11
翌朝――クロドはレティスを起こすのに苦労していた。
「いい加減起きろよ!」
「むぅー」
「起きろって!」
シャットンから借りたマントに包みなおし、レティスは頭からすっぽりと隠れてしまう。
それを見て大人たちは笑った。
「おいおい、そんなので冒険者になれるのか? 大丈夫かぁ?」
「寝起きが悪いから冒険者になれないなんてことは無いわよジョルジュ。でも、こういう野宿をしてて、夜中にモンスターが襲ってきた場合は危ないわねぇ」
「だろー?」
そんな会話を聞いてクロドは恐怖を覚えた。
万が一このままレティスとパーティーを組むことになった場合、この寝起きの悪さが命取りになるかもしれないのだ。
なんとしても寝起きの悪さを改善させねば――冒険者になるのとは別に、新たな目標がクロドに出来た瞬間だった。
「うぅーん。まだ寝ていたいぃ」
「ダメ。置いていくぞっ」
「やぁーだぁー」
「じゃあ起きろよっ」
仕方なく、もそもそとレティスが起き上がる。
食事を済ませた一行は、揃って町を目指すことになった。
斧を買い取ったシャットンだが、1800ギルが無い。
正確にはそれ以上の金額を持っているのだが、800ギルという小銭が無いのだ。
奮発して2000ギルにとも考えたが、冒険者を目指すという二人を甘やかせるのも彼らの為にならないだろうと。
どうせ目的地は同じなのだ。だったら一緒に行動すればいい。
そうして町に到着してから両替をして代金を支払うのだ。
さて、シャットンが斧を買い取った理由についてだが、何も善意からではない。必要だからだ。
「シャットンさん。貴方の装備を見る限り、Bランクの冒険者ですよね?」
「お、レティ。お前、見る目があるな」
「はい。あります」
と、ドヤ顔でレティスは言う。それを聞いたクロドは吹き出した。
まずシャットンがBランクの冒険者だということに驚き、そして見る目があると言われたレティスが自ら肯定していることに。
「Bランクの冒険者が、こんなボロ斧を……まさか、なんか特別な能力の付いた斧!?」
クロドの疑問に、全員が「いや、全然」と答える。
では何故Bランクという、高ランク冒険者が斧を必要とするのか。
それには何故かレティスが答えた。
「シャットンさんは良い冒険者ですね。貴方の武器、破損しているのでしょう? 鞘に刺した剣の柄が、少しずれてますし」
「あぁ。ちょっと無理をしちまってな。ぽっきりいっちまったんだ。だから町に戻るまでの間でいいから、武器が必要なんだよ」
そう言ってシャットンは鞘から剣を抜いた。
そこにあったのは、刃が根本近くから折れた剣。これではまともに使えないと、素人でも見てわかる。
「でもレティ、それとシャットンが良い冒険者なのと、どう関係しているの?」
「はい。シャットンさんはこのパーティーにとって盾役なのでしょう? 敵を引きつけ仲間を守る大事な役です」
そんな大事な役であるにも関わらず、武器が使えないとなると、ただ盾を持っただけのでくの坊だ。
もちろん他にも仲間がいるし、街道に出てしまえば強いモンスターなど滅多なことでは遭遇などしない。
「でも滅多に遭遇しないからと安心していて、いざそういうのが出て来た時のことを考えれば……貴方は自分を驕ることなく、最善のことを考え、手に入れられるならそれを手にし備えようとした。だから良い冒険者なんです。自分に出来る最善のことを考えているのですから」
「なるほどねぇ〜。シャットン、よかったなぁ褒められて」
揶揄うようにジョルジュが言う。
言われたシャットンは顔を真っ赤にさせ「うるせぇっ」と叫んでから街道をずんずん歩き出した。
六人となった一行だったが、真っすぐ進めば昼前には町に到着する距離。それをゆっくり、時折立ち止まってなかなか先に進もうとしない。
「いいか。盾を使ったことが無いってんなら、無理して最初は使う必要はない」
「でも勿体ないし……」
「何も装備するなと言ってるんじゃない。あぁ、それにな。それはこう装備するんだ」
シャットンはクロドに戦い方の手ほどきをしていた。それには短剣使いのジョルジュも加わっている。
ゴブリンからの戦利品の盾は、小さくて丸いスモールシールドの類だ。
盾の内側には握るためのベルトが二本あり、クロドはその片方を握っていた。
「下段のベルトに腕を通して、上の奴を握るんだ。そう、そうやって装備するんだ」
「な、なるほど」
「盾を意識しすぎて攻撃が疎かになれば、その分敵を倒すのに時間が掛かってしまう」
「時間が掛かるってこたーな、それだけ攻撃される機会も増えるってことだ。そうするとまた防御しなきゃって思うだろ? そうなったら、いったいいつ敵を倒すんだって話だ」
「う……」
心当たりのあるクロドは言葉を詰まらせた。
それを見た二人が笑う。
まず戦いに慣れるまでは、防御のことは考えるなと言う。
「いいか、盾なんか装備してなくってもだ、人ってのは条件反射で身を守ろうとするもんだ。その時動くのは、主に手だ。わかるか?」
「手?」
首を傾げるクロドに痺れを切らせた――振りをしたジョルジュが拳を振り上げる。
「んなこともわかんねーのかっ!」
ジョルジュが振り上げられた拳を見て、クロドは思わず頭を庇おうと両手をクロスするように掲げた。
そして気づく。
頭を守る位置に、左手に装備した盾があることを。
「あ……こういうこと?」
「そういうことだ」
とジョルジュがニヤリと笑う。
「ジョルジュの教え方は乱暴だが、わかりやすいだろ?」
「うん――あ、はい」
「けけ。無理して敬語なんか使うな。普段通りに喋れよ」
「……うん……ありがとう」
それからクロドは二人から短剣の使い方、モンスターの特徴などを教えてもらう。
同じころ、昼食の支度をするライナとレティス、そしてクーローの三人は――。
「え? あなた、ハーフエルフなのに魔法が使えないの?」
と、レティスが授かった祝福の話題で盛り上がっていた。
まずレティスが15歳だったことに驚いたが、成長の遅いエルフの血が混じっているのからとそれは納得。
成人の儀式を行ったレティスは、極稀に授かることの出来る祝福を貰ってということに二人は更に驚いた。
そして祝福であるはずの能力が……。
「魔法が一切使えなくなって、打撃力アップってどういうことだ。それ、祝福じゃなくって、ある種の呪いだろ?」
クーローの言葉は、昨日、クロドが言った言葉に似ていた。
魔法に長けている種族の血を継いでいながら、魔法が使えない。これはもうデメリットしかないだろう。
細い体に筋力など見込めるはずもなく、魔力を打撃力に変換など、呪いとしか思えないのだ。
「でもどうして打撃なの? 筋力に変換されるとかだったら、わかるんだけど」
「うぅん。きっと僕は神官だからだと思います」
神に仕える者は刃物を使ってはならない……というのが、極一般的な常識だ。
いつから、誰がそう決めたのかわからないが、刃は昔から命を奪うことに使われて来た。そういったことも、神官や司祭が剣や斧を使わない理由のひとつなのだろう。
彼らの武器は主に鈍器である。殴るだけの武器だが、考えようによっては剣で切るより残酷とも言える。
が、そのことに関して教会は一切口を閉ざしている。
「あら、あなた。神官なの?」
「はい。あ、でも教会から正式に認められたわけではないですが」
神官になる為には、自身が信仰する神を祭る教会に申請しなければならない。
その際、多額の寄付金を収めるか、規定の年数を教会で修行するかしなければならないのだ。
ほとんどの者が後者を選ぶ。
正式認められていないということは、寄付金を収めた訳でも修行をした訳でもないということだろう。
「でも僕が信仰する女神様を祭る教会が、凄く少なくって……」
「教会が? もしかして調和の女神さまかしら」
ライナは自身も神官であるためか、レティスが信仰する神に心当たりがあった。
彼女の言葉を聞いてレティスは満面の笑みを浮かべる。
「そうです! わぁ、嬉しいなぁ。セフィーリア様のことを知っている人が居て」
対して弓使いのクーローは首を傾げる。
調和の女神セフィーリアはそれだけマイナーな神なのだ。
「魔法が使えない神官ねぇ……神官戦士ってのは確かにいるけど、そいつらだって少しは魔法が使えるだろ」
「いいじゃないクーロー。私はね、信仰心があればそれでいいと思っているの」
「でもお前は魔法が使えるだろう」
「う、そうだけどぉー」
「あははは。僕もライナさんの意見に賛成です。そもそも僕って、元々魔法が苦手でしたから」
レティスは祝福によって魔法が使えなくなったことに対し、まったくと言っていいほど落ち込んではいない。
育ての親であるディカードは魔法が使えず、レティスにそれを教えることは出来なかった。だからレティスも魔法の使い方を知らない。
「何年か前にとうさんの知り合いの魔術師さんに、魔法のことを習ったことがあるんです」
「ほー、それで?」
「ダメでした。魔力を上手く操作できなくって、簡単な魔法すら出たり出なかったりで……」
そんな魔法ならいざというときに使えない。最初から魔法を使うと言う選択肢が無い方がいい。
そういう意味で、レティスは魔法を使うことを諦めていた。
だが魔力はある。
この無駄とも思えた魔力が、授かった祝福の力で役に立つ時が来たのだ。
これほど嬉しいことはあるだろうか。
レティスは二人にそう話し、焼きあがった兎肉の味見をした。
「ん〜、美味しい」
クロドたちも呼ばれ、六人での昼食が始まった。
「お前ら、冒険者ギルドに登録するための金……は持ってないよなぁ」
「え? か、金がいるのか!?」
「1000ギルなんて、持ってる訳ないじゃないですか〜」
「えぇ!? お、お前、金取られるって知ってたのか?」
「はい」
クロドが頭を抱える。
登録料が必要だと知っていながら、何故全財産を知らない老人にやったのか。
こいつは本当に大馬鹿野郎だと改めて思う。
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