第44話 渡辺と花魁道中

 

「渡辺達は何してるんだ?」

「どうもストーカーする女性を探しているようですね」


 このアーケード街に配置されていた警官達のリーダーは考え込み、そして閃いた。


「よし、全員、女装しろ」


 警官リーダーの声に部下は「え!」と驚いた。


「釣針が大量にあれば、渡辺がどれかに食いつくやも知れん。そこを、逮捕だ」

「つまり……一番、渡辺好みのエロい変装をした奴が、優勝」

「そうだ!」


 周囲の警官から「おぉ!」という声があがった。


「よし! 今から三十分後にアーケードの反対側に集合だ。お前達、各々が考える渡辺を惹きつける格好をして来い。他のセクションに配置された警官にも伝えろ!」

「ラジャー!」


 警官達は洋服屋に走った! 我先にとワンピース、ハイヒール、ブラジャーを買いこんで、エロい女に変装していく。

 気合の入りすぎた警官など、旅行代理店の飛び込んで行って、タイへの飛行機チケット『二代目カルーセル麻紀襲名記念旅行三泊四日』に申し込んでしまう始末。これには「それはやりすぎだ!」と、警官リーダーから注意が入った。


「昨日まで同僚だった奴が、婦人警官になったら仕事し辛いだろ!」

「そっすね」


 警官は、タイ行きのチケットを破り捨てて、ペロッと舌を出した。パンフレットを見ると、切り取った男根で山芋を摩り下ろす棍棒を作ってくれるサービスもあるそうだ。

 そんな、渡辺を惹きつけるべく女装する警官達の中、異彩を放つ面々も現れた。『ブラジルの種馬』の異名を持つ、マッドセガールのプレイボーイ、火野課長が率いる、種牡馬四頭が所属している『荒れ狂う種付け課』である。

 まず、課長の火野は近くの喫茶店へと駆け込み、己の女性遍歴の自叙伝を執筆し、体内に眠っている男性ホルモンを放出。それに群がったメスの蜜蜂の甘いハチミツで全身をコーティングした。

『舐めていいよ』と書いたプラカードを持って、スイーツ大好きな渡辺を捕まえる作戦だ。

 部下の馬四頭も、CDショップで桜ソングを視聴し、四月の種付け期の雰囲気を思いだし、身体を火照らす。次第に馬の尻から熱い湯気が昇り、その湯気は「男」という字に見えた。


「ぶひゅふゆひゅひゅううん!」と鼻息を荒げ、「俺の血をこの世に残す」とやる気十分である。女装なんて小手先の正義に興味はないと言わんばかりの『荒れ狂う種付け課』の野郎ども。あの渡辺に男性ホルモンで戦いを挑む、その根性は買いであった。


 三十分後。

各々の準備を済ませ、アーケードの反対側に整列した。


「皆、揃ったわね」


 警官リーダーの口調は、女性のそれに代わっていた。


「じゃあ、今から、渡辺逮捕にむかうわよ。いい? 誰が声をかけられても恨みっこなしよ」


 各々、自分なりのお洒落な服に身を包んだ警官達。女もたまにはいいもんだ。男性ホルモンのオリンピック。


『私はカワイイ。深夜のバラエティの後ろに座っている女よりはカワイイ』


 そう呟くと不思議と勇気が湧いて来た。警官達の顔は見違えるような女の顔になった。中には夜の仕事で息子を大学まで出したような貫録をまとった、つい三十分前まで男だったはずの警官まで現れた。これは、たのもしい。


「それじゃ、出発よ」


 警官達は一斉に、駅前の渡辺に向って歩き出した。

誰が渡辺にストーカーしてもらえるのか。その様子は、まさに江戸時代の吉原の花魁道中さながら。『清掻き』の三味線の音を心の中で奏でながら、警官達が慣れし狂わぬ八文字を描きシャナリシャナリと歩いていく。火照った馬四頭の存在感。周りの女装していた警官達は、馬の尻の熱でメイクが落ちて来てしまっている。一人の男を巡る、血で血で洗う戦いである。

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