第2話不確かな記憶

 太陽が昇ると朝になり、沈むと夜になる。

 それは人の一生のようだと、例えた人がいた。

 じゃあ月は?

 生と対するものになるんだろうか。

 オレンジ色の夕焼け空を見ながら、そんなことを考える。


「大丈夫ですか?」


 背後からかけられた声に驚き、体が小さく跳ねた。

 振り向くと、わたしのすぐ後ろを歩いていた雪君が、心配そうな顔をしている。

 オレンジの光を受けた柔らかな髪は、ふわふわと風になびき、とても綺麗。

 きめ細かい肌は名前と同じくらい白くて、明るめの茶色の瞳が、気遣うように緩んだ。


「体調が悪いようでしたら、休憩しましょうか?」


「あ、いや、違うんです。見とれてしまったんです。その……夕日があまりにも綺麗で」


 自分よりも年下の少年に気を遣わせてしまったことに慌て、わたしは必死に取り繕う。

 雪君は納得したように頷いた。


「今日は波も穏やかで、天気も良かったから夕日が綺麗に見えますね」


 そういって雪君も、海に沈んでいく夕日に視線を移した。

 夕日の光が雪君の瞳に反射して、きらきらキラキラ輝いている。

 その横顔を見て、胸の奥がちくんと痛んだ。

 本当は、夕日の美しさに感動していたわけじゃないから。

 空に染み広がり始めた闇が、怖かった。

 わたしの中で『夜』は、『死』という認識でしかない。

 もちろん、それは十年前に目撃した飛行機事故による影響が大きいわけだけど。


「あらら? 蜜花さん、どうしたと? 疲れた?」


 わたしの前を歩いていた多恵さんまでも、いつの間にか足を止めてこちらを見ていた。

 多恵さんは額に流れる汗をタオルで拭いながら、肩で大きく息をしている。


「すみません。夕日が綺麗で、足が止まってしまいました」


「ああ、そうやろ、そうやろ。

加岐馬かきま島から見える夕日は、人工物が邪魔しない天然もんでやからねぇーー」


 そういって豪快に笑う多恵さんに、雪君が苦笑する。


「夕日はどこで見ても同じじゃないのかな?」


「あら、なん言いよっと、雪さん! 全然ちがうとよ、本当に。ねぇ? 蜜花さん」


 多恵さんに返事を求められ、思わず頷いてしまった。

 多恵さんは満足そうな顔をして、山道を登り始める。

 春も終わり掛けの山には、柔らかな緑色の草花が茂り、木々の葉の隙間から通り抜ける風は海の匂いが混じっていた。

 都会とは違う澄んだ空気が心地よい。

 多恵さんは数歩歩いては立ち止まり、汗を拭く。

 なんとはなしに眺めていたのだが、同じように多恵さんを見ていた雪君と目があい、二人して笑った。


「家はこの坂を上がればすぐやけん。あと少し、頑張ってねーー」


 今にも悲鳴をあげそうなふくらはぎと太ももを頭の中でねぎらいつつ、多恵さんに続く。

 わたしの名前は森山蜜花もりやまみつか

 年は二十歳で、地元の短大に通っている学生だ。

 後ろを歩いている綺麗な子は、志摩しまゆき君。

 自己紹介をしてくれた時に十七歳だと言っていたけど、若い子特有の浮ついた感じがない。

 とても落ち着いていて、にこにこと笑顔の素敵な少年だ。

 前を歩いている女性は、加川かがわ多恵たえさん。

 志摩家で働いているお手伝いさんらしい。

 ぽちゃっとした体形の五十代の女性で、ころころとよく変わる表情と大きな笑い声が特徴のある愉快な人だ。

 わたしは今、長崎県の外れにある加岐馬という離島にいる。

 二人は島の人で、わたしを迎えに来てくれた。

実はここ加岐馬は、十年前に実姉の柚子ゆずこが暮らしていた場所なのだ。

姉は当時二十二歳。

 わたしとは一回り年が離れていたせいか、一緒に暮らした時間が短いからか、姉妹喧嘩をした記憶はない。

 いつも穏やかで優しい姉の事が、わたしは大好きだった。

 そんな姉が帰ってくるはずだった、あの日。

 事故は起こったのである。

 町はずれにある山の上の展望台。

 そこは航路にあるのか、飛行機を比較的近い距離で見ることができた。

 もちろん、搭乗者の姿は見えるはずもないけれど、姉が乗る予定のセスナ機を一目見たいと思うとじっとしてられなくて。

 初夏とはいえ八時を過ぎていたせいもあり、両親がなかなか家から出してくれなかったけど、部屋で勉強するふりをして、窓から外に出た。

 部屋は一階にあったし。

 明日学校に持っていく為に準備していた、上履きもあったから。

 自転車に乗って公園に向かう道、ずっとドキドキしてたことを、今でもはっきり覚えて

いる。

 両親を出し抜いたことへの優越感や、目的を成し遂げた事への達成感。

 後で怒られることも気になんてしなかった。

 タイミング悪く自転車のチェーンが外れてしまい、歩くしかなくなった時にはさすがに後悔したけど。

 意地はって、暗い山道をひたすら歩いた。

 人通りもないし、虫は多いし。

 でも見上げた空は、星が瞬いて、とても綺麗だった。

 星に目を奪われ、足を止めた時、異変に気付いた。

 お腹に響いてくるような重い音。

 それは遠い空から自分に向かってくるようで。

 セスナ機のエンジン音だと分かったのは、火を噴く機体を目にした時。

 無意識のうちに耳を手で塞ぎ、わたしは絶叫していた。

 セスナ機はかなり低い位置を飛んでいて、スピードもおちていたと思う。

 その後は……正直思い出したくない。

 わたしがいたところから、セスナ機が落ちた場所はかなり離れていた。

 それでも衝突時に発生した衝撃波を受けたせいで左足と左腕を骨折し、その後の火災で右肩付近を火傷したわたしは今も右腕を動かすのが自由ではない。

 見つかった場所も展望台からはほど遠く、爆風で飛ばされたとか、意識の混乱による勘違いだとか色々と言われた。

 でもわたしははっきりと覚えている。

 確かに生存者の子供がいたって。

 その子が姉さんの頭を持ち去ったって訴えたけど、誰も信じてくれなかった。

 そんな乗客はいなかったと何度も言われたし、乗客四名は全員死亡が確認されている。

 もちろん、そこには姉の名も並んでいた。

 四十九日の時だったか。

 両親は、姉さんの遺体はひどい状態だったけど、ちゃんと全身揃った状態で弔った事を教えてくれた。

 わたしはカウンセリングを受け、事故による記憶障害だと診断された。

 しかし、今から二か月前、それは一変する。

 姉の十回忌を機に、それまで立ち入ることすらタブーとなっていた部屋を両親と一緒に片づけることにした時。

 加志馬にいた頃の荷物も段ボールに入れたままになっていたのだが、その中に気になるものを見つけた。

 事故現場にいた子供と、姉が一緒に写った一枚の写真。

 レンガの暖炉と白い壁を背景に、俯きがちな少年の肩に右手を添えた姉が微笑んでいた。

 濃いめのアイメイクに明るめの髪をヘアアイロンで綺麗に巻いた姿は、わたしの記憶の中の姉とはかなり印象が違う。

 子供も……あの時見た狂気的な雰囲気は全くなかった。

 長めの髪から、顔や性別はわからない。

 それでも、あの子供は存在していたんだということに、胸の中のざわつきが抑えられなかった。

 どうしてあの場から姿を消したのか。

 なにを取り返しに来いと言ったのか。

 梟ってなんの事なのか。

 いてもたってもいられなくなったわたしは、生前姉がお世話になっていた加岐馬島の志摩家に連絡した。

 加岐島は全島民が三十人にも満たない小さな島。

 島自体が志摩家の持ち物で、宿がないため旅行者は志摩家に部屋を借りることになっているのだという。

 姉は大学在学中に、野草の研究で訪れた加岐馬島に強く魅入られた。

 両親に相談せずに大学を休学し、自らの意思でここに引っ越したのだ。


『あの時もっと強く反対すれば良かった』

 

 姉が亡くなって半年たったある夜に、姉の写真を見つめながら父がぼそっと漏らしたことがある。

 そんな父の肩にそっと手を添えた母は、どんな表情をしていたのか覚えていない。

 事故から十年。

 姉がいない生活を無理にでも受け入れようとしている両親に、わたしが加岐馬に行きたいと言うのは酷な事だったと思う。

 それでもわたしは加岐馬に行く事を選んだ。

 島に行くには、姉のようにセスナ機を利用するか、福岡から長崎県の対馬に向かい、そこから漁船で渡るという方法がある。

 今回わたしが島に向かうにあたっては、どうしても飛行機を使う気にはなれず、フェリーを利用した。

 セスナ機だと二十分程で行き来できるようだが、怖くてとても乗れたもんじゃない。

 福岡の港から、五時間近い時間をかけて対馬につくと、港には志摩家からの迎えの船がいた。

 操縦していたのは加岐馬島で漁師をしている阿比留あびるさんという中年の男性。

 同乗していたのが多恵さんだ。

 大きな照明が多数ついた青い漁船に乗り込むと、そこから一時間ほどで目的の加志馬島についた。

 渡船所でわたし達が着くのを待っていてくれたのが、美少年の雪君である。

 多恵さんはとても驚いていたけど、雪君のお母さんが、荷物持ちに行きなさいと言ってくれたらしい。

 漁師の男性にお礼を述べ、その後、志摩家があるという山を登った。

 角度はさほどないが、小石がごろごろとしていて足場は悪い。

 山道はガードレールなどがないため、足を踏み外しでもしたらそのまま転落しかねないし、乗り物酔いで疲れた体にはなかなか酷な道のりだった。

 多恵さんが言ったように、夕日はとても綺麗だったけど、姉がここのどこに惹かれたのか、いまいちぴんとこない。

 何度も足がもつれそうになり、そのたびに雪君が心配してくれるのが申し訳なかった。


「すみません。迎えに来れるのが僕しかいなくて。兄がいたら良かったんですが」


 申し訳なさそうに頭を下げる雪君を見て、多恵さんがわたしに背中を向ける。


「蜜花さん、よかったらおぶさりんしゃーね?」


「おぶ?」


 多恵さんが何を言ってるのかわからず、きょとんとしていると、雪君が小声で


「おんぶのことです」


と教えてくれた。


「え、あ、いえ。大丈夫です。ごめんなさい!」


「そう? 無理せんとよ? セスナだとすぐなんやけどねぇ」


「多恵さん!」


 雪君の強い口調に、多恵さんがはっとしたように口元に手をあてた。


「ご、ごめんねぇーー!」


 多恵さんの顔が気まずそうに引き攣る。


「いえ、気にしないでください」


 多恵さんが気に病まないように、わたしは笑顔を浮かべた。

 多恵さんがほっとした顔に戻るのを確認した後、自分の足元を見て自己嫌悪する。

 舗装された道がないとは思わず、サンダルを履いてきた自分に。

 換えになるような靴は持ってきてないし、一週間の我慢だと気合を入れなおした時、


「密花さん」


と、雪君が呼び止めた。


「ん? なぁに?」


「よかったら、僕が、その……背負いましょうか?」


「え? えぇ!?」


 俯きがちな彼の顔は見えないが、わずかに見える耳が赤い。

 わたしと体形がほとんど変わらない雪君におんぶをしてもらう……

 無理。本当無理。

 憤死してしまう。


「雪君、あの、大丈夫です。あの、本当、ごめんなさい!」


「雪坊ちゃんには無理ですよ。そんなひょろっとしとるとに」


 雪君の気持ちを傷つけないように断ったつもりだが、多恵さんの一言で台無しだ。

 どうも思ったことをすぐに口にだしてしまう人らしい。

 立ち上がった雪君の顔は、ちょっと、いや、けっこう落ち込んでいた。


「いえ、あの、わたし、けっこう重いんです。筋肉もほら、けっこうありますし。服とかで必死に誤魔化してるから、ばれたくないというか」


 フォローしようとしているつもりが、なんだかよくわからないことを口走ってしまう。

 多恵さんは大きく頷いた。


「そうやとよねー 女性は体重にかかわることに敏感やから。わたしも細く見せるために苦労しとっとですよ」


 真面目な顔で話す多恵さんに、どう反応していいものか悩んでいると、背後から


「ぶはっ」


と、男性が吹き出したのが聞こえた。

 振り向くとそこには、黒い長袖のカッターシャツに、細身のジーンズを履いた男性が立っている。

 長めの前髪が顔にかかっているせいで表情はよく見えないが、小さく震えているところを見ると、どうやら笑っているらしい。


「あら、快坊ちゃん。今お帰りですか?」


「うん。ただいま、多恵さん。今日も綺麗だね」


 坊ちゃんと呼ばれたってことは、あの人も志摩家の息子さんかもしれない。

 男性は多恵さんからわたしに視線を移す。

 慌てて頭を下げた。


「えっと……?」


「兄さん。森山蜜花さんです。先ほどお着きになりました」


 雪君の口調に驚き、思わず振り向く。

 さっきまでの雰囲気とは違い、神妙な面持ちで話す雪君は目を伏せたまま。

 男性は頷きながら右手で前髪をかき上げた。

 現われた顔を見て、思わずドキッとする。

 くっきりとした二重に形の良い鼻。

 薄い唇は笑みをたたえている。

 柔らかな眼差しは、どこか雪君に似ていた。


「ああ、話は聞いてる。森山……蜜花ちゃんね」


 軽い口調。

 雪君と似ているのは、外見だけみたい。


「加岐馬島にようこそ。俺は志摩しまかい。快さんって呼んでね」


 快さんは見た感じ二十代後半くらいに見えた。

 記憶の中の子とは、年齢的に合わない。

 この人は違うか。

 なんて考えながら顔を上げると、快さんと目が合った。


「あの……?」


 恥ずかしさから頬が赤くなる。

 快さんは首を左右に振った。


「んーー……だめだ。やっぱり十代相手じゃ、湧き上がってくるものを感じない」


 一瞬何を言われたかわからなくて、通訳を求め、雪君を見る。

 雪君は困ったような顔をして、俯いた。


「魅力ある熟女になるのを楽しみにしてるね」


 非常に気になる言葉を発した後、快さんは多恵さんにウインクし、そのまま去っていった。

 山道をすたすたと上っていく快さんの後ろ姿を見ながら、多恵さんは嬉しそうにその後に続いていく。

 呆気にとられていると、雪君が眉を下げ、困ったように前髪をくしゅくしゅと掻いていた。


「あの、すみません、蜜花さん。兄は年上の女性が好きというかなんというか」


 あああ、なるほど。

 だから雪君がさっきからあたふたしてるんだ。

 雪君が困っている姿がかわいくて、胸の奥がほっこりする。

 

「お二人ともーー あっという間に暗くなっですよーー」


 立ち止まったままのわたし達に気づき、先を歩いていた多恵さんが大声で呼びかけた。


「足、大丈夫ですか?」


「ありがとう。大丈夫だよ」


 靴ずれは痛いが、歩けないほどではない。

 ちょっとだけかかとの状態を確認した後、多恵さんのもとへ駆け足で向かった。

 志摩家に滞在する許可は一週間で取り付けてある。

 その間に写真に写っている少年が誰なのか知るのが目的だ。


『写真に写ってる彼を見つけて……どうするつもりなの? 蜜花は』


 加岐馬島に行くと告げた時、両親、特に母は反対していた。

 でも、自分の記憶が勘違いじゃないかもしれないと思った時、どうしても行かなくてはいけない気がしたの。

 墜落事故で姉は死んだんじゃなくて、あの子供が殺したんじゃないかって思っていたから。

 持ち去られた姉の頭を、わたしは取り戻しに行かなくてはいけないんだって。

 何度もそれを訴えてきたけど、誰もわたしの言葉に耳を傾けてくれなかったけどね。

 だからあの時の子を見つけ出せたら、聞きたいんだ。

 貴方は姉を殺したのかって。

 でも……

 姉の部屋で見つけた写真を思い出すと気弱になる。

 笑顔の姉と対照的な、暗い表情で俯く子供。

 長い前髪が目元を隠しているせいで、整った鼻ときゅっと結ばれた口元しかはっきりと写っていない。

 この写真の子と、事故現場にいた子が同一人物だという確証はないんだ。

 だから、最初に雪君と会った時、一瞬ドキッとした。

 年齢的に近い人を見る度、疑ってしまう。

 多恵さんは、坂道を登り切ったところで待っていてくれた。

 200メール程進むと今までの景色から一変し、よく手入れされた緑の絨毯が現れる。

 綺麗に刈り込まれた芝生。

 彩り豊かな季節の花々。

 アイアンブロンズのトレリスに絡んだピエール・ドゥ・ロンサールはとても綺麗だ。

 庭、というにはとても広く、公園みたい。

 黄色いアンティークレンガのアプローチの先に、一際目を引く洋館が建っていた。

 あれが……志摩家。

 赤いレンガ積みの外壁で造られた西洋の館。

 テラスの白い柱には庭で育てられた薔薇とハーブでつくったリースが飾られていて、その傍にある塔屋の窓には細やかな刺繍のレースがかけられている。

 家、というよりは小さなお城といった感じだ。

 木製の扉は一般家庭のものより大きめで重厚感があった。

 こちらにもテラスにあるようなリースがかけられていて可愛らしい。

 中でも一際目を引いたのが、玄関のすぐ真上にある二階の窓の存在だ。

 採光用なのか、二メートルはありそうな大きな一枚ガラスの窓には、細やかな刺繍がされたレースのカーテンがかかっている。


「すごかでしょう?」


 いつの間にか多恵さんが横に並びんでいた。


「あ……はい。なんだかお城みたいでびっくりしました」


「面接を受けに来た時、思わず見とれたけんねぇ」


うっとりとした表情の多恵さんを見ていた雪君が、苦笑する。


「多恵さん、夕食の用意、間に合いますか?」


 多恵さんははっとした顔になり、そわそわと周囲を見回した。


「あらやだ。何時やとかいな。ごめんね、蜜花さん。

本当ならお部屋に案内したいとやけど、私、夕食の準備に取り掛からんといかんけん」


「あ、はい、大丈夫です。お部屋を教えていただければ自分で……」


「僕が案内します。多恵さん、蜜花さんのお部屋は四号室でいいんですか?」


 多恵さんは大きく頷き、答える時間も惜しいとばかりに、屋敷へと駆けていった。

 何度も手をひらひらと振る姿が、妙にかわいい。

 雪君と目が合い、二人して微笑んだ。

 ここに来るまでは志摩家の人たち全員が姉の仇のような気がしていた。

 それなのに会う人はみんないい人ばかり。


『その写真に写ってる子を見つけて……どうするつもりなの? 蜜花は』


 母の言葉が頭で繰り返される。

 見つけて、姉を殺したのか聞いて、そして……?


「一度お部屋に案内しますが、すぐに夕食の時間になると思います。その時に、ここで暮らす皆と、顔を合わせることになるはずです」


 夕食の時間が初顔合わせ。

 緊張してお腹がきゅっと痛んだ。

 よほど変な顔をしていたのか、雪君がわたしの顔を見て吹き出す。


「す、すみません」


 慌てた雪君は前髪をくしゃくしゃっとかき混ぜた。


「あの、ここって何人ぐらいの方が住んでいるの?」


 雪君の家族以外にも多恵さんみたいな家政婦さんや部屋を借りて暮らしている人がいるみたいだし、人数の把握がしておきたかった。

 できれば全員そろっているときに、写真を見せたい。

 もちろん、その場で個人的なことは聞くつもりはないけど。

 雪君はちょっと考えるような顔をしたが、すぐに肩をすくめた。


「すみません。実は、昨日から兄の友人も泊まりに来ているので、よく把握できていないんです」

 

 雪君の口から出た兄という言葉に、先ほど出会った快さんを思い出す。


「常に人の出入りがあるようなところなので、蜜花さんもあまり気にせずに過ごしてくださいね」


 黙り込んだわたしを見て、雪君が気遣うようには言ってくれた。

 否定しようと思ったけど、実際、わたしは人とコミュニケーションをとるのがうまい方ではない。

 雪君は察したような顔でわたしを見ているし、わたしも否定するのが恥ずかしくなって口を閉じた。

 年下に気遣われるって……

 情けなさを払拭するように深呼吸をする。

 草花の匂いが肺の中を満たしていく。

 姉が好きだった加岐馬島の自然を胸に、雪君と共に屋敷へと向かった。



 

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