12
「はぁ……登録料のことを知ってて無一文とはなぁ」
「大物だな、レティはよー」
違う。馬鹿なんだ、とクロドは思った。
「ま、これも何かの縁だ。俺たちが二人をギルドに紹介してやるよ」
「わぁー、本当ですか!」
「え? 紹介って、なんのこと?」
何も知らないクロドに、ライナが優しく説明した。
冒険者になる為にはギルドに登録をしなければならない。ギルドに登録した者だけが入れる迷宮もあるのだ。
そしてギルドへの登録にはお金が掛かる。だがこの登録料を免除できる制度もあった。
それが冒険者による紹介なのだ。
「でもCランク以上の冒険者じゃないとダメなんですよ」
とレティスが最後に補足する。
「じ、じゃあ……シャットン師匠が、俺たちを紹介してくれるってこと!?」
「え? し、師匠!?」
突然の言葉にシャットンは顔を赤らめ狼狽えた。
それがおかしかったのだろう。ジョルジュは腹を抱えて大笑いする。
「げひゃぎゃひゃ。シ、シャットンが師匠!?」
「ジョルジュ師匠だって、俺の師匠だぜ……いや、です」
「げひゃひゃ――はぁ!? お、俺が師匠だとぉ!!」
こうして大人二人を狼狽えさせたクロドは、その後も二人に指導され――。
陽が暮れる直前になって、ようやく一行はこの辺りで一番大きな町トッカーラへと到着した。
高く、そして分厚い石の壁。
それに囲まれた町へ入るのに、大きな門を潜らなければならない。
門には兵士の姿もあったが、シャットンが懐から取り出した小さなカードを見せただけで、一行はすんありと町の中へと入れた。
分厚い壁を抜けると、そこはまるで別世界。
多くの建物が並び、多くの人が行き交う場所だった。
クロドは目が回るような錯覚を覚え、頭を軽く振るう。
(凄い……これが都会なんだ……)
クロドの住んでいた町は高くても二階建ての建物しかなく、それもあちこち汚れたものばかりだった。
それに比べてこのトッカーラは、三階建て、四階建ての建物も多く見られる。
何より綺麗だ。
どことなく統一された感のある外観は、ただの建物だというのに見ていて美しくさえあった。
往来を行き来する人々の人相も至って普通。
普通ではなく、人相の悪い奴らが闊歩する町で育ったクロドには、この町の住民がみな、優しい人間なのかと勘違いしてしまうほどだ、
「ちょっと遅くなっちまったが、冒険者ギルドまで付き合ってくれ。あぁ、紹介は明日な。登録には時間が掛かるから、この時間じゃもう受け付けてくれないだろう」
「わかりました」
「わかった」
二人の返事を聞き、シャットンたちは歩き出す。
向かったのは町の中心部。
そこに冒険者ギルドはあった。
四階建ての大きな屋敷のような建物が、この町の冒険者ギルドだ。隣にはギルドより僅かに高い塔が併設されている。
クロドとレティスは建物の前で待ち、六人は中へと入って行った。
建物を出入りする者をクロドはじっと見つめる。
頑丈そうな全身鎧を身に着け鉄壁の防御を誇る者や、逆に皮鎧で身軽さを重視した者。いやいや、そもそも鎧など身に着けていない、杖を持ったローブ姿の者などさまざまだ。
「やっぱり防具……必要だよな」
「そうですねぇ。でも高いですよ? まずは地道に稼ぐことから始めないと」
「地道……」
クロドの夢は一攫千金。
地道に稼ぐなんてことは、まったく考えていなかった。
だが少し考えればわかることだ。
まともな装備も無く、そんな状態で一攫千金が狙えるような迷宮に入ることなど出来ない。
稼ぎのいい迷宮は、当然生息するモンスターも強力だ。太刀打ちするなら、それ相応の武器や防具でなければダメだろう。
(やっぱり最初は地道にコツコツと……なのか)
はぁっとクロドが小さな溜息を吐いた頃、シャットンたちが戻って来た。
それから約束だった1800ギルを手渡す。
ついでとばかり、レティスに頼まれギルドに買い取って貰た兎の毛皮代、50ギルも支払う。
小さな銅貨は1枚1ギル。
大きな銅貨は1枚10ギル。
そして小さな銀貨が1枚100ギルで、大きな銀貨は1枚1000ギルになる。
更に大きな金額だと、金貨1枚10000ギルだ。
二人の手には、小さな銀貨が9枚と大銅貨2枚、そして小銅貨5枚がそれぞれに乗せられる。
「俺たちは行きつけの宿に行くが……どうする? 一泊400ギルなんだが」
「当然、おごってはやらねーぞ。お前らも冒険者目指すんなら、自分の食い扶持は自分で稼がねーとな」
そんな言葉に二人は頷き、別の安い宿を探すと言う。
すると弓使いのクーリーが、二人に打って付けの宿を教えてくれた。
「食事は出ないので外で食うしかない。その代わり、一泊75ギルの格安宿だ」
「おおぉぉ」
レティスは歓声を上げるが、それが安いと言われクロドは面食らった。
(パンが……30個以上も買える!? いや、今持ってる金だって――)
自分の手が握る9枚の銀貨。これだけあれば何日分のパンが買えるだろう。
クロドは今すぐ故郷の町に戻って、このお金で幼い子供たちにたくさんのパンを食べさせたいと思った。
だが900ギルあったところで、十日かそこいらの飢えをしのげる程度の金額でしかない。
しかも毎日パンのみ食べた場合の計算でそれなのだ。
野菜や肉――そう、口にぶわっと広がる肉汁のあの味を知ってしまったのだ。
クロドはあれもみんなに食べさせてやりたいと思っている。
レティスのように自分で捕らえるのもいいだろうが、そうなれば数を狩らなければならない。
何より調味料なども必要なのだ。
やはり纏まったお金が必要になってくる。
目先のお金に捕らわれず、ある程度お金を貯めるまでは故郷へは帰らない。
そう決めたのだ。
クーリーに教わった宿へとやって来た二人は、さっそく部屋を一つ借りた。
お金は前金制。連泊しても割引は無く、朝にその日の分を支払うのがこの宿のルールだった。
支払いをせず出て行った場合、部屋に荷物を置いておこうがお構いなし。残した荷物は売り払われ、宿の臨時収入となる。
そう宿の主は笑いながら説明した。
二人は銀貨を1枚出し、お釣りとして大銅貨2枚と小銅貨5枚を受け取った。
部屋は三階で、かなり狭い。
二段ベッドが一つと、テーブルが一つ。椅子は無い。
「村長さんところの部屋のほうが広かったな」
「僕二階!」
「あ、てめー!!」
既にここは自分のテリトリーだと言わんばかりに、レティスは背負い袋をベッドの上へと放り投げた。
諦めたクロドはそのままベッドの下の段に腰を下ろす。
「ご飯、食べに行きましょうよ」
「え……あぁ、そうだな」
「ここの宿には食堂がないそうですから、どこかで探さないと」
せっかく大きな町なのだから、いろいろ歩き回ろうとレティスが提案する。
それにはクロドも賛成だった。
だが結局二人は、近くの通りにあった屋台の列を見つけ、そこで食事を済ませてしまった。
済ませてしまったというより、目に付く物全てがご馳走に見えたのだ。
焼いた鶏肉の刺さった串を買い、隣の屋台ではハムと野菜を挟んだパンを買った。
小さな二人にとって、これだけで満腹だった。
喉を潤すために、果物をぎゅっと絞った果汁を買って飲む。
生まれて初めての果汁に、クロドは感激してつい二杯目を注文しそうになる。
(ダメだダメだ。お金は大事に使わなきゃ。余計なことに使ってる場合じゃない。貯金して、まずは装備を整えるんだ)
ぐっと堪えたクロドの横では、レティスが違う味の果汁を注文していた。
受け取った木製のコップは返却しなければならない。
その場でぐっと飲み――そしてクロドへと差し出す。
「半分どうぞ。全部飲むとお腹がたぽたぽになってしまいそうで」
「え……いいのか?」
「はい。美味しかったですよ」
受け取った果汁は――すっぱかった。
「すっぱーっ!」
「あははははは。やっぱり? 僕も少しすっぱいかなーって思ってたんですよ」
「はっはっは。子供にはまだ飲めない味だったかぁ」
店主も笑い、クロドがそれでも全てを飲み干しコップを屋台の上にどんっと置いた。
「じゃあ帰りましょうか」
「おう。明日は冒険者ギルドだな」
「はい。シャットンさんたちが迎えに来てくれますし、それまで部屋でゆっくりしていましょう」
「早くに来た場合、叩き起こすからな」
「うえぇ〜」
のんびり来てください。昼頃でもいいです。
レティスはそう天に祈るのだった。
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