第43話 渡辺と時代の流れ
渡辺達が出て行った瞬間、図書館の客に扮していた警官達は、一斉にため息をついた。
「本を借りて行っただけじゃねぇかよ!」「しかし、渡辺は本を盗んだと言ってましたよ」
「ただ、真面目に本を借りただけじゃないですか」「現に本は盗まれ、二週間後にまたアイツは返しに来る。俺達の正義感だと、ただ本を借りて行っただけだが、渡辺のワルの目では、盗んでるんだよ」「馬鹿な……これが今の渡辺のワル?」「俺達、凡人の正義感じゃ、今の渡辺のワルは逮捕できねぇかもしれねぇ」「あいつ、今、成長期だよ。ぐんぐん伸びやがる……グングンなの。グングン」「でも、そこがカワイイ」
警官たちは「うんうん」と頷いた。そこが可愛かった。
警官達は、渡辺の別次元のワルにため息を漏らし、「でも、諦めないんだから!」と我先に図書館を後にした。すでに警察による、市内の渡辺包囲網は完了していたのだ。
「で、小林はどんな女がタイプなんだ?」
マッドセガール市の若い女の子達が集まる『セガ宿駅前』の『漏らした通り』にやって来た渡辺達。
「強いて言えば、僕を女にしたような人ですかね」
小林の答えに「そりゃ、そうだろうな」と全員が納得した。
とにかく全員で、キャピキャピしている女の子達を品定めし、小林に合いそうな女子を探し始めた。
「どいつをストーカーすればいいんだ?」
マッドセガール市の女子の遊び場だけあって、イケてるキャピキャピしたカワイイ女の子達が集まっている。しかも、皆、短いスカートなどを履き、いかにも「私の後を掃除機の様に着いてきなさい」とでも言わんばかりに男を誘っているではないか。
『女はワルしかいない』と本屋のバイトで女子大生に思い知らされた渡辺だったが、ここまで深爪なスカートをはかれた日にゃ、勘ぐってしまう。
「もしや……女はむしろ、ストーカーされたいのではないか?」
渡辺は、この論文をスケベ博士の家長に提案してみた。
「当たり前だろ、渡辺。俺の女房だって、俺がストーカーしたのがキッカケで一緒になったんだから」
「なんと! じゃあ、ストーカーはワルじゃないのか?」
「だって女が誘ってるんだから、ワルなわけないだろ。シャルウィーダンス? って向こうが言ってんだから礼儀作法だよ、もはや」
ガーン! 渡辺はショックでその場にへたり込んだ。ワルとは奥が深い。ついこの間までワルだったものが、時代が変われば、ワルでは無くなるのだ。
渡辺達の前を『腐』という前立ての兜をかぶった直江兼続みたいなOLが通り過ぎて行った。
「ああいう風に、ストーカーされる気分じゃない女は、防御力を上げているから、見分けられる。薄着をしている女は、ストーカー信者なのさ」
「そうだったのか……」
幼稚園の先生になってから、最新のワルの情報を仕入れていなかった事を反省する渡辺であった。ストーカーを下劣なワルと見下していたせいで変化に疎くなっていた。
駅前には渡辺達の他にも、俗に言う『アマチュア犯罪者達』が何人かいた。ストーカーで食っている「FBI」「CIA」「探偵」「芸能レポーター」「駅伝の白バイ」「万年二位の人」「影」「餌をあげた野良猫」などのプロでなく、自主的にストーカーをしている人々である。
逆に女子側にも、着ている服に「探偵」や「弁護士事務所」の名前が入っているプロの被害者達もチラホラいる。プロの被害者になると、スポンサーがついてそういう法律関係の人々の宣伝もしているのだ。レベルが高い。
渡辺は「勉強だ」と最新のストーカー事情を観察した。道の向こうから、渡辺も「おっ!」と思わずズボンのチャックを破壊してしまいそうなセクシーな女がやって来た。
すると、近くにいたアマチュアストーカーの何人かがその女に向って行った。そして、男達は、女の後ろからつけるのではなく、その女の周りをグルグル公転し始めた。
「なんだ、あれは?」
「あれが、今流行りのストーカーの『フラフープ』って技さ」
「ほぅ」
後ろから付きまとうのではなく、女性の周りをグルグル回り続けていれば、被害者への不快感が軽減できる。現に、女性は衛星になったストーカー達をそれほど気にするそぶりも無く、駅の中へと消えて行った。
「被害者への負担の軽減」は、ストーカー界の長年の問題であった為、この『フラフープ』の開発は画期的であった。おまけに、一人の女性を複数でストーカーできるという渡辺が言う処のエコまで考えられている。
「しかも、この技の凄いところは。女同士が周りを回ってるストーカーをぶつけ合ってベーゴマみたいに遊べるところさ」
家長の説明によると『ストーカーベーゴマ』はなんと世界大会まで開かれる程のメジャー競技になっているのだそうだ。
現在の絶対王者スリランカの看護師をしてるアンジェリカさん(28)は旦那48人、恋人67人、ストーカー347人、興信所8人、CIA6人、国営放送の集金10名にストーカーされ、なおその勢力を広げているのだという。
「前人未到の940ヘクトパスカル」という女性ホルモンが湯水のように沸き上がるアンジェリカには、いやはや困ったものである。
他にも、女の持ってるハンドバックに噛み付き、そのまま引きずられていく技『提灯アンコウ』など。ハンドバックに男が噛み付く事で、女性はストーカーされながらエクササイズが可能になる上、ストーカーしている男性側も歯が丈夫になり、紐でトラックを引っ張る特技でアメリカのテレビに主演できるという、WINWINな関係なのだ。
「ストーカー、何とも奥が深いワルである」
自分が知らない間に、ここまで成長していたとは。渡辺は「ストーカーは嫌いだ」と偏見を持っていた自分を恥じた。
一方、蓬田達は小林に似ている女を探していた。
「あのワンピースの女は、似てねぇか?」
「うーん。鼻が違うかなぁ」
「おい、小林、あのショートカット、似てるぜ!」
「僕はあんな、ブスじゃありません!」
小林に怒られてシュンとする竜二。渡辺も見たが確かにブスだった。「似てりゃ良いってもんじゃないだろ!」と竜二に注意した。
「蓬田、俺はちょっと自分のワルをしていていいか?」
渡辺は真剣な顔で蓬田に訴える。もう、ストーカーの奥深さを知って、いてもたってもいられないのだ。
「……その顔じゃ、ダメって言ってもやるんだろ。女の品定めくらい俺らでできるから、やってこいよ」
「すまんな」
駅前の女達を一生懸命、凝視する渡辺。家長にも、ストーカーのアドバイスをもらう。
頑張るぞぉ。
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