第56話 渡辺と通い妻
蓬田達はマッドセガール港の倉庫街へとやって来た。玉男に言われた場所は、大きな倉庫と倉庫の間にある物置小屋より一回り大きい程度のボロい貸倉庫であった。
「渡辺の足取りを辿るには、良いかもな」
と、蓬田は竜二のリーゼントからバールのような物を取り出し、入り口のシャッターを無理矢理こじ開けた。
薄暗い倉庫の中は学ランを着たマネキンが綺麗に部屋の両サイドに並べられていた。外観はボロかったが、中は床も壁も綺麗で塵一つ落ちていない。唯一汚い畳が柔道場ほどの大きさで、部屋の中央に置かれていた。
「掃除が行き届いているぜ、このマネキンは何だぜ?」
竜二はマネキンの学ランに手を振れる。
「! これ渡辺が園児時代に来ていた学ランだぜ!」
渡辺の学ランの着こなしは独特であった。ボタンを止めるのが嫌いで、ある日、マッドセガールランドのジェットコースターに乗った時、風で学ランがおっぴろげになってしまい、「ああああん!」と、はしたない声を上げてしまい。それ以来、上から四番目のボタンだけは、はめるようにしていたのだ。
竜二はさらにその学ランを着たマネキンに抱き付いてみる。
「これ、体型が渡辺そのものだぜ!」
「じゃあ、これは渡辺を模して造られたって事か?」
「蓬田さん!」
小林は、少し離れた場所に置かれたオフィス用のデスクの上に乗っていた紙を手に持っていた。
「何かあったか?」
「渡辺さんの恋文が……ここにあったんです」
小林は涙を流して、蓬田に手紙を差し出した。
「お前、なんで泣いてるんだ?」
「とりあえず、悪いことは言わないから読んでください!」
蓬田達はその紙に目を落とす。悪い予感しかしない。
『がく乱とまね金、そう痔しておきま下。股きます。おさ毛、ほどほどに
わたな屁』
それは紛れも無く渡辺の筆跡であった、渡辺は「乳房」とか「股」や「睾丸」「営業ノルマ」辺りの下品な漢字は難しいものでも容易く書く事が出来たのだ。
「あのマネキンを掃除したのは……渡辺?」
「なんで、負けた場所に戻ってきてるんだぜ?」
蓬田と竜二の間で『渡辺、通い妻説』が浮き彫りになって来た。何をしているんだ、アイツは?
「おい! 大変だ!」
今度は、血まみれの畳を調べていた、家長の声。
「何だよ?」
あまり期待していない声で蓬田が聞いた。
「この紙が畳の間に挟まっていた!」
家長も蓬田に何かが書かれた紙を差し出した。紛れも無く渡辺の筆跡であった。
『ぽM「尻」 さく わたな屁
ぼくのお尻ははーとまーく いっつも穴たをホモってる
お尻がはーとのか勃ちなのは いつも穴たをホモってるか裸
ぼくのこころはお尻にあるの ぼくのこころはお尻にあるの
(あすに つづく) 』
不覚にも、続きが気になった。
まさかの連載型のポエム。
これで相手の気を引こうという気なのか?
「そうか、尻がハート、なるほどだぜ」
竜二はこれを聞き、何やら新しい発想に辿り着こうとしていた。
「凄い角度から発想が来ましたね」
小林も渡辺のポエムを佳作と認めた。
「おい!」
家長が今度は、倉庫の隅にあったゴミ箱を引っくり返した。
そこからはビリビリに破られた渡辺が書いたポエムやら手紙やらが、花粉症のティッシュみたいにゴロゴロ出てきた。
蓬田がたまたま拾った紙には「かみで尻ふきゃ、摩擦ねつ。ちきゅうおん檀家」と書かれたモノであった。
紛れも無く蓬田が人生を託した男が魂を込めて書いたものだ。
その後も出るわ出るわ、渡辺の南米の鳥の如くの求愛の数々。
『あのキスで 好きになりま下』『素腰さ剥くなりま下ね おさ毛 股おおいですよ ひかえ手ください』『あすのお便とう りくSとは ありますか?』『お便とう す手られ手ま下が あ下も突くっ手もっ手イキます』『でぇ便 ←い中の大便(わ裸い)』
「……渡辺さん、いい奥さんになるでしょうね」
小林がボソッと言った。他の三人は無意識に頷いてしまった。「結婚は墓場だよ」と家長が呟いた。人生の重みを感じる言葉であった。家長も苦労していた。
もはや、疑いの余地はなく、渡辺の恋の相手は平塚源蔵である。
蓬田はその時、手紙の内容を見て、閃いた。
「お弁当を届けるってことは、渡辺はまだ警察にいるってことじゃねぇか?」
「そうか、だから見つからなかったんだぜ!」
警察を出た渡辺。
誰もが無意識に「警察にはいない」と決めつけて捜索をしていたが、盲点だった。
渡辺はまだ警察にいたのだ。
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