第62話 渡辺と斬新
四人は「なんだ、なんだ?」とゾロゾロと園長室に入っていった。
「家長が、昨日の山芋事件のせいで、ワルモンに登録された」
「えぇ!」
一同、騒然。
登録名は『ネバネバーギブアップ家長』という冴えない名前であった。「これ考える人、もっとセンスある人にしないのかなぁ?」と渡辺は疑問に思った。毎度、ダサすぎる。戦う方の身にもなって欲しい。
「まぁ、まだ初期の段階だから、しばらく大人しくしていれば、すぐに元に戻る」
なんだか痛風の診断を受けているような口調で髭男は家長に言った。この二人が話していると、健康診断の数値が悪かったようにしか見えなかった。
予想外の出来事に流石の家長も開いた口が塞がらず、髭男から「しばらく山芋は控えろ」と忠告を受けてしまった。「しばらく山芋は控えろ」という言葉を渡辺は気に入った。アルコールはよく聞くが、なかなか風情のある下ネタである。
しばらく山芋は控えろ
渡辺は心の中で復唱した。そして、風を吸い込んだ。
教室に戻る間も、しばらくは山芋を控えないといけない家長は落ち込んで、シュンとしていた。
「まぁ、気にするな、ネバネバーギブアップ家長」
渡辺がそう言って家長の肩を叩いた。家長はさらに落ち込んだ。
で、四人は再び電撃町へと足を運んだ。
「今回は依頼人がいるらしいんだよ」
ほぅ。依頼人。
「斬新だな」
いよいよ俺も客を取るまでになったか、と渡辺は己の成長にシミジミとした。ぼろ負けしたくせに。
蓬田に案内され、電撃駅前の駐輪場の事務所を訪ねた。物置みたいな小屋の中、お爺ちゃん二人が仕事そっちのけで談笑をしていた。
「あそこみたいだぞ」
蓬田が指差した先の老人二人を見て、渡辺は覚悟を決めた。
「老人を殺すのは忍びないが……」
渡辺は、二人の姿を見るや、何を勘違いしたか甚平の帯を締め直し「入れ歯が臭いんじゃ致し方ない」と気合いを入れ、忍者の様に体を屈め、家長と二人で忍者走りをしながら、事務所に近付いていった。忍者ごっこのようで楽しい。
「おい。マッドセガール工業幼稚園から来たんだけど」
蓬田がガラスを叩いて中の二人に声をかけると老人の一人が「あぁ、ご苦労様」と外に出て来た。
渡辺は老人が出てくるや、死角からすかさず「死ねぇぇぇぇ!」といきなり老人の口の中に右手を突っ込み、「生きろぉぉぉぉぉぉ!」と入れ歯を引っ張り出した。
渡辺の突然の先制パンチに入れ歯を奪われた老人は吹っ飛んだ。ダメージはゼロだが。迫力だけは凄かった。
「ひゃひひゅるんじゃ!(なにするんじゃ)」
いきなり入れ歯を引き抜かれ、何を言ってるのか解らないが怒っているという事を全身でエチュードしてくるお爺ちゃんA。
「シゲさん!」
相棒のピンチを見かねて、事務所からもう一人の死に損ない、お爺ちゃんBが飛び出して来た!
「シゲさん!」
シゲさんの見るも無残なお口に、お爺ちゃんBは涙を溢した。おのれぇ。
「おのれぇ、マッドセガール工業幼稚園めぇ、シゲさんの入れ歯を返せ!」
お爺ちゃんBは戦闘態勢に入ったらしく『ゲートボールと年金』と書かれた鉢巻をデコに巻き、死ぬ覚悟を決めた。
「威勢だけは評価してやる、ワルモン」
渡辺は奪った入れ歯を手の平でポンポンとさせながら、お爺ちゃんBを睨み付けた。
「だが、俺にワルで敵うと思ってるとは二年早い!」
渡辺の怒鳴り声に、お爺ちゃんBは「うっっ!」と心臓を抑えて、その場に倒れた。
「さくしゃん!」
シゲさんは入れ歯を抜かれ、女走りでお爺ちゃんBに駆け寄った。入れ歯を取られるとなぜ人は女走りになるのかは、永遠の謎である。
「ふっ、入れ歯なだけに、口ほどにも無い」
渡辺はユーモアを交えた捨て台詞を吐き、その場を去ろうとした。
「任務完了だ」
「コイツ等はワルモンじゃねぇよ、渡辺」
「何っ!」
蓬田の忠告に驚き、「そんな筈はない!」と、渡辺は入れ歯の匂いを嗅いだ。『ポリデントを買うのを拒んでいるワルモン』と予想していた渡辺に反して、シゲさんの入れ歯はホンワカ酸っぱい匂いがする向こう側に、科学的に消毒臭が隠れていた。
「馬鹿な……そんなハズは……そんな筈は!」
現実を受け入れられない渡辺。しかし、入れ歯を嗅げば嗅ぐほど……シゲさんの人柄の良さが見えて来て、好きになりそうだ。
「馬鹿な! 大好きだ!」
渡辺は自分の読みが外れた現実が受け入れられず、跪いた。何をやっている渡辺!
「お前って、直感でワルモンが解るんだぜ?」
が、竜二に言われ、「そう言われればそうだね」と呆気なく認めた。
「てか、今回の敵はウンコの奴だぜ」
「そうだった、忘れていた。入れ歯ではない。ウンコの奴だ」
ジャンルが違う。レンタルビデオ屋だったら、大失態だ。
渡辺は「ごめりんこ」と、シゲさんに謝って入れ歯を返した。
「サクさんはどうするんじゃ!」
「そいつは、知らん!」
「鬼!」
シゲさんから泣いて恨まれた。しかしシゲさんの友人、サクさんこと作蔵は、救急車で運ばれ、それから数日後に復活したので安心である。しかも、気を失った夢の中で、憧れの名優、勝新太郎から「サクさんとゲートボールで一本、映画を撮りたいねぇ」と言われてる夢を見ているので、とても大丈夫なのである。
とは言っても、失神してる人間の夢を生きるものは見ることができない。
渡辺もさすがに責任を感じ、お詫びとして駐輪場の土に吉永小百合(裸)の似てない似顔絵を描き、「死ね! クソガキ!」とシゲさんに泣いて怒鳴られ、許してもらった。
救急車が作蔵を連れて行った。渡辺はドナドナを歌った。シゲさんに「この野郎」と胸ぐらを掴まれ、許してもらった。
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