09
不幸な兎は二羽。
レティスがテキパキと解体し、毛皮は売るために大事に取っておく。
タオルを裂いて紐にすると、解体した肉を雑木林で拾った枝に括り付けた。
「今夜は兎の丸焼きにしましょう! あぁ、鍋でもあればスープにだって出来たんですが」
せっかく野菜もあるのに――とレティスは残念がる。
野菜にも香草を巻いて、丸焼きにして食べるつもりだ。
既にレティスの心は夕食時間へと飛んでいる。
呑気なレティスと違う、クロドはやや焦り気味だ。
(このままこいつのペースで行ったら、今日中に町まで到着できないぞっ)
既に太陽は真上にあり、昼を過ぎているのがわかる。
小腹が空いたが、我慢できないほどではない。
早く雑木林を抜け、街道に戻りたいところ。
が、ここはレティスではなく、他の存在によってクロドの願いは棄却された。
ガサガサ――茂みが揺れ、すぐさまレティスは身構えた。
何がとクロドが言いかけた頃には、茂みから音の主が姿を現す。
出て来たのは、まるで枯れ木のような何かだ。
大きさといえば、小柄なレティスより小さい。痩せ細り、今にもポキっと折れてしまいそうな木だ。
「ツリーウォーカーです。極小サイズなので強くありませんが、幻惑攻撃をしてくるので気を付けてください」
「げ、げんわく? なんだよそりゃ」
「幻を見せるんです。粉みたいなのが見えたら、自分の頬でもなんでもいいから、抓ってください」
「抓る?」
「痛みが幻を消してくれるんです。いいですね、粉が漂いはじめたら、抓るんですよ!」
レティスはそう言ってから、メイスを右手に持ち、兎肉の枝を置いて駆けた。
ツリーウォーカーは三体。その内の一体に狙いを定め、メイスを下から思い切り振り上げた!
カコンという軽い音と共に、弾かれたツリーウォーカーが宙を舞う。
「うわ、よっわ」
「油断しちゃあダメですよ! こいつの手足は伸びて、しかも茨のように棘が生えるんですから!」
そう叫ぶレティスの言う通り、奴との十分な距離があったにもかかわらず、クロドは攻撃を食らった。
シュパっと伸びた手のような枝は、寸での所で躱したにもかかわらず腕に痛みが走る。
ツリーウォーカーの伸びた手から棘が生え、それがクロドの腕を引っかいたのだ。
「いってっ。くそ!」
短剣を抜き、クロドも身構えた。
盾など使ったことは無いが、とにかく左手で握ったそれで攻撃を防ごう。
そう思ってもなかなか出来ることではない。
攻撃を防ごうと思えば、そちらに意識が集中して攻撃が出来ず、攻撃ばかり考えれば盾はただの飾り、邪魔なだけだ。
おたおたとするクロドの隣では、二体目のツリーウォーカーに止めを刺すレティスが居た。
その時――ふわぁっと空気中を桃色の粉が舞う。
「幻惑です!」
「え、げん、げんわく?」
レティスはすぐに自分の頬を抓る。割と思いっきり抓ったのか、その部分が赤く染まった。
クロドは?
レティスが視線を向けると、ぽわぁっとした表情で立ち尽くす彼の姿が。
「あぁぁっ、もう!」
『カカカカッ』
まるでざまーみろと言うのか、ツリーウォーカーが枝を鳴らし、嘲笑うかのように揺れた。
むっとしたレティスが、メイルを握る手に力を込める。
そこに熱い物が流れていくが、それが魔力であるという自覚がレティスにはない。
ただ腹が立ったから、その苛立ちをぶちまける。そんな感じでメイスをぶんっと振り回した。
メイスがツリーウォーカーに触れた瞬間、メキュっという音と共に奴は粉砕された。
「あれ? こんなに粉々になるもんだっけ?」
小首を傾げたレティスだったが、今は粉砕されたツリーウォーカーに構ってなどいられない。
幻惑に捕らわれているクロドをどうにかしなくては、と彼の下へ駆け寄る。
「うぅん、時間の経過で解除されるものなんだけど……どうしようかなぁ」
状態異常系の効果を解除する方法はいくつかある。
司祭などが使う『
それと……放置して、自然に効果が切れるのを待つことである。
待つ場合の難点としては、効果を与えたものの力や、受けた者の耐性によって時間がまちまちだということ。
「ふへへ〜。ふへ。ふわぁ〜、ひへいはは〜」
「何が見えてるのかなぁ」
ふらふらと踊るクロドを、レティスは暫く見ていた。
幻を見ているだけで、身体的な害はない。正気に戻った時、少し恥ずかしい気持ちになる程度だ。
だが戦闘中であれば、これが致命的となる。だから抓って幻惑に対抗しろと教えたのだ。
「一度幻惑に掛かって恥ずかしい目に合えば、次から反応出来るようになるかな?」
そんなことを呟き、レティスは踊るクロドを見守った。
見守りながら、クロドが自分を見たのに気づく。
手を振ってそれに応えると、何故かクロドはレティスの下へ――走って来た!
「えぇ!?」
「まんまぁ〜」
突然のことで避けきれなかったレティスは、そのままクロドの突進を受け止めることに。
が、そもそも体の小さなレティスに、勢いよく飛びかかって来た者を受け止められるはずもなく。
盛大に後ろへとこけると、クロドもまたレティスに覆いかぶさるかのようにして倒れこんで来た。
「まんま〜」
「まん……はっ!? 僕はあなたのママじゃありません!!」
「ままぁ〜」
「ちがっ。ひゃあぁ!!」
クロドの伸びた手が、もぞもぞとレティスの胸元をまさぐる。
そしてほんのりと膨らんだその胸を――つか――む前に、レティスはメイスの柄の部分で、彼の後頭部を殴った。
「違うと言っているでしょうがあぁぁぁぁっ」
「ぐっ――ぎゃあぁぁーっ」
頭を押さえ蹲るクロドを払いのけ、レティスは立ち上がって仁王立ちする。その手にはメイスが握られ、顔は真っ赤だ。
「レ、レティ――う、うああぁぁぁぁぁっ」
ツリーウォーカーの幻惑が凶悪なのは、幻惑に掛かっていた間の記憶がしっかり残っていることだ。
自分がやったことを思いだし、クロドは悶絶した。そしてどこかに逃げ出したいと思った。
(な、なんでよりにもよってお袋たちと見間違うんだよ! だいたいこいつは男だろっ。ああぁぁぁ、もう嫌だぁー)
赤ん坊の頃から5歳までの間、自分を育てた娼婦たちとレティスとを、幻によって見間違えたのだ。
その上自分が赤ん坊に戻ったような気がして、彼はレティスに甘えようとしていた。
顔から火が出る程の恥ずかしさを覚え、クロドはそのまま頭を抱え蹲る。
「し、正気に戻ってくれたようでなによりです。いいですか。今度からはちゃんと自分の頬を抓ってください。でないと、次はこっちで殴りますからね」
ドスの聞いた声で、レティスはメイスの鉄の部分を指で示す。
「わ、わ、わかった」
流石にクロドも、そこで殴られれば痛いなんてものはない。そう理解してこくこくと頷く。
やがて二人は雑木林を抜け、平原へと出て来た。
その間、二人に会話は無い。
途中の岩陰でパンをひとつと、真っ赤に売れたトマトを半分にして二人で食べた。
その間も無言のままである。
クロドは幻惑に捕らわれている最中の自らの言動に恥じて。
レティスは先ほどの行為によって、自らの性別が女であることがバレてしまったのではないだろうかと不安で。
それぞれ違う理由で二人は沈黙し続けた。
だがその甲斐あってか、二人の歩みは早くなった。
が、寄り道をし過ぎたのだ。
太陽が西の空に沈むというのに、二人はまだ町へと辿り着けていない。
このままでは夜になってしまう。
そんな時、黙々と進む街道の先に、青い光が見えた。
「あ、誰かがキューブを使って野宿しています。行きましょうっ」
「あ、ああっ」
これが数時間ぶりの二人の会話でった。
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