第61話 渡辺と説教
最近開発されたばかりの閑静な住宅街『電撃町』
渡辺は竜二、家長と電撃町の下見に来た。
「ウンコ」と聞いて、すぐに園長室を出て来てしまった為、また髭男から指令を聞き忘れてしまった渡辺。蓬田が聞きに行き、後から合流する運びになっていた。
うっかりミス。
「しかし、静かで良い所だよな、俺も将来はこういう処に住みたいぜ」
呑気な竜二がニヤニヤして言い、渡辺はムカッとした。電撃町は至って普通の住宅街なので、さっきからすれ違う人すれ違う人、ことごとく普通な顔をしていやがる。こう、「一発かましてやる!」っていう獲物を狙う目すらしていないのだ。
ワルのワの字もありゃしない。「そんなんだから、ワルモンに狙われるんだ!」と危機感の無い住人に、渡辺は怒りを覚えた。ボロ負けのくせに。
「渡辺、この一軒家、一個一個に家庭があるのかな?」
家長が突然、渡辺にポエムを投げかけて来た。これは、どういうことだ? ワルを目指している男がなにを呑気に言っているんだ。と、渡辺は少し家長を見損ないかけた。
「だったら何だっていうんだ?」
「という事は、この家の数だけ、スケベがあるって事だな」
家長は嬉しそうに言った。渡辺もそれを聞いて「いいなぁ」と笑みを浮かべる。アフリカを越えて来た、家長の世界観であった。空想に戯れる二人を、お昼過ぎの木漏れ日が包み込む。
「例えば、あの家族だ」
家長が指差した先、子供を真ん中にして手を繋いで歩いている三人家族がこっちに笑いながら歩いてくる。さっきまで渡辺が嫌悪していた連中だ。生命保険のパンフレットか貴様らは。
「あれがどうした」
「ああやって幸せそうに歩いているけど、結局はスケベだっただけなんだよ。子供は言い訳なんだよ」
「ほぅ」
渡辺はそう言われて、三人を見た。子供は言い訳。そういう視線で見ると、両端の夫婦からジンワリとエロスが浮かび上がってくる。子供を言い訳にしているが、バレバレだぜ!
ほわ〜ん。
渡辺と家長は悦に浸った。馬鹿な奴らだ、悦になっちまったらこっちのもんだ。
来てよかったぜ、電撃町。
そんな事をしてたら、ワルモンらしき人物に会う事も無く電撃駅まで戻って来てしまった。
「ワルモンのワの字もなかったぜ」
渡辺はワルモンを見れば、ワル独特の雰囲気で見分ける事が出来る為、見逃す事は無い。
「実は髭男のデマなんじゃないか?」
渡辺はうすうす今回のワルモン退治の指令を疑い出した。とにかくワルモンがいないなら、退治も出来ない。渡辺は颯爽と解散を宣言し、帰路へとついた。
飛んだ無駄骨を折ったぜ。
翌日。
「何で帰ったんだよ」
渡辺、竜二、家長は教室の真ん中で、蓬田に正座されられていた。
「後から合流するって言ったよな、俺」
昨日、渡辺達が先に帰った電撃駅前で、後から来た蓬田は待ちぼうけをくらったのだ。三人に連絡を取ろうと電話をしたが、渡辺は携帯を家に忘れ連絡が取れず、おまけに竜二は帰りにカツアゲにあい、チンピラに携帯をとられてしまっていた。
「テメェ、天下のマッちゃんの園児がカツアゲされてんじゃねぇよ!」
渡辺は竜二の胸ぐらを掴んた。
「話を逸らすな」
蓬田に怒られ、渡辺は再び正座に戻った。話をすり替えようとしたが失敗に終わった。すんません。
「家長は何で出ねぇんだよ!」
蓬田が家長を睨むと、渡辺は「よし来た!」と立ち膝をつき、いつでも家長に説教を浴びせられる体勢に入った。竜二では失敗したが次は成功させ、この説教をとっとと終わらせてやる!
しかし、家長はニコニコしているだけで、理由を言う気すら見えない。
「家長! 黙ってんじゃねぇよ! 俺の電話になんで出ねぇんだ!」
なにを考えているかわからない仏づらの家長に、痺れを切らしそうになる蓬田。渡辺も立ち膝の体勢が少しキツくなって来た。
「とっとと理由を言えよ、俺が殴るから」と渡辺は思った。誰の仕事に付き合っていると思っているのか。
「いやぁ、昨日は……」
家長は頭を掻きながら話しはじめた。
渡辺と竜二と別れた家長は、あの後、電撃町にある八百屋に向ったのだという。
「何で、そんな所に行ったんだよ?」
渡辺は「八百屋、よし来た!」家長に飛びかかろうとしたが、タッチの差で蓬田の質問のが早く、タイミングを逸した。
「さっきから何でお前は立ち膝なんだよ?」
蓬田に聞かれたが
「気にするな」
渡辺は返した。立ち膝でグラグラと揺れながらそう言い、気にしないほうがおかしい体制になっていた。
家長は続ける。
渡辺達と電撃駅に歩いている途中、八百屋を見つけ「おやおや?」と思ったのだという。それは陳列棚の半分以上を占めている、大量の山芋であった。
渡辺達と別れ、すぐにその八百屋へと引き換えした。
すると、さっき八百屋の前に新婚の人妻達でごった返していた。
「やはりかぁ」
家長はそれを見て、神様に「スケベでスイマセン」と満面の笑みで謝ったのだという。それを聞いた渡辺は「これは神様も許すだろうな」とフッと笑った。
家長は暫くその八百屋で人妻達が山芋を買っていく様を観察した。すると……
「隣、よろしいでしょうか?」
一人の覆面を被った老人が家長に話しかけて来たという。家長は「どうぞ」と彼の為に少し体をたたんで、仲良く電柱に隠れながら、山芋を買っていく人妻を眺めた。
「アナタも、お好きで?」
家長は、その覆面の老人に紳士のように話しかけた。
「目が無くてね」
二人は顔を見合って「好きだねぇ、アンタも」と六十年代文学みたいなやりとりをして、フッと笑みを交わしたのだという。
「で、でも、一番好きなのは俺達二人じゃなくて、山芋を買って行ったあの女どもな訳さ」
ドッカーン!
家長のフレンチジョークのオチが見事に決まり、教室内が笑いに包まれた。渡辺もこのユーモアには納得の降参で爆笑してしまった。
怒っていた筈の蓬田もこれには「敵わねぇな」と頭を掻いて、笑みを浮かべた。家長の勝ち。
「で、家長?」
「ん?」
「それと、俺の電話を無視したのと、どう関係があるんだ?」
その一言で教室は一瞬にしてシーンとなった。蓬田の顔はすでに笑顔から、さっきまでの無表情に戻っていた。
あのジョークの後でだと……
さすがの渡辺も、この豹変には背筋にゾクっと感じるモノがあった。家長の負け。
家長はその後、山芋を買っていた人妻の家の外で、夜中までその男と聴診器を壁に当てていたのだという。
「だから、それと携帯に出なかったのは関係あんのかよ?」
渡辺は「ここか!」と腰を上げたが、「それが……」と家長が話し出し、足がXにクロスした変な体勢で止まってしまった。
「さっきから何やってるんだ、お前?」
蓬田に聞かれ
「気にするな」
と、正座に戻った。
「いや、夕方に『その人と連絡先を交換しよう』って携帯出したんだよ。でも、お前からの電話が五月蠅くてさ、電話帳に登録できなかったんだよ」
「で?」
蓬田は「出ろよ!」と怒りたいのを必死でこらえて続けた。もう少し泳がそう。
「だから、もうめんどくさい! ってその人に俺の携帯をあげたの。で、その人の携帯を貰って来た。これならアッチの電話番号はこの携帯に入ってるから、すぐに解るわけだ!」
家長は自慢げに答え、教室の半分の園児から「スゲェ! 天才だぁ!」という歓声が上がった。
「だから、蓬田の鳴っていた電話は、その人が今持ってるよ」
家長はそういって「えっへん」と自慢げな態度をとった。蓬田は情けなくなって怒る気も失せた。
「渡辺、蓬田、家長、至急、園長室に来い!」
髭男の声がスピーカーからした。
「竜二も来たかったら来い」
「おうだぜ!」
竜二が返事をした。スピーカーに。
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