3-262 東の王国66
疲れを癒すため、エイミとセイラで家の外に簡易的な浴室を用意した。
風呂桶とそれを囲むコの字型の空間をエイミが、中にいれるお湯と薪をくべる炎についてはセイラが担当した。
「ふー……これ、いいですわね」
「でしょう?私たちも疲れた時はこのお湯に浸かってます。お湯に入ると明日に疲れが残らないんですよね!」
この時代では入浴という習慣がなく、川で体を洗うか手脱ぐいのような布を濡らして体の汚れを拭き取るくらいしかしていなかった。
そのため、温かいお湯に浸かるという行為は珍しく、スミカは精霊の力の便利さに感心していた。
当然、この力が敵に回った時のことも考えはしたが、今はせっかく用意してくれて一番に勧めてくれたこの温かい湯船を堪能させて貰った。
セイラがお湯の温度を精霊の力でコントロールする横に、マリアリスが立っている。
屋外で女性が裸体を晒して湯に浸かることを警戒し、見張りが必要だとマリアリスは行った。
確かにスミカのこの状態は無防備ではあるが、余程のことがない限りはそんな状況にならないんじゃないかともセイラは考えた。
だが、せっかく会えた母親に万が一のことがあってはいけない。
そう考えるのも、これまでの経緯を知ってしまった今はわかる気がした。
スミカは初めての入浴を堪能し、満足してお湯から上がった。
その次は、マリアリスに入るように勧めたが自分が無防備な状態になることに強く拒否をした。
しかし、最後にはスミカが傍にいてあげることを告げた上で、納得してお湯に浸かることにした。
「……」
「どうです、マリーさん?お湯、熱すぎないですか?」
「……」
「……マリーさん?」
セイラはそっと中を覗くと、湯船の縁に頭を乗せたまま目をつぶって眠っていた。
「……はっ!?」
マリアリスは、その気配に気づき飛び起きる。
その時飛び散ったお湯がセイラにもかかり、びしょ濡れになってしまった。
「ご……ごめんなさい!?」
「あらあらあら……」
マリアリスは慌てて湯船から上がり、自分のために用意していた乾いた布でセイラの身体を拭いた。
スミカはそのまま、セイラの服を脱がせてお湯に浸かるように指示した。
その言葉に甘えて、セイラはそのままお湯に浸からせてもらった。
「「セイラさん……お着替えこちらに置いておきますね」
「すみません……」
「いえいえ、マリアリスがやってしまったことですので……」
その言葉に、マリアリスは嬉しくなる。
子供の責任は親がとる、当たり前のような幸せに今までは触れることができなかった。
セイラも上がったあと、エイミ、エンテリア、最後にブランビートが入る。
エンテリアとブランビートの時、火の加減はスミカが調節していた。
これも、離れていた親子の時間を取り戻す一つとなった。
その日の夜、マリアリスはスミカと一緒に一晩を共に過ごした。
その時間は誰にも邪魔されることなく、失われていた時間を取り戻すために過ぎていった。
次の日の夜にはブランビート、最後の夜にはエンテリアが母親との時間を共に過ごした。
最終日、集落の広場にスライプやその他の者、エンテリアやエイミたちが一れるになって見守っている。
その視線の先には、マリアリスとスミカが対峙していた。
二人きりになった時、諜報員としての話をするなかで戦闘力についての話になった。
そして、マリアリスはスミカにお願いをしていた。
”一度、手合わせをして欲しい”――と。
スミカは、その願いに即答で承諾する。
が、スミカは条件を付けてきた。
その条件は、スライプたちにその様子を見せて欲しいという条件だった。
マリアリスもその条件を飲み、今日の最終日にスミカと手合わせをすることになった。
「こ……ここまで来てこういうこともナンですが……本当にいいんですか?スミカ様……マリアリス様も」
マリアリスは、スライプの声は聞こえていたが自分の集中力を高めるためにその声に対しては反応しない。
スミカは、スライプの方を見てうんうんと頷いて見せた。
言葉にしないのは、マリアリスを気遣いその集中力を途切れさせないためであった。
エンテリアもブランビートも、この戦いを止めることはできない。
それはマリアリスの断固たる決意が伝わってくるからだった。
その決意の奥にあるものまではが何かは判らないが、そこには憎しみのような感情は感じない。
始めは、母親に対する恨みの線で疑ったが、そのような感情からではなさそうだった。
それに、万が一何かが起きた場合、エイミとセイラに協力してもらい最悪な事態は防ぐようにお願いをした。
スライプもこの状況を納得し、ゆっくりとスミカの傍から離れていった。
目を閉じて集中をしていたマリアリスが目を開けて、数回深呼吸を繰り返す。
すぐに全力で動けるように心拍数を高め、スミカの前で構えを取る。
マリアリスの反対側に立つスミカも数回深呼吸を繰り返し、準備ができるとゆっくりと閉じた目を開き同じような構えを取る。
表情は先ほどのような優しい顔つきではなく、目の前に現れた”敵”として認識している顔だった。
音が止まり張り詰めた空気の中、スライプがゆっくりと手を挙げて掛け声と共に手を降ろした。
「一本勝負……始め!!」
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