10
魂のキューブ。
そう呼ばれるアイテムの素材は、ただのガラスであったりする。
四角いその器に特殊な魔法を掛け、死んだモンスターの光を吸収するように作られた物だ。
その光が一定量溜まると青く光り、その光が弱い魔物を寄せ付けないと知ったのは今から百数十年前。
以後、冒険者の収入源となっているアイテムだ。
キューブ自体は冒険者ギルドで貸し出され、青く光れば買い取ってくれる。
個人で所有する為に、買い取ることも出来た。
冒険者は野外で野宿することも多く、キューブを持ち歩く者も多い。
「いやぁ、助かりましたぁ。今日中に町まで行けると思ったんですけどね〜。あはは」
「あははじゃねえだろ! お前があっちにふらふら、こっちにふらふらするから、道に迷ったんだぞ!」
クロドとレティスの二人は、4人組の冒険者の焚火にちゃっかり混ぜて貰っていた。
冒険者らもそれを拒否する訳でもなく、二人を受け入れてくれた。
もちろんタダではない。
「さぁ、焼けたようだぞ」
人懐っこそうな風貌の青年が兎肉を切り分け、二人が手に持つパンの上に乗せていく。
そう。レティスが仕留め、捌いた兎一羽分を提供したのだ。
「スープも出来たわ」
野菜も提供した。そうすることで美味しいスープが食べられるからだ。
優し気な女性が、お椀に掬ったスープを二人に差し出す。
このお椀も、冒険者のひとりが太い木の枝を使って即席でこしらえてくれた物だ。
「うわぁ、美味しそう。いっただきま〜す」
「い、いただきま……す」
クロドは初めて兎肉を口にした。
香草を挟んで焼かれたせいか、生臭さは無く、むしろ食欲をそそるいい香りしかしない。
食べる前に涎が零れそうになるほど、それはとても美味しそうに見えた。
実際に食べればやはり美味い。
香草だけでは物足りないと、冒険者らが持参した塩に胡椒がまぶされ、その味がまた、クロドにとって不思議なもののように感じた。
少しだけ鼻を刺激するような辛みがあり、それでいて肉の甘みをしっかりと出している不思議な素材だ。
そんな兎肉をパンと一緒に口へほうり込めば、既に冷たくなっているパンに暖かさと、旨味が復活するのだ。
こんな贅沢があっていいのだろうか。
四人の冒険者らは特に美味いとも言わず、極々普通といった感じで食べている。
それを見てクロドは「あぁ、やっぱり冒険者って凄いんだ。いつも美味しい物を食べているから、こんなものは日常茶飯事な食事なのだろう」と、勝手に誤解している。
実際はクロドの食生活が貧し過ぎたのだ。
特別なのはクロドで、冒険者でなくても一般的な町の住民であれば、この程度の食事は毎日出る。
彼がそれを知らないだけなのだ。
食事の最中、四人は交互に二人へ質問をした。
子供が二人だけで旅をしているなど、さすがに珍しいのだ。
夜になれば街道沿いにもモンスターが出る。そんな場所で子供がキューブ無しに野宿など、命を粗末にしているのと同じだ。
「はぁー。冒険者にねぇ」
「はい。まずは冒険者への登録をしなきゃと思って、それで町に向かう途中だったんです」
「君も?」
唯一の女性は、クロドにパンのおかわりを手渡しながら訪ねた。
食事のおかわりなんてしたことのないクロドは戸惑いながらも、腹はそれを欲している。頷きながら受け取ったパンを口に運んでから、女性を見て答えた。
「お、俺が住んでいた町には、冒険者ギルドが無くって……こいつとは旅の途中で偶然出会ったんだ」
「偶然か。いいねぇ、そういうの」
即席でお椀を作ってくれた男は、楽しそうに二人を見た。彼の傍らには常に弓が置いてあり、弓使いだというのが一目でわかる。
四人組のパーティーのリーダーらしき、人懐っこそうな青年も笑みを浮かべ頷いた。
「出会いってのは、冒険者にとって大事なものだぜ。同じ志を持つ、同じ年代の者が出会ったんだ。それは偶然じゃなく、運命の出会いだったかもしれないぜ。大事にしな」
「え……うぅん……でも」
「でも?」
クロドの返事にリーダーが顔をしかめる。
「こいつ、物凄い方向音痴で、本当なら町だって今日のうちに到着できていたんだ。それをこいつが――」
「あぁー、僕だけのせいにするんですか? ツリーウォーカーの幻惑にまんまと掛かっておいて、それ言うんですかー?」
「ちょ、馬鹿!」
「ははーん。ツリーウォーカーねぇ」
ツリーウォーカーの名前が出たことで、クロドが恥ずかしい行動をした――ということだけは四人に理解できた。
それなりの冒険者ともなれば、常識みたいなものなのだ。
「もうシャットンったら。止めなさいよ、可哀そうじゃない」
「か、可哀そう!?」
女性の言葉にクロドはますます顔を赤く染めていく。
それを見て他のメンバーたちは豪快に笑った。
「いやいやライナ。今のお前の発言が、少年に止めを刺したぞ」
「え、嘘!? あらやだ、こめんなさい」
再び笑い声が上がった。
恥ずかしさでいっぱいになるクロドは、同時に嬉しくもあった。
冒険者に憧れるクロドであったが、全ての冒険者が親切な人間だとは思ってはいない。
彼が暮らしていた教会に訪れる冒険者の中には、そこで暮らす幼い少女に売春を呼びかける者までいたのだ。
だから良い冒険者と悪い冒険者が、彼の中で区別されていた。
もちろんクロドが目指すのは良い冒険者だ。
良い冒険者になって一攫千金を手にする。それが夢であり、目標なのだ。
今クロドの目の前に居る冒険者は『良い冒険者』だった。
それが嬉しくてたまらない。
そのせいか、彼らに自分の武勇を聞いてほしくなった。
森でコボルトに追われた話はせず、レティスと共に訪れたコロン村での一件を話したのだ。
「へぇ、二人でコボルトをねぇ。何匹やったんだ?」
「ジョルジュ。そういう嫌味っぽい言い方は止めなさいよ」
「いや……俺は素直に関心してだなー」
クロドと同じように、短剣を腰に下げた男――ジョルジュと呼ばれた彼は、肩を竦め苦笑いを浮かべる。
それを弓使いの仲間の男が、何食わぬ顔で止めを刺す。
「ジョルジュは顔が悪いし口が悪い。だが心までは腐ってねーし、案外良い奴だぜ」
「待てクーロー。口が悪いのは自覚してるけどなぁ、顔が悪いってのはなんだ!」
「なんだ、無自覚か」
「せめて人相が悪いと言え!」
弓使いの男クーローとジョルジュが言い争うが、最後はジョルジュが敗北して肩を落とす。
そんな光景も、クロドは眩しそうに見つめた。
自分にもこんな仲間が出来たらと、そう願って。
結局二人が倒したゴブリンはそれぞれ一匹ずつだと話したが、それでも四人は感心して話を聞いてくれた。
そしてレティスが、
「クロドの盾と、鞄の中の斧が戦利品なんです」
と明かす。
「斧? ちょっと見せて貰っていいか?」
パーティーのリーダーであるシャットンが興味を示した。
クロドは自分の鞄から布を巻いた斧を取り出して彼へと差し出す。
何の変哲もない、ただの鉄の斧だ。
「よし、これを売る気はないか?」
シャットンはニカっと笑うと、二人にそう提案する。
突然の申し出に驚くクロド。
レティスはそれとは対照的に「幾らで買ってくれますか?」と既に交渉に入ろうとしている。
「そうだなー、1000――」
「僕の見立てだと1500ギルなんですけど。武器屋に持って行けば、それぐらいで買い取って貰えると思うんですよね」
「ぐっ」
「お、おいレティ。1500ギルなんて、そんな大金!?」
「え? 普通ですよ。武器や防具ってね、すっごい高いんですから。これだって買おうと思えば、今言った金額の倍はしますからね」
クロドにとって、ギルに丸が並ぶような金額など見たことがないのだ。
せいでい丸が一つ。数十ギルまでだ。
それが100すら超えて1000ギル以上など、まるで天地がひっくり返った気分だろう。
だがそれが普通だとレティスは言う。
普通だと言われても、自分の頭では理解できない金額だ。
クロドが混乱するなか、シャットンの仲間たちが笑いだす。
「くくく。おいシャットン。こんな子供相手に安く買い叩こうとは、お前、いつからそんな悪い大人になったんだ?」
「わ、悪い大人とはなんだっ。お、俺はただ……」
「もうシャットン。冒険者を夢見る少年に、先輩として良い所見せてあげなさいよ。ね? 1800ギルでシャットンが買ってくれるわよ」
「わぁー、本当ですかぁ」
レティスも白々しく、ライナの言葉に乗っかっている。
クロドの頭は軽いパニックを起こしていた。
何故値段が吊り上がっているのか。1800ギルがあれば、あの小さくて硬いパンがいくつ買えるのか。そんな計算までし始めたのだ。
「あぁもう。わかったよ。じゃあ1800だ。ただ小銭が無い。お釣りはあるか?」
シャットンの問いにクロドは答えられず、レティスは「ありませーん」と軽い調子で答えた。
そして――。
「僕たち、無一文ですから」
と、恥ずかしげもなくレティスは答える。
それを聞いた冒険者らは顔を見合わせ、そして頭を抱えた。
無一文でどうしてここまでやって来たのか。どうしてここまであっけらかんとしていられるのか。
その理由を聞いたとき、彼らだけでなくクロドまで頭を抱え込んでしまった。
レティスが無一文だった理由とは――。
「え? 途中に寄った町で、お金に困っていたおじいさんが居たんです。だから上げました。全部」
こいつは馬鹿だ。
方向音痴の大馬鹿者だ。
クロドはこの時、シャットンが話した運命の出会いというものを少しだけ呪った。
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