04

 コロンの村へと到着したのは、既に陽が暮れてからのことだった。

 村は青い光を灯す松明で照らされ、幻想的な景色を作り上げる。この青い光こそがこの世界では大切な光であり、明かりが届く距離には低ランクの魔物が入り込むことは出来ない。

 光は特殊な物で、倒した魔物から洩れ出る光の粒を吸収したアイテムを発光させたものである。

 冒険者の主だった収入源でもあり、これが無ければ小さな村は簡単に壊滅する。それだけ重要なアイテムなのだ。


「はぁ、結局暗くなっちまったな」

「そうですねぇ。どこか泊めてくれる家があるといいんだけど」


 小さな農村では宿屋は無い。

 二人が訪れたコロンの村は、そんな小さな農村の一つだ。

 十数件程度の家が見えるだけで、宿のような建物はどこにも見当たらない。

 そういう場合――。


「ごめんくださーい」

「お、おいレティ!?」


 レティスは一軒の家の戸をノックし、中の住民を呼び出した。

 直ぐに住民が出てくると、初老の男が姿を現す。

 小さな来客に目を開いた老人は、二人にどうしたのかと尋ねる。


「冒険者になる為町に向かう途中なんですが、夜になってしまい、今夜一晩泊めて頂けないかと思いまして」

「はぁー、そりゃあまた。小さいのに冒険者とは、なんでまた」


 老人は二人を招き入れると、椅子に座らせ水を出してやる。

 レティスはお礼を言い、遠慮をすることなくグビグビと飲み干した。

 それを見てクロドもコップに手を伸ばすが、同時にレティスは二杯目の注文をした。


「っぷはー。いやぁ、ここのお水は美味しいですねぇ」

「そうかのぉ。いつも飲んどるから、味はようわからんわい。儂は今から村長の所へ行って、泊めて貰えるか頼んでくるでな」

「はい。ありがとうございます」

「あ、ありがとう……ございます」


 クロドも小さな声でお礼を言うと、老人は笑顔で家を出て行った。

 妻らしい老婆がやってきて、


「残り物だけどねぇ、どうぞ、召し上がれ」

「わっ、いいんですか!?」


 そう言いつつも、レティスは既に手を伸ばし、運ばれて来たパンを掴んでいる。


「実は今朝から何も食べてなかったんですよ。うわぁ、嬉しいなぁ」

「お、お前……」

「まぁまぁ。ほれ、あんたもお食べよ。子供は遠慮なんてしなくていいんだよ」


 勧められてクロドもようやくパンに手を伸ばした。

 運ばれて来たものはパンの他にも、野菜の入ったスープである。


 クロドは疑問に思った。

 何故見ず知らずの自分たちに、この老夫婦は親切にしてくれるのだろうと。


 自分が生まれ育った小さな町は治安も悪く、孤児である自分に親切な者など居なかった。

 ただひとり、育ての親である司祭だけは違ったが。


 特に大人はクロドに手を上げ、暴力を振るう。日頃のストレスを晴らすために。

 そんな環境で育ったクロドは、あまり大人を信用していなかった。

 それでも都会に出て、冒険者となって一攫千金を夢見るため行商人に着いて行ったのだ。

 だがその行商人からも置いて行かれ、やはり大人なんて頼らなければよかったと改めて思う程にクロドは拗ねた子供だった。


「どうしたね? あぁ、ごめんねぇ。この村では肉はとても貴重でね、滅多なことじゃあ食べないんだよ」

「え、いや……そんなつもりじゃあ。い、いただきますっ」


 ぱくりと一口運んだスープの味は、普段クロドが食べていた物よりもずっと美味しい物だった。


「美味しいねぇクロド」

「う、うん……」


 一口食べるごとに、野菜が口の中へと入ってくる。

 それがクロドにとっては、この上ない贅沢なことのように思えた。


 やがてスープの一滴すらも残さず平らげた二人の下へ、先ほど家を出て行った老人が戻ってくる。

 村長の家は他よりも大きく作られており、旅人や冒険者が泊れる部屋が設けられていた。


「よかったなぁ。今日は誰も泊ってないから、宿の提供はしてやれるとよ」

「ほ、本当か!?」

「わぁ、何日ぶりに屋根のある所で寝れるだろう」

「お、お前、ずっと野宿だったのか?」

「ううん。四日ぐらいだよ。あ、でもとうさんと一緒の時も、しょっちゅう野宿してたから、慣れてるけどね」


 どんな暮らしをしていたんだとクロドは疑問に思った。


 食事を用意してくれた老婆にお礼を言い、二人は老人に案内され村長の家へと向かう。

 出迎えた村長は意外なほど若く、妻と幼い三人の子供、そして老夫婦の7人家族であった。


「それじゃあ村長さん、よろしくお願いします」

「はいはい、任されましたよ。じゃあ君たち、さぁ、どうぞ中へ」


 案内されたのは二階の奥の一室。

 決して広くはないその部屋には、二段ベッドが四つ、所狭しと並んでいた。

 それ以外には何もない。


「僕上!」

「あ、待てっ。俺だって二階のほうがいいんだよっ」

「早い者勝ちですよ」

「そんなの、誰が決めたんだよ!」


 二人は早速、手前にあった二段ベッドを取り合うようにして走る。


「まぁまぁ。ベッドは他にもあるじゃないか。二人揃って二階を使えばいいだろう」


 苦笑いを浮かべ村長がそう言うと、二人はハタと気づく。

 そう。どちらが上の段で寝るかと喧嘩せずとも、どちらも上の段で寝れるだけのベッドがあるのだから。

 顔を赤らめた二人は、お互い窓際に置かれたベッドの左右に別れた。

 それから――。


「泊めて頂くと決めてからで申し訳ないのですが、僕、お金持ってなくって」

「えぇ!? お、お前、金持ってないのか!? じゃあその鞄の中って」

「はい? 僕の鞄には――」


 地図。タオルが二枚。

 終わり。


「はあぁぁぁ!?」

「クロドは? と言う以前に、クロドって短剣以外持ってませんね」

「もも、持ってねーよっ」

「あはっはっはっは。まぁ気にしないで。とはいえ、家も決して裕福ではないから……そうだ。明日の野菜の収穫を手伝って貰うというのはどうだろう?」


 その言葉にレティスとクロドは了承し、無事に今夜の宿を獲得した。






 部屋の窓から外を覗くと、離れた所で青い光を煌々と湛える物が見える。

 それを見つめながら、クロドはひとりぼんやりと考え事をしていた。


 冒険者になって、お金を稼いで――貯めたお金で立派な教会を建てよう。

 教会の脇には屋敷も建てて、子供たちはそこで毎日お腹いっぱいご飯を食べるのだ。

 汚い大人たちは絶対に入れない。


 でも――。


(あのじいちゃんばあちゃんみたいな、優しい人たちなら……)


 入れてやってもいいかな、とクロドは思う。


「クロド、そろそろ寝ませんか? 僕、もう瞼が重くて重くて」


 ふわぁっと欠伸をするレティスは、既に二段ベッドの上に陣取っている。

 それを見て、クロドはあることが気になった。


 自己紹介の時、レティスは『成人した』と言っていた。

 見た目はクロドよりも幼く、体も小さい。

 本当に15歳なのかと、疑問に思うほどだ。


「お前、本当に15歳なのか?」


 不躾な質問を平然とクロドは口にする。彼がその質問を、不躾だと認識していないからだ。

 問われた方のレティスも、特に気にした様子もなく笑顔で頷く。


「本当ですよ。でも僕、ほらこの通り――」


 そう言ってレティスは短い横髪をかき上げ、自身の耳をクロドに見せた。

 少し長く尖った耳。

 エルフはみな耳が長く尖っている。これは常識であり、クロドが実際に見たことあるわけではない。

 だけどこの耳はエルフのものより短いハズだ。


「僕、ハーフエルフなんです」

「知ってる。というかそれ以外あり得ないだろ」

「はい。でね、どうも父の方の血が濃いようで。あ、僕の場合、母が人間で、父がエルフなんです」

「へぇー」


 他人の家庭の事情など、特に興味があるわけでもない。

 適当に返事をしたクロドに、レティスは言葉を続ける。


 エルフの血が濃いのか、成長速度がやや遅いようなのだと。


「純血のエルフだと、大人になるまでは人間の2倍以上の時間が掛かるそうなんです。僕の場合は……うぅーん」


 考えてからレティスは答える。

 ほんのちょっと遅いぐらいだ、と。


「ほんのちょっとって、どのくらいだよ」

「さぁ? クロドは僕が何歳に見えますか?」

「はぁ? ……えぇっと……13……いや、12ぐらい?」


 自分よりは幼く見える。いや、むしろ自分の方が上だろうと、出会った当初は思っていたのだ。

 そんな思いからか、クロドは最初口にした年齢とひとつ下げて答えた。


「ふあぁっ。12ですか……うぅん、早く大きくなりたいなぁ」

「まぁ小さいよな、お前。それでさ、えっと……成人の儀式はしたのかよ」


 成人の儀式。

 大昔は誰もが行っていたようだが、儀式をすれば必ずしも神から祝福が与えられるという訳でもなく、むしろ与えられる方が稀。そんなことなら、時が経つにつれ、儀式を行う若者は減って行った。

 それでも万が一祝福を授かれるようなら、それがどんな能力であれ、方々から羨望の眼差しを向けられるのは間違いない。


 祝福とは基本的に、その者の長所を伸ばす能力であったり、逆に短所を補うような能力であったりすることが多い。

 冒険者を目指す者は、たいていが儀式を行っている。

 クロドも成人すれば、どこかの神殿で儀式を行うと決めていた。


 そんなクロドがレティスを見つめる。


「うん。儀式やったよ」

「や、やったのか!? で、どうだった? 貰えたのか、貰えなかったのかっ」


 クロドはベッドに足を掛け、背伸びしてレティスに詰め寄る。

 いつものようにレティスはにこにこと笑い「貰ったよ」と呆気なく答えた。


「も、貰った!? すげー。おい、どんな能力なんだよ。教えてくれっ」


 教えてくれとは言ったが、きっとレティスは魔法に関係するものだろうなとクロドは勝手に思い込む。

 ハーフエルフであれば、魔法が使えるはず。その長所を伸ばすような能力に違いない――と。


「うん。僕が貰った能力はね、魔法が一切使えなくなる代わりに、魔力を打撃力に変換する能力なんだ。凄いでしょ!」


 と、レティスは満面の笑みを浮かべ、それはそれは嬉しそうに話す。


「魔法が……使えない?」

「うん!」

「ハーフエルフなのに、魔法が使えないし……非力なハーフエルフのくせに……敵を殴り飛ばすのか?」

「うん!」


 レティスはそれが凄いことだと思っているようだった。

 それを見てクロドは叫ぶ。


「それ祝福じゃねーっ! ゴミじゃねえか!!」

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