2-127 転機
ボーキンは目を閉じ深呼吸をして、一度頭の中を空にした。
何から話すべきかを検討すべくすべてのことを思い出し、次にそれを順序よく組み立てていく。
その間ほんの十秒程度、部屋の中が無音に支配される。
記憶を遡るボーキンにとっては、その時間がとても永く感じられた。
ボーキンは目を開けて、軽く息を吸い口を開いた。
「私はセイムが亡くなったという話をビルオーネから聞き、その話しの内容が信じられませんでした。伝えに来たビルオーネも”あのような男”でしたので、詳しいことは教えてくれずただ不信感が増すばかりでした……」
ボーキンは自分自身でセイムの死を調べていくうちに必ずどこかで壁に突き当たり、それ以上の情報が引き出せないことに気付いた。
しかも、この事件について何も資料が残されておらず、知り合いを通じて王宮警備兵に聞いても緘口令が敷かれていためか”何も知らない”の一点張りだった。
『――王国は、俺に何かを隠している』
そう思い始めてから、ボーキンの中で王国への不信感が日々増していく。
情報収集を諦めてから数週間が経ったころ、”不信感”は”復讐”へと胸中でその姿を変えていった。
ある日、警備兵の隊長仲間からある情報が入ってきた。
”――ビルオーネがビルメロによって捕まった”と
その罪は、国宝の剣を無断で持ち出していたためであった。
「ビルメロか?あいつは私の下にいた者だったな。明日、話しを聞いてみるか……」
だが、それは叶うことがなかった。
ビルメロは王宮警備兵見習いとして、その時からボーキンの隊から外されていた。
ゴーフも王宮警備兵として、その時は既にボーキンの傍にはいなかった。
ボーキンは、またしても真実から遠ざけられたと思った。
それも誰かの思惑によって……
そこからまた数か月が過ぎた頃、ボーキンの下に新しい人員が配置された。
エルメトとアーリスだった。
二人はまだ若く何らかの事情があるとのことで、兄妹で入隊してきた。
そんなヒヨッコ同然の人材がボーキンの元に割り当てられたということは、ほぼ前線で国の防衛を左右するような重要な地位から外されたにも等しかった。
常に最前線にいたボーキンにとって、これは閑職にされたのだと思った。
故に、自分が王宮から距離を取らされているのだと確信した。
だが、嬉しい誤算もあった。
エルメトだった。
エルメトは、若くして年齢以上の実力を持っていた。
そのおかげで、ボーキンの隊に重要な任務が回ってくることが多くなった。
そこに目を付けたボーキンはエルメトを剣の稽古と称して突き合わせ、その際にいま外でどのような事案が起きているのか、王宮の動向などの情報を手に入れることができた。
そんなある日、稽古前にエルメトがボーキンに伝える。
「……ボーキン様、王宮内の従者より書簡を預かっておりまが」
そういって、腰に付けたバックから一通の手紙を手渡した。
「――なんだ?」
ボーキンは連絡便でもなく、普通郵便でもないこの書簡に心当たりが全くなかった。
短刀で手際よく、書簡の封を切る。
「ふむ……な、なにぃ!?」
ボーキンは書簡の内容に、思わず大きな声をあげてしまった。
その様子にエルメトは驚き、ボーキンに問い質した。
「ど……ど……どうされたのですか、ボーキン様!?」
「すまん……取り乱してしまった。あまりにも突然の内容だったのでな」
エルメトは一つ唾を飲み込んで、改めてその内容を確認した。
「そ……それで、その書簡にはどのようなことが?」
「うむ、王選のことについてだ……王女であるニーナ様が、私をニーナ様の支援者にと直々にお願いされている」
エルメトは驚いたが、その波があまりにも大きすぎたため伝わるまでに時間がかかりその間、呆けていた。
一般の警備兵がたとえ従者からの経由で渡された書簡だとしても、王女からの手紙を直接を持たされることなど考えられなかったからだ。
エルメトは、王女から直接手紙をもらうボーキンのことを改めて尊敬した。
「そ……それでどうするのですか!?」
「実はこの内容の返事を頼まれておってな……エルメトよ。お前、王宮までこの返事を持っていってもらえるか?」
エルメトは、ボーキンの命令に感動し今までにないくらいの大きな声で返事をした。
後日、ボーキンはニーナと面会する。
久々に正装したボーキンは従者の後ろに付いて、ニーナの部屋へと向かっていく。
従者は目的の場所までたどり着き、大きな扉をノックする。
中からは入室を許可する若い声がして、従者は扉を開けて入室する。
目の前にはボーキンからすれば、孫に近い年齢の女性がボーキンを笑顔で迎える。
「初めまして、ボーキン様。今回はご無理を言って申し訳ありません」
「いえ、私などにお声を掛けて頂き恐縮です」
「では、さっそく話を進めさせていただきます。……どうぞこちらにお掛けになってください」
ボーキンは腰の剣を外し、従者に預け専用の道具に立て掛けて傍においてくれた。
大き目の正方形のテーブルに腰かけ、その目の前にニーナが座る。
「早速ですが、近々王選が始まるのはご存じでしょうか?」
「はい、確か王家の後継者の最年少の年齢が十五歳になるときに開始されると記憶していますが」
「その認識で間違いありません、ボーキン様。そして、わたくしはあと一年足らずでその年を迎えてしまうのです」
「ニーナ様、私のことはボーキンで構いません。……しかし、他に支持者となるものはいなかったのですか?」
「では……ボーキン”さん”で良いでしょうか?わたくしもその事実が告げられたのが、ここ数週間前のことなのです。それまで、決して誰かに漏れない様にされていたのかわかりませんが、王宮内で王選の話を教えて下さるものは誰もいおりませんでした」
ボーキンは、そのやり方に違和感を感じる。
そして、ある人物のことが思い浮かぶ。
「それは……まさか」
「はい、兄の……カステオの仕業でした」
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