06

「うおおぉぉぉっ!」

「ゴブリンめ! 俺たちの畑から出ていけっ!」


 鍬を手にした10人ほどの男たちが、青い光の届く範囲で叫ぶ。

 中にはゴブリンに向かって石を投げる者たちまで居た。


『ギャゲギャッ』

『ギーギギャッ』


 ゴブリンたちも威嚇するが、やはり青い光が恐ろしいのか、村人たちに近づこうとはしない。

 それは村人側でも同じである。

 数が少ないとはいえ、極平凡な村人にとってモンスターとは恐ろしい存在だ。

 この醜いモンスターは、小さな体に反して力は意外と強い。しかもその動きは早く、戦い方を知らない人間が一対一で戦うには無謀ともいえる。


 自分たちを恐れている。


 そう判断したゴブリンたちは、構わず畑から野菜を掘り起こす作業を再開した。

 納屋の後ろで万が一に備えていたゴブリン二匹も安堵し、手に持った斧を壁に立てかけ伸びを一つした。


 それが命取りとなった。


 タタタッという軽い音が聞こえたと思った瞬間、今度はヒュンっという風を切る音が鳴った。

 納屋の後ろに隠れた一匹のゴブリンの顔面に石が命中。


『ゲッ』

『ギャ?』


 顔を押さえ痛みに悶える仲間を見たゴブリンは、脳天に衝撃を受けそのまま後ろに倒れる。

 高くジャンプしたレティスが落下速度を利用して、メイスをゴブリンの頭に叩きつけたのだ。


「うおおぉぉぉっ!」


 雄たけびを上げクロドが走る。

 先ほど自分が投げた石を顔面で受け、顔を押さえ蹲るゴブリン目掛け。


『ギギャッギャ!』

「僕が行きますっ」


 畑泥棒の三匹が異変に気付き駆けてくる。

 それをレティスは迎え撃つべく、畑の方へと躍り出た。


 ゴブリンたちは驚いたが、同時に油断もした。

 相手は自分たちと背丈がそれほど変わらない人間・・の子供だ。

 子供は弱い。そう決まっている。


 そう思ったからこそ、このモンスターは忘れてしまっていた。


 三匹の背後には、鍬を持った人間の大人たちが居たことを。


 知能があり狡賢いゴブリンだが、それを人間と比べるのは可哀そうというもの。

 目の前にある問題一つに対処できる程度で、同時に複数のことは考えられないのだ。


 今ゴブリンたちは、目の前の小さな子供を殺すことしか頭に無い。

 自分らの攻撃をひらりひらりと躱す子供を見て、怒りが込み上げてくる。

 

『ギィッギャッ――』


 相手に恐怖を植え付けようと、威嚇のための声を上げた瞬間――。


 ザシュ――。


 ゴブリンの背中に熱い物が流れ出た。


『ギャアァァッ』

『ゲギャ!?』

「こ、これでも食らうだっ」

『ギャギィイィッ』


 次々と鍬を叩きつけられたゴブリンたちは、あっという間に地面へと倒れた。

 手足は痙攣し、直ぐにそれも動かなくなる。


 戦うことの出来ないひとりの人間がゴブリンに挑むのは無謀とも言える。

 だがゴブリンは決して強いモンスターではない。

 数人で挑み掛かれば、勝てない敵ではないのだ。

 しかも不意を突ければ尚更である。


「よし、こっちはオッケー。あとは……」


 レティスは納屋の後ろに目をやる。

 そこには肩で息をし、紅潮した顔のクロドがいた。


「怪我はないですか、クロド」

「……はぁ……はぁ……」


 血に染まった短剣を握りしめ、クロドは足元のゴブリンをじっと見つめていた。

 昼間、クロドはコボルトを一匹仕留めていた。

 無我夢中で振り回した短剣が、たまたま突進してきたコボルトの喉元に刺さっただけなのだ。

 だが今は違う。


 しっかりと――狙って――ゴブリンの喉を裂いた。

 生まれて初めて、そうしようと思って命を奪ったのだ。


 相手がゴブリン故、罪悪感などはない。

 あるのは達成感と、そして自分が死ななかったという安堵感。


「クロド。ゴブリンは初めてですか?」

「……はぁ……え? なんだって?」


 その反応を見てレティスに笑みが零れる。


「クロド。ゴブリンを倒しましたよ」

「え……あ、あぁ。倒したぜ!」

「はい」


 やがてゴブリンの遺体が淡い光を発し始める。

 それを見たレティスが、「あっ」と声を上げながら走り出した。

 村人をかき分け、彼らの背後にあったランタンを手に取り戻ってくる。

 ランタンの蓋を開け、中にあった青く輝く四角いガラスを取り出す。


 ぽぉっと光るゴブリンの遺体に向かって、取り出したガラスを掲げると――遺体から出た光の粒が、どんどんガラスへと吸い込まれていった。


「モンスターはみな、死ねばこうして光の粒になってしまいます。その光の粒を、こうやって魂のキューブに集めて……。これは、低級モンスターを寄せ付けない、青い光の元になるんです」


 そういった話は村人も、そしてクロドも知っている。

 だが、実際にモンスターを倒したことがあるわけでもない村人にとって、キューブに光が吸い込まれる光景を見るのは初めてであった。

 それはクロドにとっても同じこと。


 まるで光がレティスの周りを踊るように揺らめき、それが幻想的な雰囲気をかもしだす。


 やがてすべての光がキューブに吸い込まれると、そこにゴブリンの遺体は無くなっていた。

 ただ残っていた物もある。

 ゴブリンの持ち物だ。


 納屋の後ろにいたゴブリンが手放していた斧が一本。それと盾だ。

 盾は鉄製で出来ており、それなりの品のように見える。


「うーん、これ……元は冒険者の持ち物だったのかもしれませんね」

「え、じゃあつまり――」


 駆け出しの冒険者から、ゴブリンたちが奪ったのだろうとレティスは言う。

 持ち主が生きているのか、死んでいるのかはわからない。


「クロド、貰ったらどうです? ここに置いて行っても、誰も使えないでしょう?」


 レティスが村人に向かってそう言うと、当然だとばかりに一同が頷いた。

 斧にしても同じだ。


「これは戦闘用の斧だべな。これじゃあ木は切れねえだから、お前らが持っていくがええ」

「そうだな。使わないなら、どこかの町で買い取って貰えばいいだよ」

「じゃあそうします」


 レティスが返事をすると、斧を掴んでクロドの所へとやって来た。


「僕たちの初の戦利品ですね」


 満面の笑みを浮かべるレティス。

 それを見てクロドは実感する。


(初の戦利品……初の……俺……ちゃんと戦えた!)


 これが少年クロドと、今はまだその性別を明かしていない少女レティスの――


 最初の冒険となった。

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