4-92 砂漠の施設6
「――ぐはぁっ!?」
ガシャン!!
男は四つん這いの状態で、地面に倒れ込む。
それでも剣を手放さないのは、警備兵としての誇りがあるからだろうか。
メイヤは男の傍に近付き、片膝を地面につける。
「どう?まだ続ける?」
最初の数十秒間、素手の女相手に本気でやれるはずはないと気の抜けた攻撃を繰り出した。
しかし、その合間を縫ってメイヤは男の懐に一瞬にして潜り込む。
低い体勢からやや上方に突き出した掌底によって、鳩尾から心臓にかけて衝撃が突き抜ける。
男は鉄製の腹部前面を守る胴鎧を着用し安心していたが、警備兵になりたての頃に防御の甘さや筋量の足りない腹筋の時に何度も味わった嘔吐感が込み上げてくる。
辛うじて”戻す”ことは阻止できたが、収まるまでの数分間は息が止まり口からは涎が垂れ流しになり、女性に見せることのできないみっともない姿をしていた。
痛みとの闘いに勝った男は、ゆっくりと顔を上げる。
腕を組んだまま見下ろすメイヤは、男が立ち上がるのを待っていた。
男は口元から流れる涎を腕で拭い、再び剣を構えた。
掴んでいたメリルの鎖を手放し、両手で剣の柄を握りしめた。
今度は男性と女性の体格差の余裕は捨て、本気で切りかかることを決意する。
相手が何も持たない女性であっても、与えられたメリルを逃がすという任務を妨害する危険度の高い人物である。
男は切りかかるよりも、避け辛い剣を突き刺す形で攻撃を仕掛けた。
だが目の前の女は横に避けるわけではなく、前後のステップだけで攻撃を避け完全に間合いを見切られていた。
何度繰り返しても、自分には当てられる気配が感じられない。
それほどに、技術の差が開いている。
こうなれば、なりふり構っていられない状況と判断した。
突き、斬り、体術、自分の知る限りの全ての攻撃方法を組み合わせて攻撃する。
幸いなことに、相手は反撃をしてこない。
この余裕を見せている間がチャンスと、警備兵の男は自分の持つすべての攻撃方法を武器や防具の類を何も持たない目の前のメイドにぶつけていく。
だが、それらは何一つとして役に立つことはなかった。
若くして警備兵に入り、十数年の時間を費やし、己の技を磨き力をつけてきた。
魔物の襲撃も生き延びた運と、積み重ねられた能力が認められて司令本部での勤務をつかみ取った。
あと数年で、王宮騎士団に推薦してくれるとべラルドは約束してくれた。
そのためにも嫌な仕事でさえ、何も言わずにこなしてきた。
それらが全く通用しない……男は夢中になり、”何とかこのメイドに一撃だけでも与えたい”と必死に剣を振った。
体力も、連続攻撃のために止めていた呼吸もすでに限界に来ていた。
「でりゃぁっ!!!!」
男は最後の一撃を右上段から、斜めに振り下ろした。
剣先が目標物に到達する直前、目の前から姿を消した。
……と同時に、後ろの首元に強い衝撃が走り、男はそのまま前に倒れこんだ。
「――ぐはぁっ!?」
顔の高さに身をかがめたメイドは、男を気遣うように話しかけた。
「……どうする?まだ続ける?」
その言葉に対して、答えは決まっていた。
続けたとしても、これ以上自分の勝ちは万が一にもないことを。
だが、その返答すらできないほどの疲労で、身体が自分の意志ではどうにもできる状態ではなかった。
口からはただ、速い呼吸が繰り返されるだけの音しか出てこなかった。
「お終いのようね、ならメリル様は私がお預かりさせていただきますわね」
メイヤは、放り出されたメリルが繋がれた鎖の先を手にした。
「ま、待って……くれ!?」
「何かしら?まだ、何か用事があるの?」
男は最後まで決して離さなかった剣を杖にして、震える腕に身体を支えるようにして上半身を起こす。
メイヤは、そんな男に声をかけながら鎖をたどり、メリルの身体の自由を奪っていた鍵を外しにかかっている。
「あ、あんたも……王国側の……人間なんだろ?」
その言葉に応えることもせず、四肢に繋がっていた左手首の鎖を外した。
「なら、俺たちを助けてくれても……いいんじゃないか?」
「助ける?……誰を?」
応答するも、右手の鍵を外す手は休めない。
正直なところべラルドには、魔物襲撃で命を落としたかつての隊長のような尊敬の念を抱くことはできない。
だが、自分の目標のために協力する相手を見つけることと、交渉をする――騙してまでも相手を味方に付ける――ことの重要性は教わった気がする。
メイヤが返答してくれたということは、まだ交渉できる余地があるということ。
この状況を打開するチャンスをどのように活かすか、男は頭を全力で働かせた。
そして、この言葉が口から自然と出てきた。
「いま、俺たちはチンピラ共と争っている。町を安定させるために協力する関係だったが、あいつら裏切ったんだ!」
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