51話:未仔ちゃん急を告げる

 命からがら、自宅へと帰還したその夜。

 本来ならば甘々で幸せいっぱいのデートを、妹に自慢するはずだった。

 はずだった。


「花屋!? うっそだぁ!」

「嘘じゃないよ。ミィちゃんのお父さんは、お花屋さんだよ?」


 夕食終わりのリビング。夏彦は新那から衝撃の事実を聞かされ、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 話題はデートではなく、当然、未仔父について。

 夏彦は改めて未仔父の姿を思い返すが、やはり従業員エプロンよりもタンクトップ姿の男しか想像ができない。花束を抱える姿より、ベンチプレスを持ち上げている姿しか思い浮かばない。


「花屋は仮の姿で、地下格闘家とか暗殺業を生業なりわいにしてるんじゃないの……?」

「夏兄、漫画の見過ぎ」

「いやいやいや、漫画脳にもなるって! 未仔ちゃんとタイプが違いすぎて、ライオンがウサギ育ててる感が半端ないしさ!」

「ミィちゃんはお母さん似だからね~」

「まぁ……、そう言われてしまえば、そうだったな……」


 幼い頃、夏彦は未仔母に何度か会ったことがある。

 未仔と同じく小柄なお母さんで、年の離れたお姉さんと紹介されても頷いてしまうほど、若々しく未仔にそっくりだった。


「そうでしょ?」と相変わらずマイペースな新那は、夏彦の飲んでいたコーラを回収し、自分の食べているバニラアイスへとゆっくり注いでいく。


「それに、ミィちゃんのお父さん、昔はもっとシュッとしてたんだよね」

「え?」

「5年くらい前からかなぁ。ミィちゃんのお父さん、いきなりスポーツジムに通うようになったらしいよ」


 夏彦は何となしに嫌な予感がした。


「その理由って、ひょっとして俺が関係してる……?」

「んー、どうだろーね。ミィちゃんいわく、『鍛えないといけない理由ができた』の一点張りだとか」

「ぜ、絶対俺を殺すためだ!」


 予感が確信へとチェンジし、夏彦は絶望の淵へと叩き落される。

 我が娘を守るため。その一心で、細身だった男が筋肉という鎧を身にまとい、自分を粉微塵こなみじんにしようとしていることが、ただただ恐ろしい。 

「コーラフロート美味しい~♪」と目の前でまったりする妹が、ただただ羨ましい。


 いくら羨ましがっても、事態は何も変わらない。

 自分から恨みを売った覚えはないが、恨みを買われた覚えはある。

 特に夏彦が最要因だと考えてしまうのは、


「やっぱり、俺きっかけで進路先変えたのが一番の逆鱗げきりんだよなぁ……」

「う~ん……。否定はしづらいかも……」

「そうだよな~……」


 夏彦はガックシとその場でうなだれてしまう。

 先日、暮れなずむ公園で未仔の口から聞いた一言が脳内再生される。


『ナツ君と同じ高校に入って、告白しようって』


 自分に想いを伝えるため、父親に大反対をくらってまで、未仔はエスカレーター式の学校ではなく、夏彦の通う高校へと進学してきた。

 未仔は後悔は一切ないと言っていたし、夏彦としても彼女を後悔させないためにも全力で協力していきたいと本気で思っている。

 けどだ。


「俺だって、好きな男のいる高校に入りたいって、自分の娘が言ったら大反対しちゃうよ」


 父親の立場で考えた場合は、話が別になってしまう。

 未仔父も、意地悪で自分たちの関係を悪く思っているわけではない。むしろ、娘を大事に思っているからこそ、敵対意識を抱いているのは分かっている。


「まぁ、お父さんの立場からしたらそうだよねー。どこの馬の骨か分からない男に人生預けるんだから」

「どこの馬の骨って、お前……。未仔ちゃんの親友の兄くらいは分かってるだろ」

「余計印象悪いかもよー? 友達のお兄さんが手を出してきたみたいで」

「た、確かに……。てか! お前はどっちの味方なんだよ!」

「どっちも何も、にーなはミィちゃんの味方だよ?」

「……。親友として100点満点の答えかよ……」


 にへら~、と笑う新那はやはりマイペース。

 とはいえ、何も考えていないわけでも、兄の敵でもない。


「こういう問題は、じっくり解決していくしかないんじゃない?」

「じっくり?」

「そーそー。夏兄がどれだけミィちゃんを大事に思ってるかアピールし続ければ、『あ、コイツは本気なんだな』って、ミィちゃんのお父さんも分かってくれるだろーし」

「なるほど。一理あるな」

「でしょー? 『千里の道も一歩から』、『塵も積もれば山となる』、『小さなことからコツコツと』だよ」

「師匠の言葉をドサクサに混ぜるなよ……」


 妹の天然具合も相変わらずなものの、アドバイスとしては実に的を得ている。


「……まぁ、ウダウダ悩んでても仕方ないってことか」

「そういうことだねー♪」


 複雑で難しい問題だからこそ、一朝一夕で解決できる問題ではない。

 心配や不安で焦り続けるくらいなら、具体策を考え続けることに時間を割くべき。

 夏彦は腕組みしてうなってしまう。


「まずは信用を得るために何をするかだよなぁ」

「とりあえず、夏兄も鍛えることから始めたら?」

「なんでだよ」

「『娘が欲しくば、父を倒せ』ってなったときのために」


「そんな昭和のスポ根じみた……」と呟く夏彦だが思い出してしまう。

 未仔父のモノノフじみた筋肉を。


「うん……。腕立てとかスクワットくらいはしていこうかな……」

「手伝ってあげよっか?」


 思い立ったら吉日。「頼む」と頭を下げた夏彦は、その場で腕立て伏せを開始。

 アイスを食べる新那を背に乗せて。


「ぐ……っ、いきなり負荷を掛けすぎた……」


 3回目の腕立てで限界を感じているときだった。

 ピンポーン、とインターホンのチャイムが鳴り響く。

「はいは~い」と新那が立ち上がり、夏彦の身体に軽さが戻る。


 掛け時計を見れば21時過ぎ。こんな夜分遅くに誰だろうか。

 回覧板? 宅配便? はたまた怪しい勧誘?

 夏彦の疑問は、新那の一言で吹き飛ぶ。


「あれ? 未仔ちゃん?」

「え?」


 思わぬ人物の名前に、キョトンとしてしまう。

 キョトンしている場合ではない。何用だろうと、インターホンへと駆け寄った夏彦も、そのまま画面を覗いてみる。

 確かに、しっかり未仔が映し出されていた。


 夏彦の心臓がギュッ、と握られる。


「未仔、ちゃん……?」


 画面に映る未仔を見た夏彦は、走らずにはいられなかった。

 天真爛漫な未仔が、涙ぐんでいたから。

 全速力でリビングから玄関へ向かった夏彦は、勢いそのままに扉を開く。


「未仔ちゃん! 一体どうしたの――、」

「ナツ君っ……!」


 尋ねるよりも先、顔を見て安堵した未仔が、夏彦を力いっぱい抱き締める。

 涙を流しながら。






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今回の話、未仔ちゃん出てこないのかよと見せかけ、ラストに登場。

波乱の幕開け。



『おっぱい揉みたい~』の投稿開始から、もう3ヶ月以上経過してるみたいです。

文庫本1冊分くらいは書いていることにビックリ。

あと30ページ分くらい書き終えて、新シーズンに入れればと思っております。

今後もよろしくどうぞ!



【雑談】

ついに4月突入しましたねー。

新入生さん、新社会人さんの季節到来。おめ。

慣れない環境は大変かと思いますが、あまり飛ばし過ぎないよう、マイペースに頑張って。

くじけそうになったとき、くじけたときは、未仔ちゃんに癒やしてもらえばいいじゃない。




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