5-91 ヴァスティーユ3







「ヴァスティーユ……あんた、なにしてるんだい?」



ヴァスティーユの背後から声がする、その声は本当の母親が亡くなってからその代わりとなってくれた女性だった。

その女性は連れ去られたヴェスティーユが裸のまま戻ってきた姿を見て、何が起きたのかを察した。



「ま、まさか……あんた……!?」



「助けてください……私、どうしたらいいか……」





その女性は、迷いを見せた。

捕まえてあの男に差し出すべきか、それともこのまま二人を逃がしてあげるべきか。

だが、逃がしてしまうと残った者たちに被害を被ることが容易に想像できてしまう。

一番気になるのは、あの男がどうなったのかということ……

もしも、ヴァスティーユがうまく始末をしてくれていたのなら言うことはないが、そうでなかった場合は。


そう考えていたところで、状況は一変した。



「ヴァスティーユ!!出てこい!!!お前も同じ目に会わせてやる!!どこに隠れやがった!!!」




男は集落に戻ってきた、頭には流れた血の跡が固まりつつあった。

その手には、狩りで獲物の頭を始末するための大きな棍棒が握られていた。


あれを容易に扱えるのは、集落の中ではこの男だけだった。



「……どうしよう……どうしよう!?」



ヴァスティーユはヴェスティーユを抱えたまま震えている、もうどこにも逃げることはできないのだと観念した。

あの男はきっと裏切った自分を始末するだろう……その前にあの男のおもちゃにされることになることは判っていた。



「……ここにいるんだよ」



女性は、ヴァスティーユの肩に一度手をおいて立ち上がった。

そしてそのまま家の外に出て、男の前に立った。



「……ここにいるよ、ヴァスティーユは」




ヴァスティーユの耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。

家を出た女性が、ヴァスティーユの居場所を父親に伝えた。



そして、ゆっくりと重量のある棍棒の先を引きずる音が近づいてくる。




「……あ……あ」


「お姉ちゃん……」



腕の中にいる妹が、震えが強くなる姉のことを心配する。





――ガサ



枯れ木のカーテンを手で払い、男は家の中を覗いた。

そこに、自分を傷つけた女性と逃げた獲物の姿を捉えた。






「よくもやってくれたなぁ……楽に死ねると思うなよ?」



中に入ろうとした男は、背後に殺気を感じた。

そして手に持っていた思い棍棒を背後に向かって振り抜いた。


支柱に枯れ木や草を被せただけの家は、その男の動作によって崩れ落ちる。

その隙間から見えたのは、ヴァスティーユを庇った女性が岩で背後から打ち付けようとしたが失敗し、その頭部を棍棒の先の遠心力によって砕ける様子が見えた。



「……あ」



ヴァスティーユは、人の命が簡単に終わってしまった様子にそれ以上の言葉が出なかった。



「ちっ!?貴重な女が……これもお前たちのせいだ。予定変更だ、お前たちは殺しはしない。だが、死ぬまで俺の子を産んでもらうぞ!!」




男は崩れた瓦礫をはじきながら、ヴァスティーユに近付いていく。

その後ろでは、あの女性の本当の子供が動かなくなった母親の胸の上で伏せって泣いている。


「あ……あ……」



ヴァスティーユの身体からは、全身の力が抜けていく。

そこに恐怖はなく、全ての感情が脳に遮断されていた。

男は容易に、ヴァスティーユに手が届くところまで到達していた。



「フン、観念したか……さぁ、こっちにこい!」



男は。ヴァスティーユの頭頂部の髪を掴んで引きずり出そうとし手を伸ばした。





「――ごぶっ!」



男はそう声を出して、動きが止まった。

その胸からは人の手が生えたように出てきており、そこから真っ赤な血が流れ落ちたていた。






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