03
二人がようやく森を抜けたのは、それから数時間後。
何度かコボルトやビックスパイダーといったEランクモンスターを見かけたものの、幸運にも向こうから見つかることなくやり過ごすことが出来た。
「なぁ……俺の気のせいか?」
「何がですか?」
「この森……真ん中に馬車が通れるほど大きな道もあって、森自体は大きくもないよな?」
振り返って見る森は、確かに大きくはない。
真っすぐ走れば十分程度で抜けられるような規模だ。
だが二人は森を抜けるのに数時間も掛かった。
何故か。
「うぅーん。おかしいなぁ。真っすぐ歩いていたはずなのに」
「いやいやいやいや。お前の後ろから歩いてたが、めちゃくちゃ右に左に蛇行してたから」
その上、モンスターとの戦闘を避け、迂回しながらだったのだ。
実際はぐるぐると円を描くように歩き、何度となく同じ場所を彷徨っていただけだった。
「お前さ……人から方向音痴だって言われたことは無いか?」
少年が尋ねると、相手は驚いた様に口を開く。
「どうして知っているんですか!?」
「やっぱりかよ! おい、てめーっ俺の前を歩くんじゃね!!」
こうして短剣を持つ少年が前を歩くことになる。
いや、二人は何故か行動を共にしているのだ。
少年としては、相手は一応命の恩人である。お礼を言わねばと思っているのだが、何故か口を開けば憎まれ口を叩いてしまう性格なのだ。
それがわかっているので、少年は何かお礼をしなければと思っていた。
だが少年は無一文。
幸いと言うべきか、相手もどうやら冒険者を目指しているらしい。
なら町へ行って、冒険者と成ってからのお礼でも間に合うのではないか――そう考えた。
それに――。
(こいつ、放っておいたら永遠に町までたどり着けないんじゃないか?)
そう心配するほど、フードの人物はあっちにふらふら、こっちにふらふらと歩き、気づけば回れ右をして来た道を戻ろうとする。
「おい、戻るのかよ」
「え? 僕ですか? 戻ってないですけど……戻ってました?」
少年が頷くと、相手は「あはは」と軽く笑う。
(はぁ……これなら町まで連れて行くだけでも、十分借りは返せるかも?)
そう思いはしたが問題もあった。
行商人と逸れた彼は、町の方角が全くわからないのだ。
「くっそぉ。あの商人、どこにも居やしねえ。俺のこと、見捨てやがったのか」
「可哀そうですねぇ」
「……お前、ひとりなのかよ」
「はい。あ、僕、レティスと言います。冒険者登録する為に、町へ行く途中なんです」
レティス――そう名乗った人物は、フードを外し手を差し出した。
少年は絶句する。
フードの下から現れたのは、まるで太陽の光を集めて作られたような金色の髪に、人間のそれにしては長く、それでいてエルフのそれよりも短い耳。
新緑を思わせる目はやや吊り上がり、だが大きな瞳は人懐っこい印象を与えた。
女か――とも思ったが、少年は知っている。
見たことは無いが、エルフという種族は男女の性別とは関係なく、総じて美しい姿をしていると。
目の前に居るレティスと名乗る人物がエルフの血が流れる混血であるならば、男だろうと美しくとも不思議ではない。
(男……だよな)
「俺はクロドだ。あと半年もすれば成人になる」
クロドと名乗った少年はレティスの手を取り、軽く握手をした。
「へぇ、クロドはまだ14歳なんだ。僕はね、五日前に成人したんだ。僕の方が年上だね」
と、レティスは笑顔でそう言う。
この時のクロドの顔は、まさに信じられないというような顔だった。
「地図持ってんなら最初からそれ出せよ!」
「えー、だって僕、地図の見方わからないんだもん」
「俺がわかるんだよ!」
レティスは自分が背負う小さな袋の中から四つ折りの地図を取り出し、それをクロドへと手渡した。
既に太陽は西に傾き、このままでは野宿をしなければならなくなる。
慌てて開いた地図に、先ほど迷子になった森を探す。
「森に入る時、一緒にいた冒険者が『ここはロートの森だぞ』って言ったんだ……どこかに無いか?」
「ロート……ロート……これだね」
レティスが指差したのは、本当に小さな森だった。
それよりもクロドは、地図に書かれた文字をレティスが読めたことに驚いた。
クロド自身は文字を読めない。学んでいないからだ。
「どうしたの、クロド」
「あ、いや……お前、字ぃ読めるんだな」
「うん。僕のとうさんが――あ、育ての親なんだけどね、教えてくれたんです」
「ふーん」
育ての親が居ると言うことは、産みの親とは死別しているのだろう。
クロドは自身がそうであったため、レティスも同じなのだと考えた。
「あー、あったあった。これ、町か村のマークだろ?」
「え? うーん、どうかなぁ。僕、そういうのはわからなくって」
「そうだった……ここに字が書いてあるだろ。なんて書いてある?」
村や町を詳細に絵に描くには、尺の関係で難しい。故に小さな町村は記号で簡略化されているのだ。
「コロン村って書いてあるね」
「村か。まぁいいや。急いでここに向かうぞ。こんな所で野宿なんて嫌だからな」
「僕は昨日、あの森で野宿したけど……」
「げっ。マジかよ……お前、よく生きていられたな」
コボルト相手に戦っていたレティスは、確かに余裕がありそうだった。
だがそれでも子供ひとりが野宿するには、森の中はあまりにも危険すぎる。
(こいつ、何か魔法でも使えるのだろうか)
この世界において魔法を使える者は希少だ。それは人間の中でだけであって、エルフは総じて魔法が得意だと言われている。
そのエルフの血が流れるレティスであれば、魔法が使えても不思議ではない。
魔法と無縁であるクロドにとって、それにどんな力があるのかはわからなかった。
だからこそ、魔法が使えるなら野宿も余裕なのだろうと彼は思った。
「さぁクロド、行きましょう!」
沈みゆく太陽を背に、レティトは満面の笑みを浮かべてクロドを誘う。
「……そっち、ロートの森に向かう方角だぜ?」
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