泣く梟と 鳴く子供

植木エウ

第1話嘆きの始まり

 十年前の事故について聞かれた時、最初に思い出すのは、空から墜ちてくる白いセスナ機だ。

 機体は火の衣に覆われ、人里離れた山の中に吸い込まれるように消えていった。

 耳を突く轟音が響き渡り、湧き上がった黒煙。

 赤と黒の悪魔が、一瞬の間に緑の森を包んだ。

 離れた場所にいたのに墜落で生じた衝撃風に煽られ、体が宙に舞い上がり落ちる。

 骨が折れ、皮膚は裂けて血が滲み、ひどい耳鳴りがした。

 脳を直接揺らされたような頭痛のせいで、涙が止まらない。

 それでも必死に立ち上がった。

 山に吸い込まれるように消えた飛行機は、もう原型をとどめていないだろうとしても。

 両腕の感覚がなく、左目の視界が真っ赤に染まっていく。

 何度も転び、咳き込む度に血の泡のようなものを吐き出しながらも、わたしは飛行機に乗っていたはずであろう姉を探すため、必死に火の山を目指して進んだ。

 木々の悲鳴が聞こえた。

 砕け散った機体の破片を見た。

 肉や脂肪が焼ける匂いを嗅いだ。

 それが現実のものか、それとも妄想によるものかわからないけど、わたしの鼻が耳がそれを記憶していく。

 次々と視界に飛び込んでくる凄惨な光景と体の痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちたわたしは、炎に体を蝕まれた。

 指先すら動かせない。

 痛みはもう過ぎた。

 喉の奥から絞り出した声で呼びかける。


「お姉・・・ちゃん」


 涙が頬を流れ、雫が地におちた。


その僅かな音に反応した何かが、黒鉛の中姿を現す。

 瞳に炎を宿した一人の子供。

 年齢は当時のわたしより少し年上くらいで、肩の辺りで切り揃えた長い髪が風になびき、口元はきゅっと固く結ばれていた。

 着ていた服は白い服にはところどころ血が滲み、怪我をしているようであったが、しっかりとした足取りでわたしの方へ歩みを進める。

 事故の生存者がいたという事実は、わたしをとても安堵させた。 

 飛行機が墜落しても、無事な人がいる。

 お姉ちゃんも、生きてるかもしれない。

 そう思ったから。

 遠のく意識の中、子供が手にしているものの存在に気づいた。

 わたしが知るその人とは、顔の色も、皮膚の質感も変わっていたが、間違いない。

 生まれた時からずっと見ていた顔だから。


「柚……姉?」


 煤で頬を黒くした子供は、頭だけになった姉を愛おしそうに抱きしめる。

 やめて。

 返して。

 早く頭と体をくっつけないと、柚姉が死んでしまう。

 そう言いたいのに、わたしの叫びは声にならなかった。

 遠くからサイレンや、人の声が聞こえる。

 意識が遠のく中、子供がわたしのすぐ側に立っている事に気付いた。

 

「欲しければ取り戻しにおいでよ。梟のところに」


 (ふく……ろう?)


 謎かけのような言葉を残し、鈴のようなころころとした笑い声が周囲に響く。

 この後の記憶は、ない。

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