52話:友のため、彼女のため PART3
視線どころじゃない。周囲のざわつきが一斉に夏彦と未仔に突き刺さる。
突き刺されば突き刺さるほど、合わせた唇から相手の緊張が伝わって来るし、手繰り寄せ合う身体の体温が燃え上がるように高まっていく。2つの心臓が、ドクン、ドクン、と激しく脈を打ち続けてしまう。
それでも2人は抱擁を止めないし、唇同士を離そうとはしない。
見せびらかしているようにギャラリーには見えるかもしれない。
だが、それでも構わない。
草次と奏に伝えたい。愛情の伝え方は言葉だけじゃない、キスやハグなどのスキンシップ、温もりを共有するだけでも恋人を安心させることができるのだと。
『バカップル上等、バカップルで何が悪い』と、これでもかと二人だけの世界を見せびらかし続ける。
呼吸するのを忘れるほど長いキスを終え、二人だけの世界から夏彦と未仔が戻ってくる。
ノリと勢いは大事だが、飛び込んだ後のこともしっかり考えておくべき。
「~~~っ……!」
「み、未仔ちゃん!?」
恥ずかしがり屋の未仔は、羞恥メーターが振り切ってしまう。
『もうお嫁に行けない』というより、『もう嫁がせてください』状態。夏彦の胸に顔を押し付け、放熱モードに。
「よく頑張ったね」と労いの言葉を掛けてあげたい。
しかし、今すべき最優先事項は、彼女を安心させることではない。喧嘩中のカップルを修復させること。
自分たちができることは全てやった。
あとは、二人の気持ち次第。
ギャラリーたちの視線から庇うように未仔を抱きしめつつ、夏彦は声高々に思いの丈をぶつける。
「さあ! 草次と奏さんも仲直りのキスを――、」
「できるわけねーだろ!?」「絶対できませんっ!」
「…………」
草次と奏の見事なWツッコミが炸裂。
夏彦の感想。
(やっぱり……?)
ウチはウチ、ヨソはヨソ。
バカップルの行動は、バカップルにしかできない芸当なわけで。
夏彦と未仔、サンドバッグ。
「俺らのためとはいえ、よくもまぁ、こんな大勢の人前で大それたことできるよな……。相変わらず羞恥心が薄いというか無いというか……」
「本当だよ! 恋人同士がキスしてるの初めて見ちゃったけど、~~~っ! 自分がしてるみたいに恥ずかしくなっちゃう……!」
「ははは――、」「えへへ……」
「笑いごとじゃねーから」「笑いごとじゃありませんっ!」
「「……すいません」」
いつぞやのお叱りは草次だけだったが、今回は奏も加わりダメージ2倍。
不幸中の幸いは、未仔が隣にいてくれることくらいか。
イチャイチャ作戦は失敗?
公衆の面前でキス損? 恥のかき損?
そんなことは決してない。
踏ん切りがついたのか、憑き物が落ちたのか。草次は背負っていたボディバッグを正面へと回すと、中から『とあるもの』を取り出す。
それはギフト用の封筒。
草次はぶっきらぼうにも、その封筒を奏へと押し付ける。
「黙ってて悪かったな。ここ最近、記念日のプレゼント買うためにバイトしてたんだよ」
キョトンとする奏が、封筒の中身を確認してみる。
「! これって――」
確認してしまえば、感情は『疑問』ではなく『驚き』へ早変わり。
映画鑑賞券、遊園地の1DAYチケット、水族館や岩盤浴のフリーパスなど。
多くのチケットが封筒の中に入っており、バリエーションもさることながら、一番驚くべきところは全て2枚ずつ入っていること。
「そーちゃん、チケットが2人分入ってるのって……」
「そりゃ、俺とお前の分だろ」
「沢山チケットが入ってるってことは、沢山デートしてくれるってこと?」
「――、まぁなんだ。最近デートしてなかったから、埋め合わせも兼ねて、ってとこだな……」
草次の言葉が柄にも無いからか。はたまた、照れ気味でギコちないからか。
「…………フフッ!」
受け取った封筒を口元に当て、奏がクスクスと肩を揺らし始める。
「気に入らなかったか?」
不器用な男故、自分のプレゼントに絶対の自信を持てない草次は心配になる。
けれど、そんな心配は無駄でしかない。
奏は安堵しきった、目一杯の笑顔で言うのだ。
「そんなわけないでしょ。だって、私はそーちゃんの彼女なんだもん」
「っ! ……そうか」
「うん♪」
照れを必死に隠す草次、喜びを前面に押し出す奏。
2人の関係が元の仲良しカップルに戻った瞬間なのは言うまでもない。
愛おしそうにチケットを抱きしめていた奏は、物足りなくなってしまったのか。
「ごめんね。私、前言撤回します」
「ん? 何を前言撤回――、」
「そーちゃん、ぎゅううううう~~♪」
「奏!?」
草次が動揺するのも無理はない。
周囲の色めきなど物ともせず。この止めどない感情を抑えることなどできないと、奏が力いっぱい熱い抱擁を交わしてきたから。
すっかり甘えん坊モードとなった奏に、クールな草次もさすがに顔が赤い。
「さっき、恥ずかしいって言ったばかりじゃねーか」
「すっごく恥ずかしいよ? けど、そーちゃんに抱き着きたい欲が勝っちゃったから♪」
「大層な欲だな……」
「それにね」
「それに?」
首を傾げる草次だが、奏が向く先を見れば「ああ」と直ぐに理解してしまう。
「私たちのために頑張ってくれた子たちがいるんだもん。ちょっとは見習ってイチャイチャしないとって思っちゃうよ」
視線先にいるのは、当然、夏彦と未仔。
憧れの二人を仲直りさせることに成功させ、夏彦と未仔は充足感たっぷりの笑顔で見守り続けていた。
必要以上に温かく見守り続けていたからか。あまりにもニコニコと上機嫌になりすぎたからか。草次にジト目を向けられてしまう。
「てか、何でお前らがそんなに嬉しそうなんだよ……」
「いやいや! そりゃ嬉しいに決まってるって! 俺と未仔ちゃんのことを注意できないくらい二人ともアツアツなんだからさ」
「私もそう思いますっ。やっぱり好きな人を前にしちゃうと、いっぱい甘えたくなっちゃいますよね♪」
草次は、ハッとしてしまう。
「「ねー♪」」と、目の前でベタベタイチャつくカップルと、現状の自分たちが余りにも瓜二つなことに気付いてしまったから。
人の振り見て我が振り直せ。
バカップルも御多分に漏れず。
この場に留まっていても良いことは何1つないと判断したのだろう。
「~~~っ! ほら、さっさと夏祭り行くぞ」
クールなフリをする草次が、夏祭りの会場目指してスタスタと歩き始めてしまう。
恥ずかしがりつつ、奏の手はしっかり離さないままに。
そんな夏祭りに映える微笑ましい光景を見てしまえば、より一層、夏彦と未仔は笑い合ってしまう。
「未仔ちゃん、俺たちも行こっか!」
「うんっ♪」
夏彦と未仔も、軽やかな足取りで歩き出す。
勿論、二人に負けじと恋人握りをしたまま。
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明日からはエピローグ。
その後は、新シーズンもまったり初めていこうと思っております!
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