58話:守るため、その手に掴むもの PART1
三つ
ということはなく、
「夏彦くーん、ほうれん草のお浸し食べれるー?」
「あっ! 食べれます!」
「おっけー♪」
未仔母の明るく弾んだ声がキッチンから届くと、引き続き小気味よい包丁音や、味噌汁の匂いなどが夏彦の食欲を刺激する。
地獄のやり取り後、未仔宅へと招待された夏彦は、リビングにあるテーブルに腰掛けていた。
決して朝食待ちというわけではなく、未仔父との話し合いをするために。
今は未仔父のシャワー待ち。いわば心を整理する時間といったところか。テーブル中央の花瓶に入った黄色い花々は、眺めているだけで夏彦の緊張を緩和してくれる。
「その花、綺麗だろう?」
ついには、シャワーを浴び終えた未仔父がリビングへと入って来る。
「オトギリソウといってね。小さい花なんだけど、1本1本の雄しべがとても長いから、力強い印象を与えてくれるんだ」
職業はボディビルダーではなく、本当に花屋らしい。夏彦前の席に腰掛けた未仔父は、手に持った霧吹きで丁寧に花たちへと水やりしていく。
分かり合うことは難しいかもと思っていた夏彦だが、素直に頷いてしまう。未仔父の言うとおり、オトギリソウなる花は力強く、同時に美しいとさえ感じてしまったから。
まるで夜空に咲き乱れる、幾数もの打ち上げ花火を見ているようだ。
「花言葉も良くてね」
「へー……。どんな花言葉なんですか?」
「敵意、恨み」
「ぶっ……!」
前言撤回。分かり合うこと最難関。
「ふっ……、冗談だ」
一体全体、何が冗談なのか分からない
とはいえ、敵意だけでなく感謝する心も持ち合わせている。
未仔父はテーブルに両手のひらを載せると大きく頭を下げる。
「昨日は未仔を家に泊めてくれてありがとう」
「い、いえ!」
「ご家族の皆さんにも、とても迷惑を掛けてしまった。未仔を迎えに行く際には、改めて君のご両親や妹さんにもご挨拶させてもらうよ」
誠心誠意謝罪する未仔父は、娘を大切に想っていることが伝わって来る。
大切に想っているからこそ、
「夏彦君。君が単身、我が家にやって来た理由を教えてもらってもいいかな?」
「……っ!」
ソレはソレ、コレはコレ。まどろっこしい話はナシだと、単刀直入な問い。
上腕二頭筋へと力を溜め込む未仔父は威圧感たっぷり。
「わざわざ制服などとかしこまって、結婚の挨拶でもしにきたのかい……?」
ライオンだったら毛並みが逆立っていたし、霊圧があるのなら床にひれ伏してしまう。
「結婚の挨拶しにきたと言ってみろ。別れの挨拶をくれてやる」というメッセージがひしひしと伝わって来る。
視線が突き刺されば突き刺さるほど、手汗は止まらなくなるし、呼吸の仕方だって忘れてしまいそうになる。
何よりも目を逸らしたい。俯いてしまいたい。ひたすら怖い。
しかし、
「お、俺は……」
夏彦は目を逸らさない。俯かない。逃げ出そうとは決して思わない。
守ると約束したから。
大好きで大切な彼女を。
「俺は未仔ちゃんとずっと一緒にいたいです!」
「ずっと、だと……?」
「ずっとです! それだけを伝えにきました!」
プロポーズとも取れる発言なだけに、いつ上半身を消し飛ばされてもおかしくない。
未仔父とて、自我があるうちは、力での解決は極力避けたい。
「君と娘は昔からの知り合いのようだが、交際期間はそこまで長くないだろ。何故そこまでの決意を固められる?
「一時の感情なんかじゃありません」
最後まで言わせる必要がないと、夏彦は即否定する。
未仔との思い出を振り返れば、怖さより勇気が身体を満たしていく。
「告白されたときは本当にビックリしました。俺は未仔ちゃんのことを、妹の友達という認識で今まで見ていましたから」
声の震えは治まっていき、下がっていた口角も少しずつ上がっていく。
「失礼な話、ドッキリとさえ思っていました。交際どころか、浮いた話さえ生まれてこの方無かったので。こんな可愛い子が告白なんて有り得ないだろうって」
「……」
「ですが、直ぐにドッキリなんかじゃないって気付けました」
「……何故だ?」
「こんな優しい子が、誰かを傷付ける嘘なんか絶対つかないなって」
「っ!」
抽象的で確信を得るには乏しすぎるかもしれない。
それでも未仔父は否定しない。信じざる得ない。
知っているのだ。夏彦と同じくらい、それ以上に未仔が優しい子だということを。
「誰よりも優しい未仔ちゃんが、俺のことを誰よりも優しいって言ってくれるんです。特別な存在って言ってくれるんです。そんなの好きになるに決まってるじゃないですか、守ってあげたいって思うに決まってるじゃないですか」
優しいだけでは未仔を守れない。
守るためには、果てしなく高い壁を乗り越えないといけない。燃え盛る大地や、荒れ狂う海も渡らないといけない。
そして、屈強で威圧的な父親にも挑まないといけない。
夏彦は声を張り上げる。
「以上! 俺が未仔ちゃんと一緒にいたい理由です! 決して、一時の感情なんかじゃありません!」
伝えたいことを全て言い終え、夏彦は呼吸を乱してしまう。肩が上下して汗も滲み出る。
思いの丈、未仔への愛情を目一杯ぶつけることができた。
どれくらい経過しただろうか。たかだか数秒なのだが、永遠とさえ感じてしまう。
しん、とした空間。
未仔父が深く、重々しく息を吐く。
「好きにしろ」
「! そ、それって……!」
「とは言わん」
「え」
安堵できると思いきやの右フックに、夏彦間抜け面。
間抜け面を見たからか。
「……ククッ! ワハハハハハハ!」
未仔父大爆笑。
殺意に満ち溢れていた表情が嘘のよう。屈強な男に相応しい、晴れやかで豪快な笑顔で笑い続けるではないか。
夏彦としては理解不能で、
「えっと、その……、未仔ちゃんのお父さん……?」
「当たり前だ! まだまだ半人前の君に、娘をやるなんて言えるわけないだろ!」
「そうですよね……」
「けど、覚悟だけは伝わった」
「!」
「しばらくは、君と娘の関係を見守らせもうらうよ」
「…………。 !? そ、それって! 俺と未仔ちゃんの交際を認めてくれるってことですか!?」
「認めてほしくなかったら、言葉を撤回してやってもいいぞ」
「と、とんでもない! お言葉、ありがたく頂戴させていただきます!」
夏彦が大慌てで深々と頭を下げれば、わざとらしく未仔父が鼻を鳴らす。
ツンデレを見せる父親とは対照的。
「おめでとー、夏彦君♪」
ずっと様子を伺っていたのだろう。キッチンにいたはずの未仔母が、ニッコリ笑顔で2人のいるリビングへ。
「お父さんね、夏彦君と未仔の交際を反対してたわけじゃないのよ?」
「えっ。そう、だったんですか?」
「そうそう。ね、お父さん?」
「母さん、余計なことを……」
妻のキラーパスを受け取ってしまった未仔父は、仕方なしにと夏彦へと打ち明ける。
「心配だったんだ」
「心配、ですか……?」
「ああ。君が未仔に相応しい男かどうか」
未仔父は続ける。
「夏彦君の言うとおり、未仔は優しい子だ。けど、自己主張が苦手でもあるんだ。親の立場から見ても、損な役回りを押し付けられることが多いと感じるくらい」
彼氏の立場からしても、未仔の性格に当てはまっていると夏彦は思った。
同時に、自分自身のことを指摘されているような気もしてしまう。
「そんな気弱な娘が、ある日言うんだ。『好きな人の通う学校に入学したい』と」
「俺、ですね……」
「そう、君だ」と睨まれてしまえば、夏彦は苦笑いしていいのかすら分からない。
「親からすれば、当然心配になるだろ。『もしや、悪い男に
「それで、必要以上に俺を威嚇――、警戒してたんですね」
「そういうことだな」
過保護というか、親馬鹿というか。
とはいえ、夏彦には未仔父の気持ちが痛いほどに分かる。
必要以上に守りたくなってしまうほどに、未仔は健気で純情だから。反対されると分かっていても嘘をつかず、真っ直ぐに理由を述べるような優しい子だから。
「高校生活が一度しかないことは分かっている。けど、人生だって一度しかないんだ」
重みのある言葉に、思わず夏彦は生唾を飲み込んでしまう。
未仔の一度しかない貴重な人生を、既に背負っていることを思い知らされる。
「夏彦君。今の話を踏まえて、改めて
「!」
未仔父の真剣な面持ちに、夏彦の鼓動が再び高鳴り始める。
子供であったり、青二才を見る目ではない。未仔父は夏彦のことを『一人の男』として見つめている。
力強い瞳が言っている。お前は本当に未仔を幸せにできるのか、と。
確証などないのだから、無責任なのかもしれない。
それでも、
「俺の気持ちは揺るぎません。俺は未仔ちゃんとずっと一緒にいたいです」
未仔を幸せにしてあげたい、幸せにしてみせるという気持ちで満ち溢れている。
「……そうか」
一点の曇りなき、力強い答えに、未仔父も納得したのだろう。
だからこそ、優しい言葉で語り掛けてくれる。
「良かったな、未仔。夏彦君の本心が聞けて」
夏彦ではなく、その背後にいる未仔に。
「えっ、未仔ちゃん――、」「ナツ君っ……!」
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次回、未仔登場。
ついに大団円なるか。
なるか……?
一部完まで、ラスト2話。
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