3-57 カイヤムの村
カイヤムと名乗る男は薬草と病に関する知識の他に、馬術や簡単な護身術の知識もあった。
いや、知識だけではなくその実力も並み以上に持っている人物であった。
カイヤム曰く、”そうでなければ、独りで旅は続けられない”とのことだった。
言われてみれば、確かにその通りだとステイビルたちも納得した。
カイヤムは東の国のみならず、西の国の周辺の町まで回っていると言っていた。
ステイビルたちも西の国やディヴァイド山脈を越えてきた経験から、一人で旅をしてきたその実力は疑うこともなかった。
マギーの宿を利用したことがあると言い、その話しの内容からもカイヤムが語る話しの信憑性も高く感じられた。
その証拠に今現在、馬車を操縦しているのはカイヤムだった。
しかもかなりの乗り心地の良い、馬の扱いができていた。
ステイビルは、試しに何も言わず怪我を負った馬がいる馬車の操縦をわざとお願いしてみた。
カイヤムは馬の状態を確認し、馬の身体を撫でながらひとこと言葉をかける。
すると馬はその気遣いに応えるように、頭を低くしカイヤムにその身を寄せた。
操縦するときも、怪我に影響が出ない様に気遣い丁寧に扱っていた。
その様子を見ながら、カイヤムの馬車に乗っているステイビルはその実力に納得した。
そして、道中に作ってくれた料理もなかなか見事なものであった。
様々な町を歩いているだけあって、調味料の種類も豊富にそろえてある。
アーリス程の腕前ではないが、その多彩な調味料の使い方が見事であり、さすが”薬草師”の名に恥じない調合加減を見せてくれた。
しかも今回は馬車で移動するとのことで、残りの量も気にすることなくハルナたちに惜しみなく振舞ってくれた。
メンバー全員の胃袋も掴んだカイヤムは、すっかりこの中での信用を得ていた。
「このペースですと、明日の午後には私の生まれた集落に到着しそうですね。あそこのグラキース山が、下から完全にみえなくなればあと少しです」
あの日から二日が経過し、目的地の集落に向かいながら手前の山がその高さでグラキースの山頂を隠し始めていた。
一同は一旦休憩して、軽食を採っていた。
ハルナは、ソフィーネの淹れてくれた良い香りのする紅茶を手にしながら、馬の手入れをしているカイヤムに話しかけた。
「カイヤムさんの村って、どんな場所なんですか?」
この世界について知らないハルナが、カイヤムの生まれ故郷について質問する。
カイヤムが生まれ育った場所は、東の国の地図にも載っていないような場所で、そこまで重要でも特徴のある村ではなかった。
普通、ほとんどの人がそんな自分の集落に興味を持ってくれる人はいなかったため、カイヤムから見れば王家の近くにいる人物が自分の集落について質問してくれることに驚いた。
「……あの、カイヤムさん?どうかしました?私、何か可笑しなことお聞きしましたか?」
驚きに言葉が詰まっていたカイヤムの姿に、ハルナは”聞いてはいけないことを聞いてしまったのでは?”と勘違いして戸惑った。
「い、いえ。何でもありまえせん。あまり興味を持たれたことのないご質問でしたので、少々戸惑ってしまいました……申し訳ございません」
カイヤムは咳ばらいをし、落ちかけた眼鏡を一度布で汚れをふき取り再びかけ直した。
「私の村は、グラキース山の手前にある、両側の山に挟まれた場所にございます。山と川からの恵みを受けて複数の家が集まって暮らしております」
「へー。なんだか自然が豊かな、とても良さそうな感じのする場所みたいね!」
エレーナがその話しを聞いて、率直な感想を述べた。
エレーナ自身もラヴィーネの近くの森に良く入って育ったため、自然が豊かな場所と聞くと良い印象を持った。
「なんだか、素敵な場所みたいね。着くのが楽しみね!」
ハルナとエレーナは顔を見合わせて、これから見るであろう素敵な景色に胸を膨らませる。
だが、自分の故郷を褒められるカイヤムの顔色は暗くなっていた。
「「――?」」
ハルナとエレーナはそのカイヤムの表情を見て、不思議に感じた。
「……では、そろそろ出発しましょう。でなければ、日があるうちに到着できなくなる可能性もございますので」
「そ、そうですね。あとわずかですが、もう少し距離があります。出発する準備を急ぎましょう」
間もなく準備を整え、ハルナたちは目的の場所を目指して最後の休憩を終えて出発した。
出発時カイヤムのため息が聞こえ、馬が心配そうにカイヤムのことを見ていた。
三時間ほど経過し、すっかりグラキース山の頂上は手前の山に隠れてしまった。
山の間から通り抜ける乾いた風が、向かい風となり寒く感じる。
日が徐々傾き目の前山が赤く染まり始めた頃、家から煙が上がるのが見えた。
「あ。もしかして、あそこじゃない!?」
先頭の馬車を操縦するエレーナが、いち早くその煙を見つけた。
操縦を隣にいるアルベルトと変わり、エレーナは後ろの馬車の中に飛び移った。
「みえたわよ、村!」
そう言われたハルナとマーホンは馬車の窓を開けて、顔を出して覗き込んだ。
ハルナの目に飛び込んできた風景は自然豊かな山間の村ではなく、乾いた土埃のする水気のない村の風景が映っていた。
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