3-226 東の王国30





トライアの咆哮が夜の村に響き渡り、そこから流れが変わり始める。


今までトライアは、目の前の二人などたやすくその命を刈り取ることができると思っていた。

実際に傷つけられているが、致命傷はない。

といよりも、この身体は人間の容姿をしているだけで構造は全く異なっている。


だから、トライアは人間ごときに負けるはずはないと思っていた。

これまで存在していた中で、自分の存在を脅かすものなどいなかった。



いま長い時間を渡り歩き、ようやく自分が生みだされた目的を達成することができる。

そして、その命令を達成しようやく母のもとに帰ることができ褒めてもらうことができる。



……そのはずだった



今までにない人間が、今目の前にいる。

最初は母親に注意をされていた”精霊使い”という存在だけを警戒していたが、そんなに脅威に思えなかった。

何も問題なく、今までの女にそうしてきたように一方的に暴力を振るうことができる感じさえした。








トライアの攻撃を見切ったブランビートは、自慢の盾でそれを容易にいなしていく。

相手の体勢が崩れたところを、エンテリアは防御を無視した型でトライアを切りつける。

今まで余裕見せていたトライアからはその表情が消え、焦りを隠すことが難しくなっている。




「ぐおぉおおぉぉおぉおお!!」




トライアの身体は切り傷だらけになり、その間からは粘質の触手がにじみ出ている。

その数が多いためか、以前ほど再生の速度が落ちているのが見てとれる。


だが、決定的なトドメを指す手段が思い浮かばない。

弱体化している今が、そのチャンスとは判っているのだが……




「エンテリア、お前の剣でトドメを刺すことはできないのか!?」




ブランビートが、時々再生途中のトライアからの不意の一撃を交わしつつエンテリアに叫んだ。





「まだだ……まだあの”感覚”がきていない!」






そうブランビートに返すと、切り傷が塞がったところを更に剣で切りつけて弱体化したままの状態を保とうとしている。

それでもいつまでその状態が続くか分からないため、早めに決着をつけたいところだった。





「あのー!私が燃やしましょうか!?」






セイラからの言葉に、二人は最初何を言っているのかガ判らなかった。



(家の中から高価であるが、生活用の燃料を集めてこの身体を燃やしてしまうというのか?……確かにいい作戦だが、そんな量が備蓄されているのか……)



エンテリアは、セイラの言葉の意図を理解し、頭の中で何とか実現可能な方法に結び付けていく。



(高価な燃料は申し訳ないが……今有効な手はそれしかない!)




そう判断したエンテリアは、セイラとエイミにその提案を受け入れることを伝えた。






「わかりました!なるべく早くお願いします!!用意ができるまで、ここで何とか喰い止めておきますから!!」





「え?……あ、はい。それではすぐ行きますから、合図と同時に離れてくださーい!!」






「「え?」」





何を言っているのか判らないエンテリアとブランビートは、トライアの対応をしつつも遠くで聞こえるカウントダウンが始まる声を聞いた。





「四!……三!……二!……一!」






エンテリアとブランビートは、同時にトライアの身体を蹴りそのまま五メートルくらい後方に左右に下がった。




「あぶな――」




――ゴゥッ!!!



エイミの叫びが言い終える間もなく、目の前を炎の波が通り抜けていった。

どのくらい逃げればよいか分からなかったが、二人はトライアの攻撃を避ける意味も含めて遠くに離れることを選択した。

しかしその距離でも、ギリギリ回避できるくらいの炎が目の前を通り過ぎていった。


それでも少し焼けたにおいがするのは、自分なのか他の何かかはいまこの状況下では判断できなかった。

それよりも、この炎から逃げることが先決と判断した。




「大丈夫か、ブランビート!?」




エンテリアは心配して、もう一人の名を叫ぶ。


腰を抜かしたように座り込んでいる様子が見える。

どうやら、ブランビートも想像していたものと違った結果となっていることに驚いていた。



エンテリアは、ブランビートに近づいて腕をつかみ身体を引き上げた。

二人はパチパチとまだ炎がくすぶっている、トライアだった炭の塊をみて愕然とする。


(これほどの力を持つ者は、人という存在ではないのではないか……)



その思いを頭の中で繰り返し検討している中、遠くから怒鳴り合う声が聞こえてくる。






「ちょっと、危なかったじゃない!?あの二人も巻き込むところだったのよ!!」


「そ……そんなこと言われても!だって、相手が止まらなかったら意味ないし、せっかくのチャンスなんだからちゃんと仕留めないと!!」


「だけどね……!!」


「そうは言うけど……!!」






いつまで経っても言い争いは終わらない。

こちらの視線に気付かない二人を見て、エンテリアとブランビートはお互いの顔を見合わせて笑っている。





「なんだかなぁ……」


「でもそこが……なぁ?」




二人は照れながらお互いの気持ちを理解し、この問題が片付いたらあの二人に重大な提案をすることを心に決めていた。









ガサ……






「ちょっと……そんなつもりで言ったんじゃないんだけど!!」


「エイミの言い方は、そういう風に聞こえるのよ!!!」




二人は腕をつかみ合い、ヒートアップする気持ちが行動に現れていた。


エンテリアとブランビートは、慌てて喧嘩になりそうな雰囲気の二人を止めに入った。





ボロ……ボロ……




トライアだった炭の塊が、剥がれ落ちていく。









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