第48話 渡辺と強敵さだまさし
「とりあえず、公園のトイレに行って来い!」
「やだ! 死んでもヤダ!」
「なら死ね!」
「ひどい!」
便器が汚いところではウンコをしたくないという、渡辺の純粋な思い。しかも和式は穴に落ちそうで恐いからウンコができないという、渡辺のロマンチストな一面。
それが蓬田をイライラさせて、殺意に変わったのだった。
「蓬田が両脇を持ってくれるなら、する」
「やだよ」
ついこの間、花壇の犬の糞を撤去した公園に、こんな状態で帰って来るとは思いもしなかった渡辺。あの後、皆で犬の糞をトイレに流し、渡辺がさだまさしの『精霊流し』を歌って便器を流れて行く犬の糞を見送ったのも今は遠い過去。
「もっとデカくなって帰って来たかったぜ!」
あの日の帰り、渡辺は灯篭の様に輝くウンコがいくつも川が流れて行く幻想的なシーンを想像し「綺麗だな」と思い帰路についた。
「何が綺麗だ! 糞なんて悪魔以外の何物でもねぇよ!」
渡辺はあの日の呑気な自分に怒りを覚えた。何が精霊流しだ、何が名曲だ。さだまさしは今日、強敵となって渡辺の前に帰って来たのであった。
ピーゴロゴロゴロゴロ。ぴー。
渡辺のお腹で電話が鳴っている。「誰か出て」と渡辺は唸りながら呟いた。
「お前が出ろ」
蓬田は冷たい。性格がピーピーだ。
「渡辺ぇぇ!」
竜二と小林が近くのお店から帰って来た。
「そこの居酒屋で頭下げたら、いいですよって言ってくれたぜ!」
「洋式?」
「あぁ! 脅してねぇのに、蓬田の言う通り『お願いします』って頭下げたら言う事聞いたんだぜ!」
やったぁ。
渡辺は気を抜かない様に喜んだ。
蓬田、竜二、家長、小林は騎馬戦の馬を作り渡辺への振動を少しでも減らし、居酒屋に運んだ。
「行こうぜ、無限大の向こう側へ」
「黙って乗ってろ」
苦しみから解放される安堵から、渡辺の口からロマンチックが飛び出してしまった。
だが……
「すいません。さっきまで空いてたんですけど。別の人が入っちゃって」
居酒屋の店員は、渡辺達に絶望を突き付けた。
「てめぇ、話がちげぇぜ!」
「止めろ、竜二!」
蓬田は店員を掴もうとした竜二を止めた。悪事を起こしては、警察の思う壺だ。
「ウンコしていいご飯とかある?」
渡辺が、今にも倒れそうな声で聞いたら「うちはカレー屋じゃないんで」とユーモアで返された。渡辺は本気で聞いたのに。
その後、渡辺を神輿として担いであちこち店を回ったが、どの便器にも人が入っていた。我慢の限界で朦朧とした渡辺が「故人にお供えをしたいんですが」と葬儀屋でズボンを脱ぎかけたところを蓬田と竜二が必死で止める一場面も見られた。
「どうして、何処もトイレが開いていないぜ!」
「警察が手を回したじゃねぇか?」
「何で、警察が渡辺の腹痛を知ってるんだよ!」
「……柿ピーかっ!」
蓬田は舌打ちした。
「蓬田さん」
薬局に行っていた小林が帰って来た。
「下痢止めは全部売り切れでした」
「これは完全に渡辺包囲網が引かれているな」
蓬田は渡辺を見た。
手はスグにズボンを脱げる位置、サーブを待つバレー選手の様な中腰で、いつ未来の渡辺の子孫がタイムマシンで便器を持って来ても良い体勢に渡辺は入っていた。
「落ち着け渡辺、子孫は便器なんて持って来ねぇぜ」
竜二が嗜める。
「なら四次元ポケットにぶちまける」
「ドラえもんはもっとねぇよ」
「なんだと……」
渡辺は未来の子孫に裏切られた。まだ生まれても無いのにご先祖様に詐欺をするとは、「さすが俺の子孫」とそのワルっぷりにニヤッと笑った。
そんなことより、お腹が痛い。
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