第53話 渡辺と一つ屋根の下で
「派手にやられたな、渡辺」
平塚が入り口からした声に顔を上げた。
「玉男」
入り口のシャッターから玉男が歩いてくる。
「お前、いつから居たんだ?」
「お前がシャッター開けた時、一緒に入って来たんじゃが、気付いてなかったのか?」
「貴様、拘留中だろ」
平塚の言葉に、玉男が機関銃をぶっ放すように笑い散らした。
「渡辺が消えたと噂になっていたからな、お前のことだから、どうせここだろうと思っただけだ」
「悪いが、渡辺は捕まえさせてもらう」
「そりゃ、一向に構わん。手錠をかけたら、お前たちの勝ちじゃ。此奴が成長するには良い機会だろ」
それから、玉男は首をコキコキと左右二回鳴らした。
「っ……!」
ズドーン! という炸裂音が倉庫内に響いたと同時に、平塚源蔵はマネキンの山にまで吹き飛ばされていた。顔には速すぎて殴られた感触すらなく、骨に衝撃が染み込んでくる鈍い痛みがあるだけだった。
「公務執行妨害って奴か、平塚さんよ」
玉男はそう言って、平塚に歩み寄った。
「ワシも、逮捕してもらおうか。正義の警察様」
「きさまぁ」
平塚は、殴り返そうにも、玉男の一撃のダメージで身動きすら取れなかった。
「人は皆、弱いし、非常識な部分を持っておるだろ。揚げ足取りでソコにつけ込むのが、お前の正義か? こんなキス魔で市民を逮捕して、満足なのか? 警察様よ」
玉男は身動きが取れない平塚の顔を思い切り踏みつけながら軽蔑した声で言う。
「……お前らクズを逮捕すんのに、理由なんぞいるか」
玉男は胸ぐらを掴んで、平塚を起き上がらせた。
「お前らは、悪を倒したいのか、市民を守りたいのか、どっちじゃ?」
「耄碌したか、玉男。どっちも同じ意味だろうが」
平塚は口から血をペッと吐いた。
「同じに見えている間は、お前を許すわけにはいかんな」
そう言われ、玉男は平塚の胸ぐらを放した。
「逮捕はさせてやるが、いずれお前ら警察様は少しはお仕置きだな。覚えておけ」
マスクの下からの玉男の眼光に平塚はゾクッとした。
玉男は去っていった。「お前が偉そうに言うな」と渡辺は寝ながら思った。
「えぇ、昔から『やだん、こんなの初めて』などと申しまして……」と渡辺の頭の中の落語家が、何やら下ネタの落語を始めた頃。朦朧とする意識の中、遠くで響く玉男と平塚の二人の声を渡辺は感じていた。
平塚源蔵の圧倒的な必殺技の前に渡辺はワルを見せる暇も無くやられた。これが、警察四天王の必殺技。
「今の自分で対等に戦う事が出来るのだろうか?」とか、渡辺の心にそんな気持ちは微塵も無く、新しいワルの心が芽生え始めていた。
「八つぁんの唇……あんなに奪われたら、惚れてまうやろ、こんなん」
渡辺はボソッと呟いた。悪女。今まで渡辺が表現してこなかった方向性の未知のワルの領域。渡辺の中は、この時、すでに新しいワルが芽生え出していたのだ。
渡辺が逮捕された晩、蓬田、竜二をはじめとしたみかん組一同は、マッドセガールテレビで報道された『渡辺、ついに本格逮捕!』の文字に呆然と立ち尽くした。
アナウンサーの「それでは、現場のマッドセガール市警前より、中継が繋がっております」の言葉をキッカケに画面が切り替わり、警官達でごった返す警察前の映像に変わる。
テレーレレーテレッテレー テーレレッテテレッテー。
名作ドラマ『一つ屋根の下で』のテーマ曲『サボテンの花』のイントロが流れ出し、渡辺を乗せたパトカーがマッドセガール市警に入ってきた。
ほんのーちぃーいさなーできごとにぃー、あいはーきずーつーいーてぇー。
警察署の中から、ベースボールキャップを後ろ向きに被った署長こと「あんちゃん」が駆け出してきた。
あんちゃんはパトカーから降りてきた渡辺を見るや、「馬鹿野郎! どこ行ってたんだ!」と渡辺の顔をゲンコで殴り、涙を流して抱きしめた。
なぜか、渡辺も泣いた。アドリブで。
署長の名演を支える脇も、酒井法子といしだ壱成役は、留置所の麻薬常習犯から持ってくる熱の入れようで、テレビの向こうの蓬田達も「家族っていいな」と涙を流した。
警官達の拍手によって、署長と渡辺を始めとするマッドセカール家は『サボテンの花』のサビに合わせて、警察署内へと肩を組んで歩いて行く。渡辺もアドリブで「ちゃんと予防接種うけるよ」とセリフをつぶやき、署の中へ消えて行った。意味不明なアドリブだった。
画面右下に『つづく』の文字が出て、そこでニュース中継は終わった。
テレビ画面は別の事件に切り替わり、園児達が今のがホームドラマではなく、渡辺が逮捕された報道だと気付くのには時間がかかった。竜二に至っては「来週は録画しようぜ」と言い出す始末であった。
しばらくして、渡辺逮捕が現実味を帯びると、竜二を皮切りに園児達は涙を流した。蓬田も元気付けようにも、適当な言葉が見当たらず、唇を噛み締めるしかなかった。
しかし、翌日。
髭男から「渡辺は、今日にも釈放される」という知らせが入り一転、歓喜に包まれた。そして、我先にとマッちゃんの校門へと駆け出し、渡辺を出迎えることにしたのだ。が、待てど暮らせど、渡辺が現れることはなかった。
さらに翌日、玉男が門で待つ蓬田達の前にやってきた。
「渡辺は?」
蓬田が「来てない」というと、玉男は「え……」と顔を覆面の上からでも顔が青ざめていると解る表情を浮かべた。それを見て蓬田も「え……」と血の気が一気に引いた。てか、この覆面、誰?
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