5-146 虚
『ねぇ……ヴェスティーユ。あなたも、”こちら側”に付かない?』
「え!?お姉ちゃん……何を言って……」
ヴェスティーユは、ヴァスティーユの言った言葉が信じられなかった。
今までに母親であるサヤに対し、自分が快く思わないときにも姉は自分のことをやさしく叱った。
その際に、いつも最後に言っていたのは、”あの方が私たちの本当のお母様なのよ。そのことを忘れてしまってはダメよ”……と。
そのくらい姉にとって、サヤの存在は揺らがない高い存在であった。
何度そのことを確認してもその考えは変わらず、これからも変えるつもりはないとも言った。
”本当の母親”……この言葉の意味は、あの酷い環境から自分と可愛い妹を救ってくれたことに関する感謝。
それと、この世界で生きるための強い力を与えてくれたことへの感謝。
そのことを何度も何度も自分に聞かせてくれたことも、忘れることのできない記憶だった。
そんな姉が、敬愛する母親を裏切ることを自分に勧めてくることに対し、いくら大好きな姉であっても急激な考えの変化を素直に受けいることができなかった。
「お姉……いえ、ヴァスティーユ。あんた……一体、何があったの?……まさか、オスロガルムはまだ!?」
『そうよ。あの方はまだ生きているわ。そうね……あなたには話してもいいかもしれないわね。あの時、何が起こったのかを……』
ヴァスティーユはそういうと、あの時のことを語り始めた。
オスロガルムの瘴気の爆発を防ぎ、サヤとヴェスティーユを逃すためにヴァスティーユは犠牲になろうとした。
そしてその役目は、無事に果たせることになった。
その様子を見て、オスロガルムはヴァスティーユのことを嘲笑う。
『くくくっ……お前はあの者を信用しているのか?』
「なに?どういうことなのかしら?」
『お前は妹のヴェスティーユのことを、あの者にお願いをしておったな。だが、サヤがお前の妹を……無事に生かすと思うか?』
「お母様は、私と約束してくれました。それを裏切ることなんてありません。私を動揺させたところで、もうあなたもお終いでしょ?そんな高濃度の瘴気を爆発せればどうなることか……」
『なんだ、そんなことか。これを爆発させたところで、ワシは何も変わらんよ……』
「嘘……私は消えてしまうかもしれないけど、アナタだって無事じゃすまないはず。そうすれば、お母様でもあなたのことを容易に……倒せるはず」
『……ほぅ、果たしてそううまくいくのか?』
「……?何かまだ隠しているのかしら?」
『ワシが何も考えずにこのような策をとると思っておるのか?この威力から逃れる術も身に付けておるわ。そこで優秀なお前に提案だ、ヴァスティーユ』
「提案?何かしら?」
『この爆発はもう抑えられん……もしも、ワシがお前を助けたならば、ワシに協力しろ』
「どうして私があなたに協力を……」
『まぁそういうな。時間がない……最後まで話を聞け。この技を発動したならワシは動くことは出来ん、サヤはそれに気付いておった。だからお前が犠牲になる必要はなかった。なぜならば、お前も一緒に逃げればよかったからだ。それをそうしなかったのは、お前をここに置いておけばワシが追ってこない。そう、お前は生贄だ』
「……」
『お前のように優秀なものを捨て駒にするサヤを……お前はいつまで信頼するのか?』
「……」
『まぁよい……もし、敵となるお前のことをこれから助ける。その時に話を聞かせてくれ。お前がどちらに付くのかを……な』
そういうと、黒い炎がヴァスティーユの身を包み込み、山を一つ消し去った。
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