3-263 東の王国67
「それでは、一本勝負……始め!!」
スライプの掛け声が、広場に響き渡ると同時に二人の姿が消える。
次の瞬間二人が対峙していた丁度中間地点で、お互いの手を頭上でつかみ合い、力比べをしている状態が目に入った。
その状態で二人は何かを仕掛けているように見えるが、その姿勢のまま数分が過ぎようとしていた。
先に次の手を打ってきたのは、マリアリスの方だった。
スミカは掴んだ手を返して相手の指と手関節を決めようと考えた時、マリアリスの足先がスミカの鼻先をかすめる。
マリアリスはサマーソルトキックの回転を利用し、捕まれたその手を外した。
そこからさらに二回転程後方に下がり、手を付いて逆立ちの状態となる。
マリアリスはそのまま、カポエラのような足技で連続攻撃を仕掛けていく。
スミカはその威力に弾くことしかできず、さらには下向きになっているマリアリスの身体には攻撃が届かない。
(へー、よく考えたものね……)
スミカは回転をしながら、上下左右に繰り出される足と拳の攻撃を交わしていく。
スライプたちから見れば、スミカが押されているようにも見えた。
しかし、仕掛けているマリアリスからすれば、弾かれた角度やタイミングなど最小限で体力を使わない動きで交わしているスミカが恐ろしく感じている。
あの村の中では、マリアリスに敵う者はいない。
この技を出すこともなく、通常の攻撃で決着がつく程実力差が開いていた。
スミカは、そんなマリアリスの初めてみせる攻撃パターンを見事に交わして見せる。
それはスミカの体術の精度の高さが、マリアリスからの攻撃の対応から見てとれた
これでは事態がどちらにも進展しないと判断したマリアリスは、もう一度スミカと距離をとる。
体勢を逆立ちのような姿勢から本来の二本の脚で立つ姿勢に戻した。
そしてそのまま、間髪を入れずにスミカに向かって突進する。
対してスミカは、待ち受けるようにその場に立ちマリアリスの攻撃を見極めようとした。
その態度が気に食わなかったのか、マリアリスは少しだけスミカに対して怒りを覚える。
マリアリスは倒立前転をするように地面に手を付き、その反動で身体を浮かせ斧のように踵をスミカの頭頂部に振り下ろす。
スミカは頭上で腕を交差させ、その攻撃に備えた。
――ガン!
スミカは、体重が乗り回転した速度と伸び切った足の遠心力が加わっている重い踵落としを受けとめた。
弾き返すまではしなくても良いと判断し、その足を横に流してその隙を狙おうとした。
だがその重みは、スミカの腕を軸としてそのまま後ろに流れていく。
マリアリスは、スミカの背後を取った。
そこから、お互いは身体を立ったまま回転させながら関節を取ろうと応酬が続く。
その動きは本人たちには失礼だが、踊りを踊るかのように綺麗な動きを見せる。
エイミたちも何かあれば止めるつもりでいたが、この展開に何も判断することができず、ただ観衆の中の一人になってしまっていた。
目の前での動きに、変化が見られた。
お互い、このままでは何もできないと判断し再び距離を置いた。
息は挙っていないが、素早い判断と反応の繰り返しで神経はすり減っていた。
(まだ……何か隠してるのかしら……こちらはもうほとんど手の内を見せてるんだけど)
しかしまだ余裕のあるマリアリスではあったが、次が最後の交戦となると感じている。
そして、まだ見せていない手をここで出す決意をする。
スミカもその気迫を感じたのか、今までの構えとは違う気迫で構えを取る。
お互いの闘志が、中心でぶつかり合う。
「これで……決まるか?」
エンテリアの言葉に反応し、エイミがその顔を見る。
そして、二人が動き出そうとした……その時。
「――何をやっているんですか!?」
人だかりの中に、切れのある声が響く。
その声は、怒りにも似た感情で真ん中で対峙する二人に向けられていた。
その声の主は、エフェドーラという名の女性の声だった。
「エフェドーラ……ごっ!?」
スミカは聞き覚えのある声の人物を確認すると、手を抑えてその場に座り込んだ。
スミカは咳が止まらず、いつまでも下を向いている。
「スミカさん……!!ちょっとどいて!!」
エフェドーラは人をかき分けてすすみ、スミカの傍に行って咳が止まらないその背中を撫でている。
マリアリスもスミカのことが気になり、近くに駆け寄り言葉を失った。
スミカの咳を塞ぐ手から、赤い血が流れていた。
喀血による出血だった。
マリアリスの顔は青白くなり、自分のせいではないかという恐怖に必死に抵抗している。
エフェドーラは近くにいた、エンテリアに指示をしてスミカを家に運ぶように指示をする。
セイラはカバンの中からカップを取り出し、その中に水を入れてスミカに差し出した。
スミカはそれを受け取り、血の味のする口の中を濯いで吐き出した。
スミカは歩けるからとエンテリアの手助けを断ったが、エンテリアとエフェドーラの強い意見によって背中を借りて家に連れて帰られた。
勝負は決着がつかないまま、突然終わりを迎えた。
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