二人の冒険譚

夢・風魔

01

 人は15歳になると、自らが信仰する神に成人になることを報告する。

 その際、極稀に祝福を貰う者もいた。


 森の木々に囲まれた、それでも尚美しいこの神殿に――少年とも、少女ともつかぬ容姿をした者が進んでいく。

 太陽の光を浴び、黄金色に輝くその髪から覗く耳は、人間にしては長く、森の妖精エルフにしては短い。

 それはかの者がハーフエルフであることの証。


 石造りの神殿は、あちこちひび割れた所もあった。だがどこも欠けることなく、原型をしっかり残している。

 美しいアーチ状の通路の先に、このハーフエルフが信仰する神は居た。

 実際にはその石像であり、神そのものではない。


 だがここにあるのは全部で13体の石像だ。

 石像の置かれた広間の右側には、6体の聖なる神々が。

 左側にも6体。こちらは邪なる神々が。

 そして最後の一神、13番目の神がハーフエルフの信仰する神であり、聖と邪、その両面を併せ持つ女神像は中央の壁にあった。


 石像の前でハーフエルフは跪く。

 そして祈るように両手を合わせると、短く一言「15歳になりました」とだけ発した。

 するとそれに応えるように、古びた女神像に光が灯る。

 多くに人の記憶から既に消えた、忘れ去られた13番目の神――調和の女神セフィーリアの像が。


『我が敬虔なる信徒レティス。15歳の成人を祝って、我、調和の女神セフィーリアから祝福を授けましょう。されどこの祝福によって、あなたにどのような力が授かろうと……全ては運命のままに……抗うことは出来ませんよ?』


 どこからともなく聞こえたその声は、とても穏やかで優しい女性の声だった。

 その声が、成人の儀式で授かる力はどんな物になるかわからない。そのうえ拒否することは出来ないぞと言う。

 レティは笑顔で頷き、それから瞳を閉じて畏まった。


 やがて石像からまばゆい光が発せられ、その光がレティスすらも包んでいく。

 その光の中――。


『あら、これは……まぁまぁ……おほほほほほ』


 そんな女神の、やや引き攣ったような笑い声が聞こえた。






 神殿の外には、筋骨逞しい中年の男が岩にもたれ掛かり、今か今かと待ちわびていた。


「とうさん!」

「おぉ、レティー!!」


 男は駆け出し、左手でレティスを抱き寄せた。

 彼の右腕は無い。その分、左手一本でレティスの頭をこれでもかと撫でくり回した。


「もう、とうさん痛いよ」

「どうだった? 祝福は貰えたか?」

「うん、バッチリだよ!」


 レティスは嬉しそうに、授かったばかりの力がどんなものか父と呼ぶ男に話す。


「かぁーっ、なんなんだそりゃ! なんつー祝福貰ってんだ。おいレティ。俺様が今から一緒に行って、それをキャンセルしてやる。なぁに、このディラード様にかかりゃあ女神のひとりやふたり――」

「ダメだよとうさん! 一度貰った力は返品できないんだから。それに僕――」


 レティスは男――ディラードを見上げ、それから満面の笑みを浮かべて言う。


「僕、とうさんみたいに強くなりたいんだ」

「ぅえ?」

「だから、女神さまから授かったこの力は、僕には絶対必要なものだからキャンセルが出来たとしても絶対やらないよ!」

「レ……レティ、お前ってやつは……そんなに……そんなに俺が好きかーっ!」

「ふひゃひゃひゃひゃ。止めてよとうさん、髭キモーぃ」


 ディラードはレティスに頬ずりし、その顔を押しのけようとレティスはもがく。

 二人ははしゃぎながら森を抜け、山を下り始めた。

 ディラードの左手には幅広の大剣が握られ、二人を襲おうとやってくる魔物をばったばったと切り刻む。


「それにしてもよぉ、お前ぇ、どうしても都会に行くのか?」

「うん」

「冒険者になるってんなら、登録だけ近くの町でやって戻ってくりゃいいじゃねえか。そんで俺と一緒に――」

「嫌だよ。とうさんと一緒だと僕が魔物と戦えないもんっ」

「当たりまえぇだろ! 可愛い可愛いレティにもしものことがあったら、俺ぁ天国に居るてめぇの父ちゃん母ちゃんに、呪い殺されちまう!」


 血の繋がりの無いこの親子は、和気あいあいとした会話を続け山を下りていく。

 人々からは『魔の山』と呼ばれる、Aランクモンスターが闊歩する山を……。

 そのAランクモンスターを、まるで蚊を払い退けるかのようにあしらうディラード。

 レティスはその後ろをただ着いて歩くだけ。


 やがて二人は山を下りると、近くを通る街道へと出た。


「はぁ……まぁ……なんだ」


 ディラードはため息交じりに口を開く。


「15になるまでの間っつー約束だったもんな」

「うん。とうさん、今までありがとう」

「あぁ……なんかあったら、いつでも戻って来い」

「うん」

「それからな――」


 街道のど真ん中。二人は地面に腰を下ろし、ここから長い『冒険者になるための基礎知識講座』が始まる。

 その様子を、たまたま通りかかった旅人や行商人らが奇異な目で見つめ、去っていく。


 陽が傾きかけた頃、ようやく基礎講座が終了。

 ディラードは最後に「これが一番大事なことだぞ」と言って真剣な眼差しをレティスへと向ける。


「いいか良く聞け。お前は可愛い」

「へへ」

「だからだ! 決して……絶対にだぞ、絶対、自分が女だってこと、誰にも話すんじゃねえぞ!!」

「うん!」

「どこの馬の骨ともわからない、変なおとこをくっつけるんじゃねえぞ!」

「はーい」


 ハーフエルフの少女レティスは、今日この日、人間社会での成人年齢15歳へとなった。

 そして――。


「よし、じゃあ今日はとりあえず、あっちの村で休んで、それから明日出発だ」

「うん!」


 どうやら旅立ちは明日に持ち越されたようだ。

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