第25話

 登山二日目の夕方。まずは人族の住む村を発見。しかしその村では何やら引っ越しラッシュのようで?


「あの、何かあったんですか?」


 そう声を掛けた悠斗に、村人は煩わしそうな視線を向ける。


「荷造りの邪魔だ。話が聞きたきゃ酒場にでも行けっ」


 男は悠斗を押しのけると、荷車と自宅とを往復する作業に戻った。

 パっと見ても彼らが立つ通りでは、半数近くの家々では同じように引っ越し準備をしていた。


「ふむ。酒場に行くしかないようだな。……はぁ……」

「ルティは酒場が嫌いかい? そういえばお酒を飲んでいるのを見たことがないな」

「あまり好きではないな。酒もだ。あんな苦い物、何故好き好んで飲めるのか理解に苦しむ」


 どうやらルティの舌はお子様仕様のようだ。

 そうして二人がやって来たのは、村で唯一の酒場。いや、村に酒場があるだけ珍しいとも言える。

 スイングドアを押し開き中へ入ると、この時間からすっかり出来上がっている客もちらほら。

 酔っ払いもまだ酔ってない客も、一斉にその視線は二人に向けられる。そしてほとんどの視線はルティで止まった。

 何人かが立ち上がり、ふらふらした足取りでやって来る。


「うぃ〜。よぉ〜綺麗な姉ちゃん。こんな所までなにしにやって来たんだ〜? ひっく」

「決まってるだよ。俺様に会いに来たのさ〜。ひーっひっひ」

「だから酒場は嫌いなんだ……」


 なるほど。

 普段は珍しいエルフということで、遠巻きにじろじろ見る者はいくらでも居る。だが声を掛けてくる者は滅多に居ない。

 エルフが珍しいのと同時に、異種族故の警戒心とでも言うのだろう。

 だが酒に酔っていればその警戒心もどこへやら。好奇心が勝ってこの通りだ。

 そして男はスケベである。スケベだからこそ、美しい顔だちのルティを口説きたくなるのは必然。


「えぇい、寄るな触るな近づくな! "我に触れること違わずフォース・フィールド"」


 ルティはルーン魔法で自身を囲む結界を作ると、そのまま店の隅へと行ってしまった。構わず近づいた男は彼女の結界に触れ、電気が流れたらしく悲鳴を上げ飛び跳ねている。そんな男を笑いながら、他の客たちは次の悠斗を見た。


「す、すみません。俺の連れが……」

「なぁに。エルフの姉ちゃんを怒らせたあいつが悪い。下心丸出しで近づけば、たいていの女は怒んのが当たり前だ」


 ぷぅーっと頬を膨らませ不貞腐れたルティを見て、男たちは目の保養だと悠斗に囁く。

 何人かは好意的な目を向けてくれているようなので、彼らから話を聞くことにした。


「自分たちはドワーフの村へ行こうと思っているのですが。この村では引っ越しをしようとしている人が多く見受けられます。何かあったのですか?」

「あったあった。あったなんてもんじゃねーぞ。実はな、この上の鉱山から、大量の魔物が溢れ出たんだ」

「えぇ! 鉱山から魔物が!?」

「あぁ……どうやらこの山の地下には、これまで発見されてこなかった迷宮があったみてぇでな」


 新しい坑道をドワーフたちが掘っていた。そしてその坑道が、迷宮と繋がってしまったようなのだ。

 それまで外の世界を知らなかった魔物たちは、歓喜して飛び出してきた。

 ドワーフたちは等しく屈強な戦士ばかりだが、彼らの弱点は魔法が使えないこと。

 神に祈りを捧げ具現化させる神聖魔法を使える者は居るが、攻撃や破壊を得意とするルーン魔法はまったくと言っていいほど使えない。

 一匹ずつ確実に仕留めていくのが得意なドワーフにとって、大群に押し寄せられてはひとたまりもない。


 彼らは苦肉の策として、坑道を封鎖することにした。

 火薬を持ち入り爆破させたのだが、計算ミスをしたのか別の坑道にまで穴を開けてしまった。

 そうなれば魔物はそちらの坑道から外へと出てくる。またそこを封鎖するしかない。


「けどその坑道ってのが、あっちにもこっちにも繋がる大空洞でな」

「そこを閉鎖するということは……ほかの坑道にも?」


 悠斗が言わんとすることを察して男が頷く。

 そう。全ての坑道に繋がる大空洞を封鎖するということは、他の坑道にも入れなくなるという事。

 それは鉱山で働く者にとって、職を失うという事だ。


「今から十日前に大空洞の入り口は火薬を使って爆破させ、もう中へは入れなくなった。その代わり、出てくる魔物も居ねーがな」

「とはいえ、百以上の魔物が外に出てるからな。残っている連中も、遅かれ早かれここから出ていくさ」


 そう言って男たちは酒を注文した。そのお金は悠斗が素早く支払い、男たちは笑顔で礼を言う。


「坊主もドワーフに何の用があるか知らねーが、上に行くのは止めとけ」

「そうだぞ。エルフのねーちゃんに怪我させたくねーだろ?」

「は、はぁ」


 マグ泥ドンとの戦いを思い出し、彼女に傷を負わせられるような魔物が居るのだろうかと疑問に思う。

 二人は男たちの忠告を受け、それでもドワーフの村へと向かうことを決める。

 

 村で一泊するより野宿するほうが何かと都合がよく、二人は薄暗くなり始めた山道を登った。

 途中、ルティが召喚した光の精霊が足元を照らす中、人族の村を出て小一時間。僅かに平らな場所を見つけ、ここを今夜の寝床に決める。

 精霊の光の下、すっかり慣れた手つきで悠斗はテントを張って行った。その間、ルティはお湯を沸かすべく薪木拾いをする。


 ひとつを張り終えもうひとつをタブレットから出した辺りで、悠斗の周囲ではぶんぶんと虫の羽音が聞こえ始める。

 風が吹き、テントが煽られそうになりイラっとする悠斗。


「"俺の剣""俺の剣""俺の剣"!」


 邪魔するなとばかり羽音の下へと『俺の剣』を飛ばす。最近は手を使わずとも『俺の剣』を操作出来るようになった。

 これがなかなか便利なもので、「これに向かって飛ばしたい」という意思だけで、上手く飛ぶようになったのだ。

 そして五月蠅い羽音を撃墜すべく三本の剣が乱舞。

 ぼっとんぼっとんと、何か大きな物が落下する音が聞こえるが気にしない。


 ふと悠斗は、酒場で会った男の言葉を思い出す。

 鉱山から既に百以上の魔物が出ている――と。

 必要はないだろうと思いつつ、やはりひとりで薪木拾いに行ったルティが心配だ。

 離れた所でルティのぶつぶつ言う声は聞こえるが、姿はどこにも見えない。

 不安になり声のするほうへ駆ける。すると光が見えた。


 いや、閃光だ。


「"天を駆け地を焦がす雷光。我が意となりて迸り、真の臓を貫けっ。雷電飛翔ライトニングプラズマ"」


 凛とした声のあと、辺りを眩い閃光が発せられる。

 バリバリバリリイィーっと、雷が落ちるような音と獣のような悲鳴が聞こえてくる。


 声の主はルティであり、その言葉がルーン魔法であることも悠斗には分かる。

 そしてルティが何か仕留めたことも。


「おや、ユウト殿。どうした?」


 あっけらかんとしたルティの近くには、巨大な何かが黒焦げになって横たわっているのが見える。

 しかもひとつではなく、複数。


(うん。心配する必要性がそもそも無かった)

「薪木拾いを手伝いに来たんだ」


 と適当に誤魔化し、二人仲良くテントの場所まで戻ると――


 そこには全長2メートルにも及ぶ巨大トンボのぶつ切りが、そこかしこに転がっていた。

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