5-128 逃走





「ハァ……ハァ……」



逃げるサヤの背中には、肘から腕の取れかかっていたヴェスティーユが背負われている。



サヤは時々振り返り、追手が来ないか確認しながらあの場所から距離を取るようにした。

今まであった崖がそこにはもう存在しない……その威力を見れば追手があることはほとんどないと思いつつも、自分が不利になる可能性は否定できなかった。


あれほどの威力を持つ魔力を放った魔神に、油断を見せることはこの命を失ってしまうことになるだろうと警戒を緩めなかった。



その日の太陽が山の向こうに沈み、空が暗く染まり切ったところでサヤは今まで歩み続けた足を止めた。

悪魔を呼び出して運ぼうとも考えたが、悪魔からオスロガルムに居場所を探られることも考えて自らの脚だけで移動をした。

オスロガルムがヴェスティーユを発見したときのことは、オスロガルムと対峙する前にバスティーユから聞いていた。

そのため、使役する悪魔が万が一にもオスロガルムに感知されることを避けるためにサヤは自らの身体だけでここまで移動をした。



「ふぅ……ここまでくれば……」



サヤは辺りを見回し、同じような木が生えているのを確認する。

その中の一本に決めて、そこに力を無くしたヴェスティーユの首の後ろを掴んでその木に向かって放り投げた。


木と衝突する直前、ヴェスティーユの身体は姿を消した。



「……よし。あとは……っと」



その辺りに生えている木の枝に手をかけ、それを折り取ろうとした。

が、その行動を止めて地面に落ちている枝を探した。


折ることによって痕跡を残し、居場所が見つかることを避けようと考えたのだった。



枝と一緒に落ちている蔦を数本毟り、それを持ってヴェスティーユの消えた木の中にその身を隠した。






「とにかく、ここで一休みだ……ヴェスティーユ」





サヤは名前を呼びかけるも、それに対して返事はない。

何も見えないこの空間の中で、サヤは明かりを灯した。




「お前のことを呼んだんだよ。返事ぐらい……しなよ」




そう言ってサヤはちぎれかけた――うつむいたままの―――ヴェスティーユのそれぞれの腕を元にあった場所へつなげ繋げて、枝で補強し蔦で巻き付けて固定した。



「はぁ、これでよしっと。これで腕がくっつくから、それまで無茶するんじゃないよ」



「……さま」



ヴェスティーユは、小さくかすれた声でサヤを呼んだ。



「ん?……なんだい?」




いつもならば、サヤはヴェスティーユの声に応じないことの方が多い。

だが、今回はヴェスティーユが”そういう”状態になっていることがわかっているため、少し面倒臭い雰囲気を出しながらサヤは応じた。




「ヴァスティーユ……お姉ちゃんは……もう、戻らないのですか?」



その質問に対し、サヤは目を閉じて思慮巡らせてから答えた。

なんとなくその質問も判っていたが、ここははっきりというべきところだとそう決意した。




「あぁ……ああなったら無理だね。お前も見ただろ?山が一つ、完全に消滅していたんだ……あの高密度な瘴気によってね。それをモロに喰らったんだよ、あいつは。無事なはずがないだろ?」



「で、でも……お母様は、あの時あたしたちを生き返らせてくれました。ラファエルから消されそうになったときだって……」



「お前たちを今のようにできたのは、うまくアタシの魔素がお前たちに馴染んだからだ。それも元の”生きた”身体が必要だった。お前がラファエルに消されそうになった時も、お前はその魔素を瓶に逃がしてただろ?ヴァスティーユは、その魔素さえも逃がす暇もなかったんだ……わかるだろ?」




その答えを聞くと、ヴェスティーユは再びうなだれて言葉を一言も発しなかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る