49話:彼氏彼女の心情 PART3

 薄っすらと暗くなり始める帰り道。

 夏彦の手を握り締めている未仔が、小さく呟く。


「私ね。ちょっとだけ安心しちゃった」


 その発言は不謹慎なのかもしれない。

 それでも夏彦は頷いてしまう。


「うん。正直に言えば、俺もホッとしてる」

「奏さんと伊豆見先輩、『もう別れちゃうかも……?』って心配になるくらいの雰囲気だったもんね」

「そうそう! もっと絶望的な事態も覚悟してたからさ。琥珀のいうとおり、情報収集しに来て本当に良かったよ」


 2人して見つめ合えば、「「だよね」」とクスクス笑い合う。

 一縷の望みかもしれないし、放置していれば自然消滅してしまう可能性だってある。

 当然、笑ってばかりいられないことくらい分かっている。

 未仔は遠い空に浮かんでいる一番星を眺める。


「お互いにとって大切な人だからこそ、悪い結果ばかり考えちゃうんだよね」


 夏彦とすれ違ってしまった先日を思い出しているのだろうか?

 きっと頭にはよぎっただろう。けれど、未仔の幼気な瞳、儚げになっていく表情は、もっともっと昔のことを思い出しているように夏彦は感じた。


 確信を持ってしまう。


「……俺と会わなくなった期間のことを思い出してるの?」


 案の定、正解だったようで、未仔は控えめに頷く。

 会わなくなった期間。すなわち、未仔に告白される前までのこと。

 付き合いたての頃、思い出の公園でも、未仔は当時の心境を吐露してくれた。

『中学時代、夏彦と疎遠になってしまい、ずっと寂しかった』と。


 大好きな夏彦に会いたいし、昔のようにお喋りしたい。沢山ドキドキしたい。

 しかし、恋い焦がれれば恋い焦がれるほど、臆病になってしまう。

『私のことなんか忘れてしまっているかも……?』と、良からぬ不安を抱いてしまう。


「不思議だよね」と未仔は苦笑う。


「考えれば考えるほど、悪い方向に物事を考えちゃうんだもん」

「よく分かる。やっぱり、期待を裏切られるのって誰でも怖いよ」


 お人好しな夏彦、感受性豊かな未仔だからこそ、沢山の予防線を張ってきたのだろう。

 とはいえ、それは昔の話。


「今はね? 勇気を持って一歩踏み出せて、本当に良かったって心から思ってるの」


 大好きな彼氏に大好きなんだと告げれば、未仔は夏彦の手を、一層大切に、一層愛おしそうに握り締める。

 その温かさが心地よく、夏彦も朗らかな笑顔になってしまう。元気が溢れ返ってしまう。


「うん! 俺、未仔ちゃんのおかげで、本当に毎日が充実してるんだ!」

「えへへ……。私もです♪」


 もう我慢できない、恋人握りだけでは物足りないと、未仔が愛する彼氏を横から抱きしめる。どうしようないくらいの甘えん坊っぷり。

 夏彦も負けてはいられぬと、未仔の頭を撫でたり、小柄な身体を尚も手繰り寄せたり。


 公園前の通り。井戸端会議する主婦たちの微笑ましい視線、部活帰りの中学生の熱視線などお構いなし。琥珀へ宣言したTPOを弁えている発言はどこへやら。

 仕方がない。今は未仔がどうしようもなく可愛くて、衝動が抑えられないときだから。


 勿論、ただただ幸せを噛みしめているわけではない。

 目一杯の愛情を確かめ合えば、夏彦と未仔の決意が強固なものに。


「やっぱりさ、好きな者同士がギクシャクしたままなのって良くないよね」

「うんっ。余計なお世話かもしれないけど、私とナツ君にとっても大切な人たちだもん。絶対仲直りさせようね!」


 しっかりと見つめ合い、しっかりと頷く夏彦と未仔。

 善は急げ。二人は作戦会議すべく、馴染みのカフェ目指して元来た道を戻っていく。




※ ※ ※




 作戦決行日である休日を迎える。

 機が熟すまでのウォーミングアップといったところか。

 クーラーがガンガンに効いた琥珀宅にて。夏彦は草次とゲーム対決を繰り広げていた。


 ゲームソフトは、最大8人まで遊べる大人気大乱闘ゲーム。

 今現在は1対1、男と男のタイマン勝負中である。


 夏彦操る赤帽子のオッサンが両手のひらから炎を捻出。草次操るイケメン剣士目掛け、火球の雨をこれでもかと降り注がせ続ける。

 草次は勇猛果敢にも降り注ぐ火球をかいくぐる。1つ、2つ、3つ……、多少のダメージは止むを得ずと突き進み、ついには攻撃の届く範囲にまで到達。鞘に収めていた剣を一気に引き抜く。

「ぐっ……!」と低く唸る夏彦は、鈍色の輝きを放つ刃を既のところで緊急回避。体力ゲージは限界値を超えているだけに、一撃でも良いのをもらってしまえば即死は免れない。


 夏彦の思い浮かぶ選択肢は……、

 一旦距離を取って、遠距離攻撃でダメージを稼いでいく?

 タイムアップまで持ち込み、サドンデスで決着をつける?


(否!)


 殴り合い上等。ここで逃げては男が廃ると、その場で応戦することを決意。


「くたばれ草次ぃぃぃぃ!」


 オッサン渾身のアッパーカットが、イケメンの顎へと叩きつけられる。

 はずだった。


「しまっ……!」


 攻撃がヒットしたのは、イケメン剣士の『残像』。

 オッサンが天高く空振りした拳の下、身を低く構えたイケメン『本体』が、溜め込んでいた力を解放。

 まさに一刀両断。肉眼では捉えられない剣撃が、オッサンの身体を場外ホームランの如く、遥か彼方の流れ星に。


 テレビ画面には『GAME SET』の文字。

 勝者が草次なのは言うまでもなく。


「……。なぁ草次」

「ん?」


 リザルト画面に悲しげな視線を送りつつ、夏彦は尋ねずにはいられない。


「本当にスマブラ初心者……?」

「まぁそうだな。前作はやってたけど、このシリーズは今日が初めてだな」


(俺、発売当日からやってんだけど……)


 肩を落とす夏彦の肩に、ポン、と手が置かれる。

 振り返れば、2人の対戦を見守っていた琥珀が優しく微笑んでいる。


「ええやないのナツ」

「琥珀……」

「変わらんよ。今更、劣るものが1つ2つ増えたくらい」

「慰めろチクショ―――――!」

「プッ――――――――――――!」


 優しく微笑んでいたのではなく、爆笑を必死に堪えていただけ。

 草次のセンスが卓越しているのか。夏彦の才能が平凡なのか。

 前者でもあり、後者でもあるところが悲しい話である。


「どないする? 今度はウチにボコられる?」

「やかましい! 一矢報いてやる!」


 失うものなど何もないと、夏彦は今一度コントローラーを握り締めようとする。

 のだが、


「ん?」


 ポケットの中のスマホから着信音が。

 画面を確認すれば、夏彦の表情から怒りや悲しみなど簡単に吹き飛ぶ。

 メッセージ主は未仔から。

 すなわち、機は熟したことを意味する。


 さすがは悪友(こはく)。夏彦の表情の変化を察知し、大きく背伸びしつつゆっくりと立ち上がる。


「じゃあウチ着替えてくるわ。ナツと草次は適当に片づけてといてー」


 琥珀はクローゼットからTシャツやらショートパンツを引っ張り出すと、そのまま洗面台へと入っていく。

 夏彦は夏彦で、命令どおりゲーム機器を棚に戻したり、テーブル上の飲みかけのジュースを冷蔵庫にしまったり。


 そんな家政婦じみた夏彦を眺める草次は、腑に落ちない様子で首を傾げている。

 それもそのはず。


「? 今からどこ行くんだ?」


 草次には何も教えていないから。







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【朗報】

おぱもみ、めでたく重版かかりました!

ありがとう! おっぱいフレンズ!


重版にあたり帯もリニューアルされたので、Twitterのほうにアップしておきますね。

おっぱいフレンズは是非是非。


2巻も春頃には出せると思いますので、マイペースに今後も頑張っていきます( ̄^ ̄ゞ ケイレイ!!




【変更】

草次がバイトする理由を、

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修正前:交際記念日のプレゼントを買うため

修正後:誕生日のプレゼントを買うため

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に変更しました。

物語にそこまで関係はないのですが、ご報告させていただきます。




【暇つぶしにどうぞ】

もう1つの作品、『構って新卒ちゃん』もよろしくどうぞ。

社会人さんだけでなく、学生さんでも普通に楽しめるので是非是非―。


-作品はコチラから-

https://kakuyomu.jp/works/1177354055408420052

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