第30話 渡辺と恋せよ乙女

 一方その頃、マッドセガール市警では、警官一同が大会議室に集められていた。

 マッドセガール市には法律と言うモノが存在しない。しかし、悪人を懲らしめ、逮捕する警察は存在している。

 このマッドセガール市警の警官達が、何を持って悪人を逮捕しているのか。それは己の正義感と同疑心と少しの気まぐれである。その為、マッドセガール市警の警官は日々、正義感を磨くことに精進する必要があるのだ。


「えぇ、みんなに今日、集まって貰ったのはこの男のことだ」


 司会の署長が指さすとスクリーンに大きく半笑いの渡辺の顔が映った。その瞬間、客席が騒然とする。


「長年、マッドセガール市内で悪事を繰り返して来た渡辺。この度、ついにこの男を逮捕するべく、特別対策会議を開いた次第であります」


 署長の一言に、警官達が一気にざわついた。


「しょ、署長! つ、つまり、いよいよ、我々のアイドル犯罪者、渡辺を逮捕するべく。行動に移すと言うことでしょうか?」

「その通りだ!」


 その瞬間、警官達が一気に歓声を上げた。警察の学帽が、アメリカの卒業式のように天井に舞う!


「ついに、渡辺を逮捕できる!」「俺は、あいつを逮捕したくて警官になったんだ!」


 若手の警官達は立ち上がって、抱き合い、手を取り合い、同世代のアイドル、渡辺を逮捕できる喜びを分かち合った。


 渡辺は警察内でも人気があったのだ。


「いいか! 我々のアイドル、あの母性本能をくすぐるワルをさせたら右に出る者はいない渡辺が! いよいよ退学生として世に出て来たのだ。もう、幼稚園の保護も無い。確実に逮捕してやるぞ!」


 署長の言葉に、スクリーンの映像は、渡辺の最近のワルの羅列に代わった。


「最近のヤツがやって来た悪事がこれだ。

・幼稚園児にチョコを配る。

・苦学生にカラオケの割引券をあげる。

・幼稚園の花壇から花をとった力士に説教をする。

・公園のウンコの撤去。

・アルバイトで汗を流す、そして恋をする。フラれる。

・万引きをしていた変人を倒して、説教。

 流石退学生になっただけあり、奴のワルはかなり高度な領域にまで入って来ている」


 この羅列を見て、若手警官達は言葉を失った。渡辺のこのワルを逮捕できる正義感を持った警官はその会議室の中には存在しないのではないか? と、すら思えたのだ。


「すげぇ……高度すぎて理解すらできねぇ……」「アルバイトだと……どう悪事に結びつけたんだ……発想が凄すぎる」「傍から見たら、最近の渡辺はボランティア団体だぜ……」「質だけじゃねぇ! そのワルの量だよ! 生産量が手塚治虫クラスだぜ!」


 若手警官は、そのレベルが高すぎる渡辺という壁に、言葉を失った。もはや渡辺のワルは、おもしろコンテンツの領域を超え、芸術の域に入っていた。


「署長、悔しいですが、今の渡辺のワルを逮捕できる警官はこの中にはいないのではないでしょうか!」


 その若い警官の頼りない一言に署長はムッとした。


「馬鹿者! たとえ無理でも、『あの渡辺がマグカップを買う時、自分が家に来るかも? と念のため二個買う』それぐらいの意識を奴に植え付けたいとは思わんのか!」


 署長の一言に警官は「はっ!」とした。

 警官は今日までの厳しい特訓の日々を思い出した。

 上司が用意したヌイグルミを「これを渡辺だと思って逮捕してみろ!」と言われ、ムギュッと抱きしめる。

 そんなトレーニングを毎日繰り返して来たのだ。


「しかし、署長。現実問題を考えるのも、渡辺逮捕には必要なことかと。今の我々では奴のワルを見抜くことができるか不安であります!」

「大丈夫だ。あの男が今回の作戦には参加してくれる事になった」


 その言葉に警官達はザワザワし始めた。


「あの男?」「誰だ?」「転校生か?」「カワイイかな?」「男だって言ってんだろ」「じゃあいいや」


 警官達は、更にざわめいた。あの男が思い当らない。


「署長殿、それは誰でありますか?」


 しびれを切らした警官の一人が手を上げた。


「……警察四天王の一人、平塚源蔵だ」

「おぉおおおおおお! ついに平塚警部がお出ましだ!」


 平塚源蔵の名に、室内は大歓声に包まれた。


 渡辺対平塚。こんな好カード、見ないわけにはいかない!


 録画! 録画! 録画!


「平塚警部なら、渡辺でも捕まえられる! いいか、これより、マッドセガール市警は渡辺逮捕の為に緊急スクランブルに入る。皆の者、心して準備せよ!」


 署長の言葉に、警官達は「おぉ!」と掛け声を揃えた。


「コードネーム 恋せよ乙女!」

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