第73話 渡辺と味噌職人

 道の向こうから目を野生の真っ赤に充血させ、犬歯を鋭く研ぎ澄まし、飢えた獣の呻き声をあげた、とってもカワイイ涙目のチワワが歩いてくる。今日は花柄でピンク色のお洋服を着ている。


 お出かけでもするのかな?


その後ろから、相変わらずウルサイ色のドレスを着たオバサン。いよいよ宝石は歯の中にも進出し、何、全身が宝石になってしまうのではないか。


「お前は一昨日、俺様が噛んでやった人間じゃねぇか!」


 エリザベスちゃんは渡辺の姿を見るや、鼻で笑って近付いてきた。


「まぁ、大の大人が素っ裸で! アナタ達、ここにあったエリザベスちゃんのウンコはどうしたの!」

「それなら、俺達が拾ったぜ」


と竜二が勝ち誇って、ババァにビニール袋を見せた。


「きぃぃぃぃ! それはエリザベスちゃんが一生懸命、電柱に拵えたウンコなのに! いつものクソジジィといい、エリザベスちゃんの縄張りを荒らすなら、タダじゃおかないわよ!」

「そんな事はどうでもいい!」


 ここで渡辺が怒りで前に出た。


「おい、エリザベス!」

「んだ、この野郎! 俺様に話しかけるな!」

「お前は手下にちゃんと教育したのか! これを見ろ!」


 渡辺は歯方がついてしまった己の優しいお尻をエリザベスちゃんに見せた。あまりにも優しいお尻にババァも「まぁ、お花みたい」と渡辺のお尻を見て言った。


 渡辺は嬉しくなって、顔を赤くした。


「もう、いい」


 渡辺は嬉しくなって、その場を引いた。照れるな。


「おい、渡辺。ちゃんと言うだぜ」

「なに?」

「褒められて引いて、どうする。ちゃんと言えよ」

「いや、でも褒められたし」


 お尻についた歯形のことで怒ろうと思ったけど、お尻を褒められたから、もう良いかと思った渡辺であったが、「ちゃんと言えよ」と竜二と蓬田に背中を押され、渡辺はまた優しいお尻をエリザベスちゃんに見せた。


 おしーり。


「それがどうかしたのか!」

「テメェの部下に噛まれたんだろうが!」


 キャイーン!


 渡辺の怒鳴り声にエリザベスちゃんとババァは驚いた。


「お前の作ったルールに乗っ取って戦ったら、ウンコを電柱においたのに噛みやがって、ちゃんと教育しとけ!」


 渡辺の怒りに、エリザベスちゃんは「そりゃ悪かった」と、ルールを守らなかった犬たちを集めて、「テメェら、俺が恥かくだろうが!」説教を始めた。


「言ってやれ! エリザベス!」


 強者の盾を手に入れた渡辺は、ここぞとばかりに手下の犬どもに逆襲を開始した。

 そして、エリザベスちゃんの後ろで「やーい」と犬たちにムカつく顔を見せた。犬たちは、ムカついた。


「渡辺。このオバサン、見覚えあるぞ!」

「何?」


 渡辺は驚いた。動物大好きの蓬田は見覚えのあるババァ。まさかこのババァ、ブスすぎて、人間の限界を突破し、ついには動物の領域に入っていたのか。


「こいつ、伝説のクイズ王。ワイーン川島だ」

「ワイーン川島だと! 誰だ!」


 蓬田の説明が始まった。しかし、今回は大好きな動物の話ではなく、大嫌いなババァの話だったので、とても簡潔でアッサリしていた。


ワイーン川島はかつてクイズ番組ブームの際に『早押しの女帝』の異名を持ったクイズ王であった。しかし、番組収録の際、スタジオに犬を連れてくる行為が常習化し、周りに迷惑をかける存在でもあったという。

 特に名クイズ番組『アタック36』においては、放送中に犬がカメラの前を走り回るという暴挙、さらに川島の全パネル獲得による優勝で商品総なめとテレビ局のスタッフを泣かせ、画面のど真ん中にエリザベスちゃんが特大ホームラン(ウンコ)をぶっ放し、それ以降、クイズ番組から声がかかる事はなくなったという。

が、クイズは辞めても、本業の色々な場所に犬を連れて行って迷惑する事だけは止めてない。

川島には電車だろうが、戦場だろうが関係ない。川島が「犬が必要!」と思った場所こそがドッグランなのである。


「アンタら、マッドセガールの退学生だね。前にクイズで答えたわ、その制服」

「だったら話が早い。その犬もろとも、俺と勝負しろ! 俺が勝ったら、ウンコをどかせ!」


 渡辺は手っ取り早く、ウンコをどかしにかかった。もう、お尻を噛まれた時点で全てが面倒臭くなっていたのだ。


 早く終わらそう、こんな企画。


「嫌よ、ここはエリザベスちゃんのテリトリーよ。味噌職人は出て行きなさい! この街はいずれエリザベスちゃんのモノになるのよ」

「そうはならない。あと少ししたらマッドセガール市警の警官がここに来る」


 蓬田がそう言うと川島は鼻で笑った。


「警察に何ができるって言うのよ。今まで何もできなかったのに。エリザベスちゃんのウンチはいい匂いがするのよ」

「犬を捕まえられなくても、糞を片付けない飼い主を逮捕できない警察じゃないだろ」

「だったら、そこの味噌職人はどうなるのよ!」


 川島はそう言って、味噌職人こと渡辺を指差した。

「よっ! 味噌職人!」と竜二はこの川島の侮蔑の呼び名をポジティブに判断し、渡辺を囃し立てた。そして、優しい尻→味噌職人と、一日に二回も褒められて、まんざらじゃない笑みを浮かべる渡辺であった。

 この好形に味噌職人は「まぁ、俺はただの変態だから」と謙遜して川島に言った。

今や味噌職人は、全裸で電柱に味噌を塗る変態として警察からも太鼓判を押されている存在だ。犯罪なんて小さいスケールで味噌職人は測れないのである。


「渡辺は、一時間でお前らを捕まえないと逮捕されんだよ」

「えっ!!」


蓬田の発言に振り返る渡辺。マジ?


「さっき警察が一時間で片付けろって言っただろ」と蓬田。


マジ?


 渡辺は「でも、俺は変態で、犯罪じゃないだろ」と必死で食い下がるが「変態は犯罪よ」と川島に言われてしまった。さすがクイズ王、正解である。

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