まれた。


「で、出来た……光が入ったぞ」

「僕のも入りました。今回はクロドにどんな風になるのか見せるために、お互いのキューブを使いましたが。次からは僕の方のキューブだけ使いましょう。その方が早くいっぱいになりますし」


 そうすれば安心して野宿も出来るからとレティスは言う。

 その通りだ。二つに分散して光を集めれば、それだけ数多くのモンスターを倒さなければならなくなる。


 クロドは再びキューブを鞄へと入れ、二人は森の奥へと目指した。

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