第46話 渡辺と柿ピー

「何やってんだよ、全く」


 平塚源蔵は、駅前の惨劇を向かいのファーストフードの窓から見下ろしていた。


「警部!」


 もみくちゃにされながら何とか逃げて来た女装警官が、平塚の元にやって来た。既に服はボロボロにされ、ストーカー二人に付きまとわれている。


「おい、ストーカーが付いてるぞ。お前」


 すでに警官の周りを公転し始めていたストーカー達。警官はそんなのお構いなしに話し出す。


「警部、大変です、渡辺を見失いました!」

「さっき、逃げてったよ」

「なっ! 何で追わないんですか! 我々は下で頑張ってるんですよ!」

「あれで頑張ってるのかよ」


 平塚が指さした駅前の地獄絵図を見て、警官は目を疑った。


「米騒動じゃねぇかよ……」


 警官は「あうち!」と手で顔を覆った。アメリカンなリアクションを御所望であった。


「やっぱ、お前らじゃ無理だったか」


 平塚はそう言って、時計に目をやった。そろそろ、夕飯の支度をする時間だ。


 その後、警官は、平塚に薬局でムヒを買って貰った。警官が「えい!」とムヒを吹きかけると、ストーカーは「うわっ!」と言って逃げていった。「ムヒでいいんだ」と警官は知った。




 渡辺を背負った蓬田達は電車に乗り幼稚園に戻る事にした。ガタンゴトン。


「園長のオッサンから連絡が来てた」


 蓬田と竜二は携帯のメッセージを確認した。


『渡辺が狙われている。何のワルもせずに幼稚園に戻る事』


「やっぱ、アイツ等、渡辺を逮捕する気だぜ」


 その瞬間、渡辺が「やったぁ!」と喜びながら目を覚ました。


「起きたか、渡辺」


 渡辺は辺りをキョロキョロとし「あれ?」と不思議な顔をし「ラジオでハガキが読まれたの、夢?」と聞いて来た。

 蓬田は「ちくしょう、最高の下ネタが!」と悔しがる渡辺に、今の状況を説明した。渡辺も表情を戻し「なるほど」と理解した。


「今、周りにいる奴ら、全員が警察だと思って行動した方が良さそうだぞ」

「蓬田よ、それは違う」


渡辺は蓬田の消極的な方法を否定した。


「警察が何処にいるか解らないからこそワルをする。それがマッドセガールの園児だ。ワルをするときはいつも警察が見ているつもりでやれってのは基本だろ」

「しかし、渡辺。今は流石に状況が状況だ」

「俺は、警察に見せて恥ずかしいワルなど、一度もした覚えは無い!」


 渡辺はそう言って、ドアの近くで立っているお年寄りに目をやった。夕方の電車の中は人がまばらだ。マッドセガール工業幼稚園の辺りは治安が悪い為、下りの電車の中は大抵、こんな感じである。


「渡辺、まさかお前」

「俺の新ワル、見せてやるよ。逮捕できるなら、逮捕してみろ!」


 とうっ!


 渡辺は、婆ちゃんの方へと歩いて行く。

優先席には今日も、どっかの不良高校の生徒らが態度悪く陣取っていた。おそらく、優先席を独占する事でワルで「俺は生きている」とアピールしているのだろう。

 渡辺は、まず座っている学生達を「どけっ!」と脅し席を開けさせ、そこにお婆ちゃんを誘導した。お婆ちゃんは一瞬驚いた様だったが、渡辺に「ありがとう」と言って席に腰掛けた。

 その後、渡辺は「食べるかい?」と婆ちゃんに差し出された、ティッシュにくるまったベトベトの柿ピーを貰い、みんなの元へ戻って来た。


「どうだ? これであのババァは椅子に座る事で、足腰が弱り健康を損ねるって訳だ」


 渡辺は自慢げに、ベトベトに湿気った柿ピーを頬張りながら言った。


「すげぇぜ!」


竜二は目をパチクリさせて感動した。


「渡辺は、絶えず進化してやがるぜ!」


 渡辺は辺りを見渡した。警官らしい人間が動く素振りは見えない。


「見ろ、警察が動くそぶりは見えないだろ」


 蓬田も辺りを見回し、ホッとした。


「お前の言う通り、取り越し苦労だったかもしれねぇな」


 渡辺のワルは芸術だ。警察でもそう簡単には逮捕できないだろう。

 その後、渡辺は気絶する前に見た、馬のキャノン砲への敗北について家長と議論を交わした。家長から「確かに強烈だったけど、人間じゃ無いから」と言う意見が出て、「あれは人間のじゃないから反則負け」と言う結論が出た。馬からしたら、いい迷惑である。


 隣の車両で平塚は渡辺達を眺めていた。


「あの婆さんは、俺が事前に仕込んでいた警官だ」


 平塚は、優先席付近にお婆ちゃん警官を配置していたのだ。それだけではなく、優先席に座っていた不良達も平塚が用意した警官であった。

 配置されたお婆ちゃん警官の名は、花井まゐ警部、八六歳。焦らすタイプであった。

マッドセガール市警内で、お婆ちゃん達が多数配属されている部署『垂れ乳にヘソクリ課』の警官である。


「花井警部には、隙があったら渡辺を捕まえろ。と言っておいたのに……渡辺のヤツ、隙を見せねぇな」


 聞くと、花井警部はいつでも逮捕ができる様に、両方の垂れ乳を手錠に通している、とってもワイルドな一面もあるのに、焦らすタイプなのである。


「さすが最年少で退学生になるだけはある。渡辺のワルは磨きがかかってやがる。早く捕まえねぇと警察でも手に負えなくなる」


 その後、電車に潜む警官全員が全神経を集中させ、渡辺を逮捕する隙はないかを観察した。渡辺の小さな挙動一つにワルが潜んでいたら速攻逮捕。

 しかし、渡辺は全く隙を見せることなく、電車を降りて行った。


「あれが今の渡辺だと」


 警官たちは呆気に取られた。

 逮捕する部分は見当たらず、花井警部にワルをして電車を降りて行った。渡辺のワルは凡人の警官には未知の領域にまで進化を遂げていた。

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