第42話 渡辺と図書館

 一方、その頃。

 渡辺らは小林を改心させるべく図書館にやって来ていた。


「愛をテーマにしたワルと言うのは、色々と存在している」


 やって来たのはマッドセガール市立図書館であった。渡辺が言うように、世の中の悪事の原因で『発端は愛』と言うモノは数多い。

・浮気

・ストーカー

・強姦

・痴漢

・今夜、唇を奪いに参上します、あしからず

・愛のもつれ

 渡辺は「ワルはワルらしくワルから知恵を貰うべきだ」と小林をここに連れて来た。

マッドセガール図書館には、先人の知恵が文字という形で残っている。渡辺は「これなんかどうだ?」と言って、自分の愛読書を何冊はピックアップして、小林に見せた。

 本のタイトルは『世界のレイプ史』という辞典級に分厚い本と『れいぷのおはなし』という、カワイイイラストが描かれた絵本の二冊であった。


「俺は本来、強姦というワルを認めていないが、小林に俺の美学を押し付けるつもりは無い。真面目に強姦するなら、俺も付き合う」

「何だよ、この本……」


 蓬田は訝しげに、『れいぷのおはなし』をめくった。大きな平仮名の文字体と水生絵具で描かれたイラストで子供でも楽しめる様に創意工夫がされていた。裏表紙を見ると「対象年齢六歳から」の文字。これは優しい絵本です。


「へぇ、健全な強姦の本だぜ」


 竜二は感心した。

 で、もう一つの『世界のレイプ史』も開いてみると、所詮、渡辺レベルが読む本だけあり、全部、平仮名で書かれていた。

古今東西の面白レイプ、レイプの起源、レイプの今後の発展の展望などが書かれていた。自信の無いところには頻繁に「たぶん」という文字が使用されており、さらに自信が無くなると「このページは恥ずかしいから読まないで下さい」と作者直筆で書かれていた。よっぽど自信が無いのだろう。

さらに参考文献『幻聴』『幻覚』『胸騒ぎ』と書かれていたのが、いささか頼りない。作者はオランダの風車係、クルクルマンという人らしい。もちろん自費出版だ。

仕事ではなく『風車係』と書いてあるのが蓬田から信頼の二文字を消すきっかけとなった。


「日本の強姦についても、書いてあるぞ」


渡辺はそう言って、ページを捲った。


「ここだ」


 渡辺が開いたページには「読んだら、刺す」とクルクルマン直筆で書いてあった。よっぽど自信が無いページなのだろう。


『日本レイプの起源は「たぶん」縄文時代にまで遡る。縄文人の『胸毛もじゃもじゃ男三号』が、同じ村の『脇毛ボーボー女一二号』を「うほうほ」と貝塚に押し倒したのが「たぶん」発祥なのだ』


と本には書いてあった。


『さらに、それを見た村長は、興奮して「こりゃ、壁画にアップせにゃ!」と、その事を洞窟の壁画にアップした』


という。

壁画に横顔が多いのは、壁画映えを女が気にするからだそうだ。

『つくづく女という奴は……』とそっから先はクルクルマンの女への悪口が30ページにも渡って書かれていた。罵詈雑言。クルクルマン、さぞモテないのだろう。

 ちなみにこの壁画の洞窟から世界最古のコボちゃんの四コマもみつかっている。と、クルクルマンは言っている。

「稲作よりも前からコボちゃんがあったことに私は感動を覚えた」と書いて、この嘘吐き野郎は日本から手を引いた。


 もう一つの『れいぷのおはなし』は、主人公の羊のマー君が、山羊のママから「アンタは狼にレイプされて生まれた子なのよ」という事実を打ち明けられる修羅場から始まるバッドエンド確定の悲劇であった。

マー君の家にそのレイプをした狼の群れが……ここで、渡辺を初め、全員の涙が止まらなくなり『れいぷのおはなし』は読むのを止めた。その後、あまりの内容に竜二がショックで気を失った事は、竜二は起き上がった時には無かった事にされていた。


「世の中、恐ろしい本があったモノだ」


 蓬田は背中に冷たいモノを感じた。6歳が読んだら死ぬぞ。

何故か家長だけは、真顔で続きを読んでいる。

「ちょっと刺激が強過ぎるか……」と渡辺は呟き、今度はストーカーの本を何冊か持って来た。

 長年、ストーカーをし続けた七割女性の人による手記『アナタの轍を歩きたい』は、ストーカーから逃げ続ける男と七割女の二人の物語だ。

話の最後は追掛けていた男性が山小屋で一人、人生の最後を迎えるその瞬間、七割女と男が初めて理解し合うまでが書かれている感動巨編であった。


「これ、映画にできるだろ!」


 竜二が泣きながら絶賛した。七割の意味は全く解らなかったが、この本は絶賛だった。

蓬田は、プルプル震えながら涙をかみ殺しているように見えた。「渡辺が選んだ本なんかで死んでも泣くか」という蓬田の安いプライドだった。


「こういうストーカーを俺はやりたいんだよ!」


 渡辺は『アナタの轍を歩きたい』を指差しながら、メンバーに自分のストーカーへのビジョンを語った。

「日本はストーカーのレベルが低い。世界とのフィジカルの差を感じる」とどっかの何かで聞いたような世界のストーカーのレベルを力説する渡辺。


「カエルの歌のストーカーは、世界でも通用する」


 そう言って、ストーカー論を語り終えた渡辺。えらく熱がこもってしまった。


「あれは、ストーカーじゃなくて輪唱ってんだろ」


 蓬田は渡辺の考えを否定する。


「そうやって何でも否定する考えは止めろ、蓬田。ワルの可能性を狭めるぞ」


 久しぶりに渡辺に真面目は注意をされて、蓬田はドキッとしてしまった。


「と、とにかく、今は小林の恋人探しだろ!」


 話を元に戻す蓬田。「で、この七割女ってなんだ?」と蓬田が渡辺に聞いた。渡辺は「知らん」と返事をし「二八蕎麦みたいなモノじゃないか?」と付け足した。残り三割は何なのか?


「俺は、小林の恋人はストーカーで見つけた方が良いと思う」

「何でですか?」

「お前もワルモンなら、ワルのプライドを見せたらどうなんだ」

「別に、僕は好きでなった訳じゃないんですが」

「自分が好きでなったんだろ!」


 渡辺が机を叩いて怒鳴ると、小林は「あぁ、上手い」と感心した。「何、感心してんだ馬鹿野郎」と渡辺にまた怒られる小林。


「とりあえず、街に出て、ストーカーする相手を探そうぜ! どうだ、小林!」

「上手く、見つかりますかね?」

「行ってみなきゃわかんねぇ! だぜ!」


 竜二が親指を立てた。


「竜ちゃん……アンタって人は……」

 小林の瞳から、涙が出た。何なんだよ、竜ちゃんって言う、心ごと右ストレート野郎は。直撃過ぎるよ。持ってかれちまうよ。嫌いだけど。


「竜ちゃん、僕、頑張るよ!」

「おうだぜ!」


 竜二と小林は肩を組んで歩き出した。二人の間には普通の人間では近寄れない『花園の東側(ゾーン)』ができ始めていた。これでお互いに『興味がない』のだから、末恐ろしいコンビである。


「渡辺、持って来た本、どうする?」

「決まってるだろ」


 渡辺は蓬田にニヤッと笑った。


「ほぅ、やるのか?」

「だが、ただ盗むだけじゃ、退学生の名が廃る」


 渡辺の新ワル。

渡辺は人に褒められたいからワルをするのではない。頭の中にワルが溢れ、アウトプットしなければ収まらないだけなのだ。それが渡辺だ。


「まぁ、見てろ。盗みの頂点に立ってやる」


 渡辺はそう言って、カウンターに歩き出した。

 蓬田はこの瞬間、ブックオフ金田の動きを思い出した。あの強敵ワルモンとの戦いを渡辺はすでに自分の中で反芻し、取り入れていたのだ。絶えず貪欲にワルを探しているが故にできることだ。蓬田もこういう渡辺の姿勢は感心するしかなかった。


「渡辺のヤツ、どんなワルをする気なんだぜ?」


 竜二が、渡辺の新ワルと聞いて戻ってきた。


「わかんねぇけど、あの笑顔、今回もやってくれる筈だ」


 渡辺は、本をカウンターの娘に差し出した。


「おい」

「はい?」


 カウンターにいた司書は、顔を上げた。そこに立っていたのはワルの天才だ。


「この本をこれから俺は盗む」


 渡辺は顔を近付けて、そう予告した。そう、渡辺はついに、怪盗の領域に足を踏み入れたのだ。ただのコソ泥では無い「盗む」と予告し、相手の上を行き目的の物を奪い去る。ルパン、キャッツアイ、盗塁王、偉大な大泥棒に今、渡辺は食い込もうとしていたのだ。


「では、カードをお見せください」


 渡辺は「ほぅ、解ってる女じゃねぇか」と感心した。渡辺は予告状代わりの図書館カードを取り出し司書に見せた。


「はい、では二週間後までにお返しください」

「えっ!」


馬鹿な、盗んだ物を返すだと!


「この本、返していいの?」

「えぇ、大人の世界ではそうなってます」


 なんとまぁ。

渡辺は、司書の言葉に驚いた。『盗んだモノを返す』とは、このアプローチは無かった。確かに返せば、何度も盗めて理にかなっている。合理的で、そして渡辺が目指している「エコ」だ。

この女、すげぇ。

 渡辺は、カーディガンが似合うその女に驚いた。天才というのは幸せと同じで、こんな何気ない日常の中に存在しているのだ。


「じゃあ、二週間後に返しに来る」


 渡辺は、司書から本を受け取って、盗む事に成功した。そして、二週間後に返して、また別の本を盗んでやる。で、また返しに来ると、次の盗む本がもう渡辺を追いかけてきている……渡辺が盗めば盗むほど、盗みが後ろから着いてくる。

こんな童謡があったな。

あれは、そう、あれだ。


「どうだった、渡辺?」

「蓬田。図書館ってワルは『森のくまさん』みたいだな」

「は?」


 渡辺は「何でもねぇ」とフッと笑い「帰って、クレヨンでお絵かきがしたい気分だぜ」と叫び、図書館を後にした。


「いや、小林だろ?」


 蓬田に袖を引っ張られて注意される、渡辺。

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