08
「わぁ、こんなに貰っていいんですか?」
「あぁ、どうぞ。むしろゴブリンを退治して貰っておいて、これだけしか出来ない方が申し訳ないぐらいだ」
クロドとレティスが村を発つとき、村長をはじめ村の者全員が集まった。二人を見送るためにだ。
それぞれの家から持ち寄った野菜と、僅かな干し肉。そして短剣以外何も持たないクロドの為に、背負い袋まで用意してくれていた。
「ほ、本当にいいのか?」
「いいのよぉ。だって、本当だったらもっとたくさんの野菜を、ゴブリンに奪われるところだったんだもの」
昨夜、美味しい夕食をご馳走してくれた老婆が、にこにこ笑顔でそう言う。
確かに、昨晩ゴブリンたちが掘り起こした野菜はかなりの量があった。
どうやら家畜を奪い、それを運ばせる荷車の用意までしていたのだ。もちろん荷車も村の持ち物で、あの納屋の後ろに置かれていた物だった。
それに比べれば、クロドらが貰った野菜は日持ちのする根菜が三つ四つ。今日明日食べれば無くなるぐらいの量だ。
それ以上は重く、旅の荷物になってしまう。
あとはパンが四つに、干し肉だ。
それでも十分、二人にとってはご馳走である。
「気を付けて行くんだよ」
「はい」
「冒険者になったら、また村においで」
「そん時はゴブリンの巣穴を掃除してやるよ」
「ははは。楽しみしているよ。でもお金はあまりないからねぇ。新鮮な野菜で手を打ってくれると助かるなぁ」
それを聞いてクロドは、ゴブリンたちではないが荷車で教会へと運ぼうかと本気で考えた。
戦利品の盾はクロドが手に持ち、斧は刃の部分を布で包んで背負い袋へ。
食料は二人の鞄にそれぞれ手分けして入れた。
その重みを感じ、二人は細やかな幸福を感じる。
昨日までは無一文で食べる物も無く、町までの道中を空腹で過ごすはずだった。
それがどうだろう。
後ろに背負う鞄には、新鮮な野菜と干し肉、そしてパンまである。
地図を見れば大きな町まで一日と掛からない距離。
今日の食料は十分にある。明日まで持たせることも出来るだろう。
二人はほくほく顔で村を出立した。何度も振り向き、村人に手を振って。
「優しい人たちで良かったですねぇ」
「あぁ」
「これで町まで飢え死にせず済みますね」
「地図よこせ」
「え?」
意気揚々と歩くレティスに不安を感じたクロドは、その鞄を掴み歩みを止める。
開いた地図に目をやり、先ほどまで居たコロン村と太陽の位置とを確認。
「ふん……やっぱりな」
「やっぱり? 何がですか?」
「お前がまた見当違いな方向に歩いてるってことだよ! 馬鹿か! 町はコロンから南西だろうがっ」
「南西? あっちですか?」
「そっちは北西だ!! 昨日俺らが歩いてきた方角だろう!!」
首を傾げるレティスに苛立ちを感じつつ、自分がしっかりしなければと改めて思った。
字は読めるが地図の見方がわからない。その上極端な方向音痴。
そのくせレティスは戦闘経験があるのか、昨晩はゴブリンを前にしても冷静だった。
それに比べてクロドは戦闘経験は皆無。昨日のコボルトとゴブリンとの戦闘が初めてである。
だが地図の見方はわかるし、方向感覚もまともだ。
この凸凹コンビはその後、街道へと辿り着いてクロドの案内で南西へと進んだ。
尤も、街道は大きな町に向かって伸びている。ここまで来れば迷子になりようがないハズ……なのだが。
「クロド、兎ですよ! 狩りましょう♪」
「あ、おい待て!」
メイス片手に街道を外れ、草原を駆けるレティス。それを追ってクロドも街道から離れて行く。
当然兎は逃げるので、それを追えばどんどんと――やがて兎を狩った時には街道はどこへやら。
「だあぁぁっ。お前が走るからだぞ!」
「兎肉、美味しいんですよ」
「……どうやって捌くんだよ。俺、知らねえぞ」
肉――そう聞いてクロドも生唾を飲む。
干し肉を貰ってはいるが、やはり新鮮な肉というのは超が付くほど贅沢品である。
人生で一度もそんな物を食べたことが無い。
町の食堂の前を通れば、それっぽい物をチラリと目にすることはあった。
それがどんなに美味いのか、クロドには想像もつかなかった。
「僕は捌けますよ。野宿が多かったので、そういうのもとうさんから習いましたから」
「ふーん。お前の親父さんって、もしかして冒険者だったのか?」
「はい! とっても強かったんです」
レティスは嬉しそうに話し、それから向こうの林に行こうと言う。
町への道が遠のいて行くが、それを気にする様子はない。
「親父が冒険者なら、一緒に居ればいいじゃないか。なんぜわざわざひとりに?」
「強いからですよ」
「は?」
相手が強いのならなおさら。守ってくれるのだし、冒険者になる必要もないだろとクロドが思う。
だがレティスは違っていた。
「僕は一人前になりたいんです。その為にもとうさんと一緒に居たら、いつまでたっても成長できませんから」
「守って貰うだけになるからか?」
「というか、とうさんはモンスターを一撃で倒してしまうんです。しかも戦闘狂ですから、嬉々として飛び出して行って、僕が経験を積むなんてことも出来ないんですよ」
「……めちゃくちゃ強いんだな」
「はい。だってSランクの冒険者でしたから」
ただし10年以上前の話ですけど、とレティスは付け足す。
それを聞いて目を丸くしたのはクロドだ。
冒険者は強さに応じてランク付けをされている。
一番したはEランク。それからD、C、B、Aと続く。その頂点に立つのがSランクである。
Bランクですら重宝され、地方領主などに仕えることすら可能なランクなのだ。
「エ、エス……」
「はい」
クロドは絶句した。
そんな凄い人物に育てられたなど、目の前に立つハーフエルフからは微塵も感じられない。
そしてクロドは後悔した。
レティスに前を歩かせたことを。
目前に街道など無く、雑木林が広がる光景。
「ここ……どこだ?」
「あぁー、クロド。ありましたよ!」
「何があった!?」
街道か? クロドは一瞬そう思ったが、自分の甘さを再び後悔する。
レティスはしゃがみ込み、地面から生える草を毟っていた。
「兎肉を焼くとき、これを肉に挟むと生臭さを消してくれるんです」
満面の笑みを浮かべそう言うレティスを、クロドは冷ややかな目で見つめた。
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