02
「はぁ……はぁ……くっそ。なんでこうなるんだよ!」
森の中をひとりの少年が走っていた。
その後ろを魔物が追う。
犬のような頭をしたそれは、まるで人のように二本の足で立ち、やや前屈み気味の姿勢で走っていた。
身長はそれほど高くも無く、前を走る少年とさほど変わらない。
『ガルルゥゥッ』
「くんなよっ!」
少年は叫ぶが、魔物は構わず追ってくる。
追手は二体。数は少ないが、少年にとって致命的なのは、その手に武器が無いこと。
彼が持っていた武器は――。
『ウオオオォォッ』
後ろから追ってくる魔物――コボルトの一体が握っていた。
「くっそっ。司祭さまから貰った短剣なんだぞ! それなのに……それなのにっ」
奪われた。
しかもそれが今、自分の命を脅かす武器になっている。
どうしてこうなったのかと言えば、なんてことはない。
大きな町へと向かう行商人に荷物持ちとして雇ってもらい、森の小道を歩いていてコボルトの群れに襲われたのだ。
冒険者を護衛に雇っていたので彼らに任せていれば良かったものを、少年は自分も戦うと言って短剣を振りかざし駆け出した。
たまたま偶然にも一体のコボルトを仕留めることが出来た少年は、調子に乗って森へと逃げたコボルトを追ってしまったのだ。
結果、彼は追う者から追われる者に。
しかも途中で落とした短剣をコボルトに拾われ、今や絶対絶命の危機にある。
「あぁぁぁっ。誰か居ないのか!?」
『ガアァァァッ』
居るのはコボルトだけ。
彼が同行していた行商人の一行の姿はどこにもない。
「あぁ、くっそおぉっ。このまま……このまま死んでたまるかっ!」
とは叫んだものの、彼にこの状況を打開する策はない。
ただただ走り続け、彼を捜索しに来た冒険者に見つけてもらうまでは助かる見込みも無い。もしくは森を抜けさえすれば、コボルトも追うことを諦めるだろう。
せめて短剣でもあれば、さっきのようにコボルトどもを倒せるのに――そう思って少年は拳を握る。
『ガウッガウッ』
吠えるコボルトの声が段々と近づいてきた。
少年は体力に自信はあったが、今走っているのは足場の悪い森だ。
逆にコボルトにとって森は、自分の庭も同然。
走り慣れた足場の悪い地面を蹴り、じわじわと少年との距離を縮めていく。
一瞬少年が振り向くと、コボルトはほんの数メートル後ろに迫っていた。
「死んで堪るかっ。死ぬもんか! 俺は……俺は……冒険者になるんだからな!!」
「わぁ、奇遇ですねぇ。僕も冒険者になるため、町に行くところなんですよ」
叫んだ少年の声に、何故か応答する者が居た。
当然コボルトであるはずもなく、少年は一瞬、幻聴でも聞いたかと思った。
だが再び声はした。
「こっち!」
「へ?」
大木を通り過ぎた瞬間、少年は腕を掴まれ引っ張られた。
視界が横にスライドし、勢い余って倒れこむ。
倒れる少年と入れ替わると、フードを目深に被った小柄な人物がコボルト目掛け鈍器を振り上げた!
『ギャインッ』
全速力で少年を追いかけていたコボルトは、突然木の陰から躍り出た人物に反応出来ず吹き飛んだ。
助けが来た!?
そう思った少年だが、その希望はすぐに崩れ去る。
よく見ると商人の一行に、こんな奴はいなかった。それに――小さい。
14歳も半ばに差し掛かった自分より小さいのだ。
それがわかった瞬間、少年はダメだと思い逃げるために身を起こす。
その時だった――。
『ギャワワンッ』
二度目の悲鳴が森に木霊する。
思わず振り向いた少年の目に映ったのは、口から血の泡を噴いて倒れているコボルトの姿だった。
ピクピクと痙攣するそれは、起き上がる気配は無い。むしろこのまま絶命するのではないかとすら思えた。
「た、倒した……のか?」
「うん。今止めを刺すね」
フードの奥から聞こえたのは、声変わり前の少年か、それとも少女の声か。
木の棒の先端に鉄がはめ込まれたソレで、フードの人物はコボルトの後頭部を力いっぱい殴り飛ばした。
もう一体も同じように屠る。
動かなくなったコボルトの手から短剣が落ちると、フードを被った人物はそれを拾い上げた。
コボルトたちは人と同じように服を着、武具を身につけることがある。大抵は冒険者らからこっそり盗んだり、集団で村を襲った際に持ち出した物だ。
短剣を持っていてもなんら不思議ではない。
勘違いしたのか、フードの人物は短剣を持って少年の下へとやって来ると、
「よかったらこの短剣をどうぞ。戦利品ですけど、僕には必要ないので」
そう言って短剣を差し出した。
少年は呆気に取られ、そして直ぐに短剣を奪い取るようにして掴んだ。
「う、うっせー! こ、これは最初っから俺んのだよっ」
顔を真っ赤にさせとう叫ぶ少年を見て、フードの人物は首を傾げたようだ。被ったフードごと揺れている。
「コボルトにプレゼントしたんですか?」
「は? 何言ってんだ。んな訳ないだろう! 奪われたんだよ、う・ば・わ・れ・た!」
本当はうっかり落とした短剣を拾われたのだが、ここは自分のプライドの為にも本当のことは言えなかった。
掴んだ短剣を腰にぶら下げた鞘に収め、少年は周囲を見渡した。
町へと向かう行商人が雇った冒険者の姿は――やはり無い。
「お、お前……この辺で人を見なかったか? その……冒険者とかさ」
「んー。僕がこの森に入って初めて見た人間は君ですね」
「そう……か。じ、じゃあさ、森の出口がどっちかわかるか?」
「はい!」
元気な声に少年は安堵する。
だがしかし――。
「全然わかりません」
目深に被ったフードから覗くのは、鼻から下の口元だけ。
少年から見えるその口元は今、笑みが浮かんでいるようにしか見えなかった。
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