3-261 東の王国65




「そこからね……スライプたちが、素直に言うことを聞いてくれるようになったのは」



「へー……お強いんですね。スミカさんって」






エイミからの言葉を、スミカは笑顔で返した。


確かに強さで言えば、この集落の中ではスミカに敵う者はいないだろう。

だが、スミカの本当の目的は自分の力を示すことではなく、この村の防衛力の強化が最大の目標だった。


結果的に、スライプが先頭に立ち集落の若者を纏め、防衛力をある程度強化できたのは一つの成果だった。






「なんていうの?……”母は強し”っていうやつ?」



「エイミ……この場合、母”は”じゃなくて、母”が”じゃない?」





この場にいるマリアリスを除く、全員の口から笑い声が漏れる。





「そうでなければ、大切な人を守ることはできません。力だけあってもダメ、知識だけあってもダメ。二つの力をバランスよく鍛えていかなければ、人の上に立つことなどできませんよ」





その言葉は、母親から二人の息子と、いまだに笑顔を見せないひとりの娘に対して告げているようでもあった。

事情も理解した上での言葉だったのだろう、二人の息子は母からの言葉に力強く頷いて見せた。





「……それじゃ、夕食にしましょうか?私も、あなた達を待っていたからお腹が空いたわ」





そういうとスミカは椅子から腰を上げ、台所へと向かっていく。






「あ、お手伝いいたします。スミカ……さま」


「ふふふ、それじゃあお願いしようかしら」





マリアリスが自分の名を呼んでくれたことを嬉しく思い、その申し出を受け入れた。





「あ。それじゃあ私たちも……ぐぇッ」





セイラがそう告げたときエイミはセイラの服の襟を引っ張り発言を止める。

それによって、いきが止めれられ変な声が出てしまった。





「ごほっごほっ!……ちょっとエイミ、いきなり何するのよ!?」





引っ掛けられた喉の辺りをさすりながら、セイラはエイミに勢いよく受けた行為に対して抗議をする。




「バカ……こういう時は気を使ってあげるのよ」





エイミが視線を、スミカとマリアリスの背中に送る。

残った者たちもエイミに倣い、視線を二人の後ろ姿に送った。


そこには気恥ずかしそうに、母親と寄り添いながら食事の準備をするマリアリスの姿があった。

時々、驚きの声やまだ遠慮のあるマリアリスの笑い声が聞こえてきた。

メイドや諜報員としての修行の時の話で盛り上がっているようだった。




準備が進むにつれ、美味しそうな匂いが家のなかに広がり食事が近いことを告げる。



その間、エンテリアとブランビートは家の軒先を借り、簡易テントの設置を行なっていた。

何もすることがないエイミとセイラは、エンテリアたちの作業を手伝うことにした。




そしてテントの準備が終わった頃、マリアリスが四人を外に呼びにきた。

食事の用意が整い、四人はセイラの水で手と顔を洗って美味しそうな匂いが充満する家の中に入っていった。



スミカと他の五人は、テーブルを囲み料理を楽しんだ。

エイミとセイラにとって母親の料理というものは、当たり前に出てくるものだと思っていた。

ここにいる三名は、その当たり前を今日初めて体験することになる。



エイミたちも自分の母親の存在に感謝し、帰ったらもう少し優しく接しようと思った。





楽しい食事のひと時が終わり、そろそろこの集落にも静かな眠りの時間がやって来る。




スミカは全員が泊まれる程の用意がないことを心配していたが、ブランビートが外で泊まる用意を行ったため問題がないことを告げる。

その発言には、母親に余計な気遣をさせたくないという思いもあったようだ。



その時、セイラの頭の中にあるアイデアが浮かび上がった。






「あの……せっかくなので、スミカさんと交代で一緒に寝たらどうですか?」



「それは良いアイデアね、セイラ!マリーさんも折角だから、スミカさんと一緒に寝てみたらどうですか!」






突然エイミに話題を振られて、しかもその内容が嬉しいような恥ずかしいような……驚きのあまり、マリアリスは口に含んでいた紅茶でむせてしまった。

咳が落ち着いた頃、マリアリスはそのことに対し思ったことを発言する。





「そ、それならば……順番を……決めませんか?」



「順番……」



「ですか……」




マリアリスからの突然の提案に、エンテリアもブランビートも考え込む顔する。




”一人ずつなら、その姿を誰にも見られることはない”と一瞬で判断し、次に誰が一番先に一緒に寝るかということに思考は切り替わる。

三人の誰もが一番を取りたいと思っていたが、そんな”子供”のように母親を取り合うことなどできるはずがない。



そんな感情がうずまく三人を、スミカはニコニコとした様子で眺めていた。



「エイミさん、セイラさん……順番を決めてくれませんか?



お互いが真っ先に行きたい気持ちを抑え、他の人に譲る状況がずっと続いたためスミカは、二人に決めてもらうようにお願いをした。


エイミは、くじ引き方式を採用した。


こよりの先に番号を書き、三人に一斉に引かせた。



その結果、”1:マリアリス”、”2:ブランビート”、”3:エンテリア”という順番が決定した。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る