13

 レティスの祈りは神に通じたのだろうか。

 いや、実際はレティスの寝起きの悪さを聞き、そして見ていたシャットンらが、早朝に行くのを躊躇ったのだ。


 こうして朝遅くまで眠れたレティスはご機嫌で宿を出た。

 当然だが、遅くまで寝ていたからと言って、寝起きが良いなんてことは無かった。断じて無かった。


「よし、それじゃあギルドに行くぞ」

「はーい」

「お、お願いします」


 二人を伴ってシャットンたち冒険者パーティーがギルドへと入っていく。

 登録は一階にある手前のカウンターで行われている。

 尤も、冒険者への登録など毎日のようにあるわけでもない。

 この町に限らず、冒険者ギルドの支部がある所なら、どこからでも登録できるからだ。

 その為、登録用のカウンターは小さい物が一つ。そして職員は――居ない。


「おーい。誰かこっちの対応を頼むよ」


 シャットンが大きな声でギルド職員を呼ぶと、別のカウンターからひとり、こちらへとやって来た。

 大きな丸縁眼鏡を掛けた女性職員だ。


「登録ですか?」

「そ。俺たちの紹介だ」


 職員の問いに、シャットンが自分の冒険者カードを見せた。他の三人も同じようにカードを出す。


「Bランクの方々ですね。拝見しました。では……登録されるのはそちらのお子さんで?」

「お子!? ち、違うっ。俺の子じゃないからな!!」

「いや……そんなの、見ればわかりますよ」

「へ? あ……そう?」


 そんなやり取りを、シャットンの仲間たちは見て笑う。クロドやレティスも思わず笑みが零れた。


「ではお二人には、こちらの書類に記入をお願いします。文字は書けますか?」

「はい。あ、大丈夫です」

「お、俺は――」


 クロドは字が読めない。同時に書くことも出来ない。

 受け取った紙に、レティスはすらすらと文字を記入していく。そして二枚目を受け取り――。


「クロドの名前はクロドだけでいいですか?」


 と尋ねてくる。

 最初から彼の分も書く気でいたのだ。

 それに気づいてクロドは慌てて頷いた。


「生まれた町の名前は?」

「えっと、ロモッコだ」

「あ、鉱山の町ですね。行ったことは無いけど、聞いたことはあります。えぇっと、ロモッコっと。年齢は14歳でしたよね」

「もうすぐ15歳だ」

「でも14歳ですよね?」


 にこにこ顔でそう尋ねるレティスに、若干の敗北感を抱くクロド。

 記入するのはここまでだ。


「す、少ないんだな」

「そうですね。でも書くところはこれだけです」

「他に必要な事項などありませんし。ギルドへの登録なんて、こんなものなんですよ」


 そう言ってギルド職員の女は、二枚の紙を受け取り席を立つ。

 一度奥の部屋へと入って行った女性は、直ぐに新たな紙を持って戻って来た。


「ではこちらが、冒険者登録用の試験内容です」

「はーい」

「え?」


 登録すれば誰でも冒険者。

 世の中そう甘くはなかったようだ。






「じゃ、頑張れよ」

「私たちは暫く、この町でのんびりしてるから。何かあったら"そよ風亭"っていう宿を訪ねてね」

「まぁ暇なときにゃあ、迷宮で遊んでるけどな」

「焦らず、ゆっくりとやれ」


 四人はそう言ってギルドを出た。

 残された二人はこれから、冒険者となる為の試験を受けなくてはならない。


「し、試験……」

「大丈夫。筆記試験じゃなくって、実技試験だから」

「おまっ。それも知ってたのか!?」

「うん。とうさんに教えて貰ってたから」

(そうだった。こいつの育ての親は……Sランクの冒険者!)


 思い出してクロドは納得する。それと同時に何も教えてくれなかったことが歯がゆくもある。


「それじゃあ二人には、これから試験を行って貰いますが――注意点がひとつあります」

「注意?」

「はい。これから二人には、この町の地下にある迷宮へと挑んで貰いますが……決して無茶はしないこと。必ず生きて……戻って……うぐっ。ごめんなさい」


 突然眼鏡の職員が泣き始める。

 後ろを向き、ティッシュで鼻をかんだりしている。

 それを見たクロドは、試験会場である迷宮が危険な場所だと知る。


(い、いきなり迷宮……く、死んでたまるか!)


 二人が迷宮で行う試験とは――。


「では、これより48時間以内に、迷宮地下一階のどこかにある台座から水晶を取って来てください」

「「はい」」

「台座はそれなりに目立つところに出現・・するハズですから、迷宮内で変わった場所を見つけたら、周辺をくまなく探せば見つかる……かもしれませんよ」


 そうギルド職員はにっこり微笑んで言う。

 こうして二人は、初めての迷宮へと挑むことになる。

 ギルドでは空の"魂のキューブ"を二つ手渡された。

 もしモンスターを倒す機会があれば、死体から出る光の粒をキューブに吸わせれば、後で買い取ると職員は話す。


「それと、迷宮に出るモンスターは、石を落とすことがあります。石には様々な効果がありまして、こちらも買取いたしますので大事に取っておいてくださいね」


 もちろん、モンスターの中にはそれそのものが買取対象のものもある。

 動物系のモンスターは毛皮、そして角や骨にも効果のある物があった。

 また光物を集める習性のモンスターは、宝石を所持しているものまで居る。

 当然、倒せばそれらが手に入るのだ。


 冒険者が成り立つのはそこにあった。


 二人は職員に案内され、いったんギルドの建物を出る。そして隣に建つ塔へと向かった。

 その塔の周りには、多くの冒険者の姿が見える。

 そのせいなのだろう。塔の周辺にギルド以外の建物も無く、何もない広いスペースがあった。

 広場を囲うように、いくつもの屋台が立ち並ぶ。


「あの塔が迷宮の入り口です。入る時には一時許可証を門番に見せてくださいね」

「え、あれが迷宮の入り口!?」

「ここって、迷宮の上に町があるのですよ。迷宮のおかげで栄えた町なんです」


 女性職員は眼鏡のずれを直しながら微笑んだ。

 それから二人に、直ぐ挑むのか、それとも準備を整えてから二するのか尋ねる。

 時間制限のある試験な為、迷宮に入ってからカウントを開始するのだ。

 許可証もその時に渡して貰えることになっている。


「48時間ってことは、二日間ですね。ずっと中に籠って水晶を探すか、夜には戻って来て宿に泊まるか。どうします、クロド」

「籠るって……中で野宿するのか?」

「そうなりますね。大丈夫ですよ。キューブをレンタル出来るってことは、自分たちで使うことも出来るってことですから。いいんですよね?」


 改めてレティスが尋ねると、職員はその通りだと頷いて答えた。


「ただし、キューブが使える状況になるのは、光の粒を限界まで吸収させる必要があります。ここの迷宮の地下一階に生息するのは、Eランクのモンスターばかりです。それだと――」


 二人が手渡されたキューブは小サイズ。

 キューブは大中小と三つのサイズがあり、それぞれで吸収できる光の量が異なる。

 小さいキューブであれば、少ない数のモンスターを倒せばいっぱいになる。だがその分、効果時間も短い。

 小サイズでだいたいゴブリン20匹分。効果にして約十日しか、青い光を発しない。


 十日も持つなら今の二人にとって十分過ぎるし、むしろ余ってしまう。

 だがゴブリン20匹倒すというのは、かなり厳しい条件だ。

 それでも、一度外に出て宿に泊まり、翌日再び出発するのであれば、往復する時間が勿体ない。


「籠ろう」


 クロドは短くそう言うと、レティスは「じゃあ買い物だね」とにこやかに言う。


「それでは、準備が整いましたらギルドの方へいらしてください。その時に一時許可証をお出ししますので」


 こうして二人は買い物へと出かけた。

 必要な物は二日分の食料、そして毛布、もしくは外套。

 それから簡易的な調理器具も欲しい。


「うぅ、金が飛ぶなぁ」

「最初は仕方ないですよ。でも調理器具や外套って、一度買えば暫く使えますし」

「そうだけどさ……他になんか必要か?」


 レティスは考えたが、ポーションの類まで買っていてはお金が足りなくなってしまう。


「ランタンと油。それだけでいいでしょう」


 なるべく怪我をせず、慎重に進もうと二人で話し合った。

 買い物を済ませ、背負い袋も一回り大きい物に新調。二人の手元に残ったお金は、あの格安の宿にすら泊まれないほどの金額だ。


「水晶だけじゃなく、換金出来る物を拾って帰らないとダメですね」

「あぁ。出来れば飛び切り良い物を拾いたい」


 緊張するような、それでいてどこかワクワクするような、そんな気分に包まれながら、二人は再びギルドの門を潜る。

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