第26話

 翌朝から移動を開始し、昼頃にはドワーフの村が見える距離まで来た二人。

 遠目からも分かるほど、村は何者かに襲撃された痕跡が見て取れる。


「んー、だいぶん派手にやられているなぁ」

「だ、大丈夫なんだろうか、ドワーフの方々は」


 悠斗が心配するのも無理ない。

 村へ入った二人の目には、破壊され、荒らされまくった家々が映っている。あちこちに赤い血の跡まであれば、死者多数などという言葉が脳裏にも浮かぶ。

 寧ろ村人全滅もあり得るので……。


 そう思うのだが、隣を歩くルティは特に不安そうな顔をしていない。


「ルティ……この村のドワーフが全滅していたら……」

「え? ドワーフが全滅?」


 こてんと首を傾げたルティは、ひと呼吸おいてからケラケラと笑い始める。

 そして手を振り、


「無い無い無い。それはあり得ない。あの酒樽どもはしぶとくて頑丈なのが取柄の生き物だ。怪我こそあれど、死にはしないさ」


 本当にそうなのだろうかと不安になる悠斗の目に、ルティの背後でもぞりと動く物体を見つけた。


「ルティッ、危ない! "護りの盾""俺の剣"」


 ルティの背後に輝く盾が出現する。そして一本の剣がもぞりと動いた影に迫った。


「な、なんじゃ!?」

「ほら生きてた」


 どすんっと音を立て尻もちをついたのは、ずんぐりむっくりした体格の男。

 鼻は大きく、髪はぼさぼさ。それと同じぐらい顎下に蓄えられた髭もぼさぼさ。身長は低く横に広い。だが太っているかと言えば、寧ろ全身筋肉だるまのような風体だ。

 男の横には尻もちをついた時に落とした戦斧がある。

 そんな男を見下ろし、ルティはケラケラと笑う。


「えぇい、クソ忌々しいエルフめ! 笑うなっ」

「はっは。これは申し訳ないなドワーフよ。だがこっそり人の背後に忍び寄る方も悪い。驚かそうとするからそうなるのだよ」

「別に驚かそうなど思っとらんわい! 貴様らの方こそこの村に何をしに来たっ」

「と申しているがユウト殿?」


 このやりとりで悠斗が分かったことがある。

 エルフとドワーフの仲が決して良いとは言えないこと。どうやら一般的なファンタジー小説のあるあるは、この世界でも健在なようだ。

 苦笑いを浮かべながらも、無事なドワーフを見て一安心。


「えぇっと、俺たちはドワーフの方々に屋敷の修繕をして頂きたくて、ここまで来ました」


 悠斗は自分たちがここまで上ってきた事情を話す。

 屋敷を建てたのはドワーフの職人で、200年の間に壊れてしまった箇所を修繕して欲しいのだと。

 それを聞いたドワーフは目を丸くし、そして呆れた。


「今ここの状況が分かっておるのか貴様らは」

「あ、はい。鉱山が地下の迷宮に繋がったとかで、魔物が溢れ出たのでしょう?」

「下の村で聞いたぞ。彼らは村を離れる準備をしている」


 ドワーフは額を抑え、なおいっそう呆れた。

 状況が分かっていてやって来たのだ、この二人は。しかも魔物退治でもなければ救助などでもない。家の修理をしてくれと言うのだ。

 飽きれてものも言えない。


「そ、それで……ここの村の皆さんは無事なんですか? 建物は随分と壊されてますが」

「……お前さん……要件は家の修理なんじゃろ。何故儂らの心配をする」

「え? 何故って……え?」


 寧ろ何故そんな事を聞かれるのか。そっちの方が謎だ。

 だがその答えをルティがぼそりと教えてくれる。


「ユウト殿ユウト殿。エルフとドワーフの仲が悪いのではなく、どの種族も異種族に興味が無いのだよ」


 ――と。

 だから下にあった人族の村では、ドワーフの村を助けようと上がってはこない。そもそも何故鉱山から離れた場所に村を作ったのか。

 万が一、このようなことが発生した場合、ドワーフの村が襲われている間に自分たちが逃げる為なのだろう。


「そんな……」

「そんなものだぞ」

「そんなもんじゃ」


 ルティと声を揃えるようにしてドワーフも言う。だからといって人族を恨んだりもしていない。恨むほどに興味もないからだ。

 そんな種族事情の中で、悠斗は異種族であるドワーフを心配する。

 それが目の前のドワーフには不思議に思えたのだ。


「ま、いいわい。ここはボロボロになっちまったがな。なぁに、壊れた物は直せばいいだけのこと」

「じゃあ全員無事なんですか? 他の方は別の所に?」


 悠斗の問いにドワーフは微妙な表情を見せる。


「村のもんは無事だがな……。穴を封鎖しに行った連中が戻って……」


 そこまで言うとドワーフは戦斧を拾って身構えた。

 

 ズシン、ズシンと、何やら大きな物が地面を揺らしこちらへとやってくる。

 家で視界を遮られてはいるが、その足音から相手が巨大だというのは分かった。


「エルフは手を出すなよ。これは儂らドワーフの問題じゃ」

「お手並み拝見といこう。貴殿が死んだら私が責任もって処分してやるから、安心するがいい」

「ふんっ。エルフの小娘がいいよるわ」


 なんだか自分ひとりおいてけぼりを食らわされてるような、そんな気持ちで二人のやりとりを見つめる悠斗。

 ふんぬと戦斧を担ぎ上げ、ドワーフが出て行った。

 彼が出ていくとその後をルティものんびり追いかける。悠斗も同じく、こちらは慌てて追いかけた。


 家の影から出ていくと、既にドワーフは巨大な何かと戦闘中。

 単純に身長だけは低いドワーフに対し、向こうは3メートルはあろうかという巨体の持ち主だ。


「ルティ、あれは?」

「ん。ユウト殿も鑑定スキルを持っているだろう。使ってみては?」

「あ、うん……どうやって使えばいい?」

「なるほど。そこからだったか……。鑑定したい対象を視界に入れ、知りたいと強く念じて見ろ。なんなら鑑定と言葉に出してもいい。ただ知りたいと思う気持ちは忘れずにな」


 わかったと返事をし、悠斗はドワーフと対峙する魔物を見つめた。

 見た目は昔話に出てくる鬼みたいなものだ。青みがかったグレーの肌に、目は一つ。頭には角を生やした魔物。

 さて、なんという名の魔物だろうか。


「"鑑定"……"かんて――出た?」


 うっすらと魔物の周囲に文字が浮かぶ。その文字が『ルーン文字』であることは、アプリでルーン語をインストールしているので理解出来た。

 浮かんだのは魔物の名前――【サイクロプス】だ。他にも【屈強な巨人族】【地属性】【弱点:火】と、文字はサイクロプスの周囲をぐるぐる回転し、やがて消えた。


「ふんぬーっ」


 ドワーフは自分の倍以上もある巨体を持つサイクロプス相手に、臆することなく斧を振り上げる。

 斧の刃が踵を捉えた!


『ウゴアアァァッ』

「やかましいわ! とっとと村から出てけっ」


 ドワーフは怒鳴り、再び斧を振り上げる。

 だが今度は大人しく攻撃を受けてはくれなかった。

 横にあった家を鷲掴みし、屋根を引きちぎって投げてきたのだ。


「"護りの盾"」


 悠斗の光る盾がドワーフを護り、悠斗とルティには彼女の結界魔法が包む。


「手伝います!」

「余計なことはせんでいい! 儂ひとりで倒せるわいっ」


 倒せるかもしれない。だがアレを倒すまでにいくつの家が破壊されるか分かったものではない。

 壊れた物は直せばいいというが、壊れずに済むならそれに越したことは無いのだ。


「いいえ、手出しします。少しでも早く倒した方が、村への被害も少なくて済む。そうでしょう!」

「ぐ……ぬぬ……そ、その通りだ」


 語気を荒げた悠斗に言われ、ドワーフは素直に頷いた。


「奴の拳には気を付けろ。貴様のような人族など、一撃で潰されてしまうぞ」

「分かりました。"溶岩球マグマ・ストーン"!」


 ヒュンっと飛んだ溶岩の塊は、サイクロプスの一つしかない瞳に命中。


『アガアァァァッ』


 痛みで顔面を手で覆うサイクロプスだが、抑えた目から溶岩が流れ出る。


「"溶岩球"」


 容赦なく二発目を発射。

 脳天の角に当たったそれは、やはり中から溶岩がこぼれ出る。


『アアァアァァァァアッァァッ』


 どろり、どろりと溶岩がサイクロプスの頭を溶かすと同時に火が点いた。

 ほどなくして、ずどーんっと轟音を立て魔物は倒れた。

 手足がぴくぴくと痙攣していたが、やがてぱたりと動きが止まったかと思うと、その後、ピクリともしなくなった。


 それを呆然とした顔で見ていたドワーフが一言。


「貴様……なんちゅーえげつない魔法を使う男なんじゃ」


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