05
二人が寝静まってから夜半過ぎ。
廊下をあわただしく走る足音によって、二人は同時に目を覚ました。
「うぅん……なんですかぁ?」
寝ぼけているのか、レティスは目を擦りながら再びシーツに包まって眠りにつこうとした。
逆にクロドの目はしっかりと覚め、ベッドから降りて部屋の外へと出る。
パタパタと、村長の父親であろう初老の男が階段を下りていくのが見えた。
「どうしたんですか?」
階段の上からクロドが声を掛けると、老人は「ゴブリンが来たんじゃ」と短く答える。
その表情は険しく、こわばっているようにも見えた。
クロドは部屋へと戻り、未だ起きて来ないレティスのシーツを剥ぎ取った。
「おいっ。どうやらゴブリンが出たらしいぞ。起きろっ」
「ふに? ゴブ?」
ベッドの上からきょろきょろして辺りを見渡すレティスは、そんなものどこにも居ないとばかりに再びシーツに――それが無いと知ると、クロドの手を見た。
返せとばかりに手を伸ばす。
その手をクロドが叩き、「家の外だ!」と語気を荒げる。
「村……あっ」
「やっと目を覚ましたか。ったく」
レティスもベッドを降り、脇に立てかけてあったメイスを手に掴む。
それを見てクロドも慌てて短剣を握りしめた。
二人が一階に降りると、そこには見慣れない大人たちが数人混ざり、何事か話し合っているところだった。
「数は何匹だ?」
「五匹ぐらいだと思うだ」
「五匹だか……それならなんとか追い返せるかもしんねえだよ」
「怪我人を出さないことが優先です。暫く様子を見ましょう」
「けんど村長さん。収穫目前の畑さ荒らされたら、領主に払う分が……」
「そうだな。今年はこれで何度目だ? 随分荒らされて、ただでさえ収穫できる分が減ってんだ。これ以上は……」
そんな大人たちの話を聞いて、クロドは首を捻る。
ゴブリンを直接見たことはある。
緑色の肌をした、小鬼のような姿をしたモンスターだ。体はコボルトよりも僅かに小さい。
ただコボルトより手先が器用で、武具の扱いにもそれなりに慣れている。更に知能もやや高く、狡賢くて油断のならない敵だ。
そんなゴブリンが食べる物は肉。そうクロドは覚えていた。
「ゴブリンって、畑を荒らしてどうすんだ?」
小声でそう呟くと、隣のレティスが「食べるためですよ」と答える。
「え? 野菜を食うのか?」
「はい。ゴブリンは雑食性で、好物は肉ですが、毎日それが手に入る訳でもありませからね。栄養を補うためにも、野菜だって食べるんですよ」
「ゴブリンが栄養なんて気にすんのか……」
意外だなと思いながら、レティスの言葉が本当なら畑の野菜が奪われてしまうと心配する。
ゴブリンは群れを作って生活している。何十体かで群れ、集落を築いて暮らしているのだ。
そのこともクロドは知っていた。
もっとも、故郷の町で冒険者の話を聞きかじった程度の知識ではあるが。
「一度野菜が取れることをしったら、何度も襲ってくるんじゃないか?」
「そうですね。対抗できる人間が居ないとわかれば、そのうち村を襲うかもしれません」
「え……でも灯りがあるだろ?」
クロドは畑が襲われると思っただけで、村そのものは大丈夫だろうと思っていた。
だからこそ、レティスの言葉に驚いたのだ。
だがレティスは特に何事も無かったかのように言葉を続ける。
「あの灯りで退けられるのは、中級モンスターぐらいまでですよ。せいぜいCランクと言ったところですね」
「そ、そのぐらいは知ってるさ。でもゴブリンはEランクじゃねえか」
「はい。でもゴブリンの群れを統率している個体の中には、Bランクにもなるゴブリンロードやキングも居ますからね」
「あ……」
名前は聞いたことのなかったクロドだが、確かに他のゴブリンよりめちゃくちゃ強い個体が居る――というのは、どこかで聞いたことがあった。
もしそんなのが、今村の畑を襲っているゴブリンの群れに居たとしたら……。
「"魂のキューブ"だって、簡単に壊せてしまいますよ。そうなったら、普通のゴブリンだって村に侵入し放題ですから」
『魂のキューブ』。それが青い光を発するアイテムの名前である。
モンスターがこの青い光に触れると、じりじりと皮膚の表面が焼けてしまう。
その痛みに耐えきれず、弱いモンスターは逃げていくのだが……。
強いモンスターはその痛みに耐え、そして突破してくる。キューブを破壊すれば痛みから解放されるので、その源までたどり着ければそれでいいのだ。
ランクの低いモンスターと高いモンスターとでは、痛みに逃げるか抵抗するかという違いがあった。
「どうすりゃいい?」
「追い返すだけでなく、倒した方がいいと思うんですが……この村には強い人間もいるぞって。そう思わせるんです」
「強い……」
「本当はゴブリンの巣を潰せれば一番なんですけどね。そんなの、Cランク冒険者以上じゃないと、厳しいですから」
「ぅぐ……」
クロドは唇を噛む。
今の自分は冒険者ですらない。コボルト二匹に追われ、逃げ回るような人間だ。
だけど――。
「五匹だ。やれないか?」
「うーん……やれなくもないかなぁ」
頼りない一言に、だが「無理だ」と言われなかっただけクロドはよしとする。
そうして彼は一歩前に出た。
「俺たちがゴブリンをぶっ倒す」
そんなクロドの声に全員が振り向く。
そう――全員が。
「俺たちって……え? 僕たちだけで? え??」
どうしてこうなったのだろう。そうレティスは思いながら、夜の暗闇を見つめていた。
そんなレティスの隣にはクロドが、短剣を構えて同じように闇を見つめる。
「いやいや、心配しなさんな。儂らも一緒にやるだで」
「そ、そうですよね!」
「え? そうなの?」
レティスとクロドが真逆の反応を示す。
「そうですよ! 僕たちだけでゴブリン退治なんて、無理ですから!」
「なんだよ! やれなくも無いって言っただろっ」
「いいましたけどねぇ、でもあれは全員で力を合わせればっていう意味でっ」
「ゴブリンだべ!」
「「え!?」」
二人は同時に視線を向ける。
青い光の他、村人の手に持つ松明の明かりが届かない距離。そこにギラリと光る物があった。
ゴブリンの目である。
夜行性であるゴブリンの目はギラギラと光り、離れていてもその位置を確認することが出来た。
「よよよよ、よし。や、やるぞっ」
「待ってくださいクロド。敵の数を確認して」
「五匹だろ?」
「いいえ、あそこに居るのは三匹です」
言われてクロドは目を凝らす。
確かにギラリと光る小さな点は、全部で六つだ。一匹当たり目は二つ。ならゴブリンの数は三匹となる。
では残り二匹はどこに?
「奥に小屋がありますか?」
「え……あぁはい。農具を入れた小さな納屋があるだが。見えるんですかね?」
レティスは目を凝らし、三匹のゴブリンが立つ背後に何かがあるのが見えていた。
真っ暗な中、村人には見えない距離にあっても、エルフにとって僅かな星の輝きさえあれば夜でもある程度は見える。そのエルフの血が混ざっているからこそ、レティスにも暗視能力があった。
「ってことは、あの小せぇ納屋の後ろに隠れてんのか?」
「えぇ、そうだと思います。あれ? クロドには納屋が見えているのですか?」
「ん? そりゃあ見えるだろ?」
クロドの言葉に、その場に居た村人らは首を横に振る。
あれ? というような顔のクロドに、普通は見えないんですよとレティスは言った。自分はハーフエルフだから少し見えるけど、とも。
「へぇ、そうなのか。あ、でも俺はハーフエルフじゃないぜ」
「見ればわかります。暗い所で物を見ることに慣れているのでしょう。でもよかった。それなら僕以外にもちゃんと見える人が居るってことだし」
そこでレティスは村人たちに、ゴブリンには聞こえないほど小さな声で何事かを頼む。
頷き合った村人たちは、手に鍬を持ち、青い光の届かない畑の中で揺れ動く光の点を見つめた。
ゴブリンたちはこれまでも数回、この村の畑を荒らしている。
その際、村人たちが自分たちを恐れ、立ち向かってこないことを知っていた。
ただ――これまでは念のためと、10匹ほどの仲間と畑に来ていた。
傲慢が生んだ油断だろう。
「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」
突然大きな雄たけびを上げ始めた村人たちに驚いたゴブリンは、一瞬野菜を掘り起こす手を止めそちらへと視線を向けた。
それは納屋の後ろに隠れていた二匹もそうであった。
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