第39話 渡辺とすれ違う愛
小林は謝りながら竜二の猿ぐつわと手を縛っていた紐をほどいた。
「何してるぜ! 俺が寝てる間に!」
「すいません、襲われるのが恐くて」
「お前が帰らせなかったんだぜ!」
「お前ら昨日は、何にも無かったのか?」
蓬田がいやらしい質問をするもんだから。
「この野郎ぉ」
渡辺と家長が、まんざらじゃない蓬田の腰あたりを小突くが、蓬田は無視を決めた。
「はい……竜二さんの、渡辺さんへの愛は本物だと思いました」
「で? それが何で、こんな事に」
「あの後、僕と竜二さんは、熱い愛談義に花を咲かせたんです」
「本当だぜ、結構、盛り上がったんだぜ!」
竜二も満足げに言った。
「でも、途中から、どうも竜二さんの愛と僕の愛は微妙に違うのだと分かりました」
「……どう違ったんだ?」
蓬田は首をかしげた。またややこしくなりそうだ。
「要するに、一方通行の道と二車線の道とでは、用途が違ったと言うわけです。竜二さんの愛はただの片思いです」
「それはそうだぜ。でもだぜ、小林よ。俺は昨日も言ったぜ、愛と言うのはお互いなんかいらねぇんだぜ! 俺が愛している事が大事なんだぜ」
「だから、それは違いますよ。愛は報われてこその愛ですよ」
「ちげぇぜ。俺なんか朝起きて『あれ? 俺、渡辺の事、思い出しても、うおぉぉ! ってならねぇぞ』って不安になるときがあるぜ。で、ちょっとしたら、『うおぉぉ!』ってなって安心するんだぜ。別に渡辺なんかどうでも良いんだぜ」
「お前。どうでも、良いのかよ」
蓬田はその言葉は腑に落ちなかった。渡辺も少しシュンとした。
「要するに、竜二さんの渡辺さんへの愛はノルマなんですよね」
「ノルマじゃねぇぜ! 昨日も言ったぜ! 慎重なんだぜ!」
二人の愛の哲学は、割と深くて、他の三人は入り込めなかった。
で、その後。
愛論の違う小林と竜二の二人はよなか口論になった。すると、大家さんがやって来て「愛の形は人それぞれよ!」と言って去って行ったのだという。
「あれは貫録ある言葉だったぜ!」
竜二と小林は「ねぇー」と顔を見合った。何かムカつく渡辺だった。
「小林は竜二の事をどう思ってるんだ、結局?」
「渡辺さんへの愛は尊敬しています」
蓬田は「おっ!」と思った。これで竜二という男に興味を持ち、友人にでもなれれば、少しは前進するのでは?
「でも、それ以外は全部嫌いです」
「全否定かよ」
蓬田は、ため息が出た。
「竜二は?」
「ふつう」
「友人としてとか。愛を語った仲だろ」
「別に。何もかもが普通だぜ」
駄目だこりゃ。
「俺は渡辺という男に惚れてるぜ。これは男として惚れてんだぜ。俺はいつか渡辺を越える男になるって決めて、日々生きているんだ! それだけだぜ!」
「よっ! 竜ちゃん、素敵!」
小林が、竜二の為に音頭を取った。よく解らない深い絆で結ばれた二人が、ここに誕生したのは確かだった。
渡辺と家長は、何の興味も無いらしく、昨日見つけた同人誌を後ろで読んでいた。
「でも……」
と、ここで突然、小林が沈んだ声を出した。
「最近、この街の警察に僕は狙われていて。自分でもこのままではマズイんじゃないかとは思っているんです」
「確かに、最近のマッドセガール市警の圧力は強くなっているって言うな。うちの園長もお前の事を心配してんだよ。だから、俺達はこうやっている訳だし」
「自分でも、変わらないとマズイとは思っているんですけど。でも、好きってどうする事も出来ないじゃないですか」
小林はそう言って、グスンと泣き出した。
「お前のワルに罪は無い」
声の主は渡辺だった。突然、真顔に戻っていた。
「小林。お前のワルを知って、俺は震えた。ちゃんと地球に優しいワルもしている。芸術に近いワルだ。それを逮捕するとは、俺はマッドセガール市警を許さん」
渡辺は立ち上がった。
「俺は、二度とお前を警察に捕まえさせない。お前が捕まる事は、俺達ワルの敗北を意味する。だから、絶対にお前を警察には渡さん」
「でも、どうすれば?」
「自分以外の人間を愛すれば、良いんじゃないのか?」
蓬田が言った。
「でも、僕は……」
「やってみようぜ! 渡辺が協力してくれるし、駄目だったら、また考えてやるぜ! なっ!」
「竜ちゃん。ありがとう」
「よし、そうと決まれば、さっそく行動だ」
渡辺の一言で五人は部屋を飛び出した。目的がある男達は輝くのだ。
しかし、そんな五人を後ろから見ている警官がいた。
「渡辺。小林の家を出ました」
渡辺逮捕祭りはすでに動いていたのであった。
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