29話:草次も高校生 PART2

 言葉足らずな草次の代わりに、奏が説明してくれる。


「そーちゃんのお父さんとお母さん、両方とも役所勤めの人たちなの。だから、平日は私たちでミッちゃんとサッちゃんの面倒見てるんだよ?」

「あっ。時々2人で帰ってるときって、ミッちゃんとサッちゃんを一緒に迎えに行くためだったんですね」

「ぴんぽーん♪ 他にも、全く家事ができない誰かさんの代わりに、料理や洗濯したり、お掃除なんかもしてまーす♪」

「……できなくて、悪かったな」


 居心地悪そうに呟く草次だが、奏としては双子だけでなく彼氏の面倒も見たいのだろう。家事ができなくてむしろOKと言わんばかりにクスクスと笑い続ける。


 未仔には気になることがあるようで、小さな手で目一杯挙手する。


「伊豆見先輩の家に行き来してるってことは、奏先輩は親公認でお付き合いしてるんですか?」

「うん! 私とそーちゃんの家族公認で付き合ってるよー」


 これが目に入らぬかと、奏がポケットから鍵を取り出す。聞かずとも伊豆見家の合鍵なのは明白。


「家族公認……! 羨ましいですっ……!」


『家族公認』というワードが、未仔にとって魅力的なのはもっと明白。宝石や指輪でも見つめるかのように、まん丸な瞳をキラキラさせて合鍵を見つめ続ける。

 それは夏彦も同じで、思わず通いみこを想像してしまう。



◇ ◇ ◇



 とある休みの日。夏彦が1人寂しく留守番していると、インターホンが鳴り響く。

 誰だろう? と扉を開けば、


「えへへ……♪ 通い妻しにきちゃった♪」


 何とも初々しい。エプロン姿の未仔が、買い物袋持参でご登場。

 通い妻らしく、甲斐甲斐しくも家事サービスのオンパレード。


 キッチンで料理を作っている未仔が、

「ナツ君っ、カレーの味見してもらってもいい? 隠し味はすりおろしリンゴです♪」

 小皿を手に嬉々とした表情で近づいてきたり。


 庭で洗濯ものを取り込んでいる未仔が、

「ナツ君と同じ匂いだ♪ 安心しちゃうなぁ~……」

 夏彦のシャツを愛おしそうに抱きしめていたり。


 風呂場から出てきた未仔が、

「お風呂掃除、完了しました。えっとね……? ナツ君のお背中流すのも手伝っていい、ですか……?」

 顔を赤らめつつ、モジモジ&上目遣いで催促されちゃったり。



◇ ◇ ◇



「~~~~~っ! 俺も未仔ちゃんに通われたい……っ!」


 一連の妄想からの悶絶は、もはやテンプレ。

 心からの叫びが駄々洩れれば、「私も通い妻しちゃう?」と言わんばかりに未仔が微笑んでくれる。「コイツ、きっしょ」と言わんばかりに琥珀がドン引いている。


 夏彦しては、今日からでも未仔に通い妻してほしいし、何なら今すぐにでも妻になってほしい。

 しかし、物事には順序がある。一人前の男になるまでは、「伴侶になってほしい」など口が裂けても言えない。

 そもそもの話、今は脳内お花畑を咲き誇らせている場合ではない。


「なぁ草次。何で妹たちを迎えに行くって、ちゃんと教えてくれなかったんだよ」


 怒っているというよりも、純粋な疑問だった。

「妹を迎えに行くから放課後は遊べない」と言えば済む話だし、隠し続けるほうが草次の最も嫌う面倒ごとな気さえする。

 夏彦が真っ直ぐ見つめ続ければ、観念したかのように草次はテーブルへと片肘つく。


 そして、本音を吐露する。


「……恥ずいから」

「え?」

「なんかダサいじゃん。妹いるから放課後は遊べませんって」


 思いがけない返答、目の前の草次の反応に、夏彦は驚く。

 あの草次、自分が大人だと思っていた草次が、『恥ずかしい』、『ダサい』といった言葉を口にした。気だるいからでなく、恥ずかしさを隠すためにテーブルへと片肘ついている。


 夏彦は当たり前のことに気付いてしまう。

 草次もまた、自分と同じ高校生なんだと。

 度合いの違いこそあれ、くだらない体裁を気にするお年頃なのだと。


 自分たち同様、ちっぽけな体裁を気にする草次に、夏彦は失望した?

 そんなわけがない。


「恥ずかしくないし、ダサくなんかないさ!」

「!? な、夏彦?」


 声を張り上げる夏彦が、熱量そのままに草次へと急接近。


「胸張っていいくらいだって! 忙しいご両親の代わりに、妹たちの面倒を毎日見てるんだから! 仮にダサいっていう外野がいたら、そいつらのほうがダサい!」


 思いの丈をぶつけるのは夏彦だけでない。


「そうですよ!」


 彼氏に感化された未仔まで、泡食らう草次へと前屈みに。


「いくら家族とはいえ、家族を最優先に行動し続けるのって難しいことだと思います! 妹ちゃんたち最優先で行動し続けられるって、すごい素敵なことですよ!」


 フィニッシュブロー。


「やっぱり草次はカッコいいよ!」「伊豆見先輩はカッコいいですっ!」


 これでもかというくらい、完膚なきまでに夏彦と未仔は大絶賛する。

 止めどない熱量をぶっ掛けられた草次は、何を思うのだろうか。


「夏彦と未仔ちゃん」

「「?」」

けー」


 草次、目と鼻の先にいる2人に、相変わらずのクールぶりを披露。


「全く……。よくそんな恥ずかしいこと、お前らは仲良く言えるよな」

「ははは……」「……えへへ」

「褒めてねーから」

「「……。すみません……」」

「…………ふっ! はははっ!」

「そ、草次?」「伊豆見先輩?」


 どうしたことだろうか。クールな男がツボに入ったように笑い始める。

 夏彦と未仔は、何が起こったか理解できない。


 ぽかんとする2人に対し、目尻にたまった涙を拭いつつ草次は告げる。


「いやー、悪い悪い! 恥ずかしいことを堂々と言うお前らを見てたら、俺が気にしてたことって、スゲー小さいことなんだなって思えてさ!」


 片肘つくのを止めた草次は、堂々と白い歯を見せる。その笑顔はいつも通り、爽やかで晴々した笑顔だった。

 顔を見合わせた夏彦と未仔も、直ぐに笑顔になってしまう。






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草次の本音が聞けたところで、次話が2章ラスト。


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